第36話

 城の玉座の間に召集された、二〇名あまりの臣下たち。

 玉座に座し、気だるそうに肘を付くラパロの表情はどこか重苦しい。カーペットに沿って立ち並んだ臣下たちによって、事態を乗り切る妙案が模索される。だがそれも徐々に行き詰まりをみせていた。

 玉座の後方にそびえ立つ、悪趣味な造形の騎士像――その陰に、ナラクは背をもたれさせ様子をうかがっていた。


「お前まで付いてくる必要はないと言ったはずだが。悪目立ちする役回りなど、おれだけで事足りている」


「自分の身すら満足に守れなくなったナラクが、口先だけで何でもなし遂げられると思うな。ぼくは魔王の監視役だけじゃない、護衛役もこなせる。憲兵団に許可も取ってあるしね」


「お前が出しゃばると話がややこしくなるって言ってんだ、〝勇者〟。相手はあのリュクテアの連中だぞ」


 勇者エクスの冒険はリュクテア聖王国の援助に依存してきたし、そもそも彼女はリュクテア王家の出身だ。相手によっては素性がバレかねないと、遠巻きに警告したつもりが。


「ラパロ辺境伯が、わざわざおまえまで会談の場に呼びつけた理由くらい考えなよ。あの男、リュクテアとの交渉材料に〝魔王〟の身柄を差し出すくらいやってのけるよ。状況次第では、おまえを連れて逃げるからね。力尽くでも」


 そうなってはミュゼの安全が保証されないと理解できているのか、この猪突猛進勇者は。


「しかし、リュクテア側の動きがあまりに早過ぎるな。もう城まで踏みこんで来やがったとは」


「ぼくが見たときは、すでに聖堂騎士団が町の城壁までたどりついてたよ。ヴェナントへの圧力のつもりなのさ。今度こそ使節団の要求に応じないと兵を動かすぞ、って――シッ、来たよ」


 傍らのユーがナラク自身に身を隠すように、胸元へとすり寄ってきた。


「――――聖王国よりのお客人がた、ご到着なされました!」


 と同時に憲兵の声が轟き、玉座の間の扉が重たく開け放たれる。

 臣下たちが上げたどよめきとともに、ひとり、またひとりとカーペットから退いて、訪れた客人に道を空けていく。

 カツリ、コツリ――――靴底が石床を打ちつける高い音。

 扉の向こうから現れたのは、二人の白装束だ。リュクテア聖王国からの公式使節団と名乗るからには、やはり女神教信徒の装い。

 その先頭を行くのは、子どものように背の低い女性信徒。ただ他の信徒たちに相違なく、前髪以外を白布の頭巾で覆っている。

 その後ろに付き従う、同じ白装束の男。武装はしていないが、代わりに女神エフメローゼの紋章の付いた錫杖を手にしている。あれは信徒と言うよりは、護衛の騎士に見えた。


「この度は、辺境伯の素敵なお住まいへとお招きいただけまして、とてもとっても光栄に存じます。小官、お名前はトロネ・フラウプリットといいまして。リュクテア聖堂院の代行大神官を務めさせていただいているものです」


 やたらと面倒な肩書きが、代表者らしき白装束の口から伝えられる。その声は、ある程度成熟した女性のものだ。背後に控える白騎士の存在が、彼女の位の高さを表していた。

 突然ユーがビクンと身震いしたのは、この時のことだ。


「……どうした。相変わらず暑苦しいやつだな。ここまで必死にしがみつかずとも、あちら側からお前は見えていないはずだが」


 そもそも人間であるユーフレティカには、ミュゼほどスキンシップを求める性質はない。なのに彼女は、不思議なほどナラクに身を寄せる場面が多かった。これは、ユー自身がナラクを異性ではなく異質だと認識している面が強いのと、魔王などもはや恐れるに足りないことを確認するための行為だと、これまで受け止めてきたのだが。

 と、ユーはそれに答えるどころか、ナラクの脇に顔まで埋めてしまった。こうも距離が密着していると、密かに漏れてしまった呻き声すら聞き取れる。


「…………そうか、あれは知り合いか」


 かすかに頷いた彼女。あの子、かつての仲間なの。確かにそう教えてくれたように聞こえた。

 ナラクはそれ以上は問わず、代わりにローブを広げ、彼女の美しい髪すら誰にも見られないように覆い隠してやる。トロネ・フラウプリット代行大神官。事前に知れたのは収穫だった。




 ◇ ◆ ◇ 



 代行大神官とやらとラパロの会談は、何の算段も経ずすぐに始まった。


「さて、小官はですね、リュクテア聖堂院の一番えらいひと――つまり大神官様の、要するに〝操り人形みたいなやつ〟です。なので、小官の発言は、リュクテア王の発言、ひいては大神官様の発言と同等にえらい、つまり小官こそが女神! かのエフメローゼ様の代弁者に等しいという圧倒的事実を、以後念頭において発言してくださいましね」


 小娘のそんなふざけた物言いに、ラパロは顔では憤慨を覗かせつつも、意地で君主として務めようとした。


「……それで? こんな争いもなにもない辺境地に、剣に鎧にとたくさん持ち運ばれるとは、なんとも物騒なことですねえ。さては、南の〈未踏領地〉にて、ストーンドラゴンの群れでも退治しにおいででしたかねえ?」


 皮肉には皮肉で応じるとばかりに、ラパロがいつもの顔を覗かせる。舐められてたまるものかと、あの下卑た声色を演じて。


「はい、はい。単刀直入に申しあげますが、それはドラゴンにあらず。かの〈未踏領地〉より迫り来たる諸悪たちの名を、いま芸術王の御前に申し上げましょう――」


 言葉だけは躊躇いがちに、トロネ代行が跪いた白騎士より錫杖を受け取る。それをしゃんと掲げると、いくつもの光輪を玉座の間へと響かせ、杖先で床を突き金属音を高鳴らせた。


「そのものとは――――新魔王ガベルファウスト。そしてその配下の軍勢、およそ一万騎である、と――」

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