第一楽章 ――今の僕たちには闘技場戦争がある

第2話

 これは、大陸辺境の小国ヴェナント――その盛り場の一画にたたずむ酒場での一件だった。

 頑強そうな石造りの壁に、店内を木製の柱が樹木のように横切り、その狭間を円卓が埋め尽くしている。吹き抜け構造で二階まで席が設けられた、この地域ではかなり大きな酒場だ。

 麦酒で満たされたマグを酌み交わす荒くれものたち。旅の冒険者や労働者から地元住民にいたるまで、客の顔ぶれも様々だ。

 かの勇者の敗北が知られてから、かれこれ三年あまりの時が過ぎ去って。なのに、ここではみな陰鬱さなど欠けらものぞかせず、一日の締めくくりを祝いあっていた。


「――でな、今日お前さんをこの店に誘ったのはほかでもねえ。ここはよ、まあ酒もメシも大陸一にはとうてい及ばねえ。けどよ、今宵のここは大陸一おもしれえもんが見れんのよ!」


 とあるテーブルで、赤ら顔の男がそう主張する。と、うんざりとした連れの代わりに、隣席の冒険者が首を突っ込んできた。


「失礼、この店で今晩何かあるのですか? 確かに、かの王都にも負けず劣らずの賑やかな酒場なのはわかります」


「まあよ、旅のひとならまだ知んなくても仕方ねえかな? 我がヴェナントはよ、そりゃあ辺境の小せえ国だが、領主さまがなかなかの切れもんでよ――」


 そこで一旦マグをテーブルに叩きつけ麦酒の泡を踊らせると、


「――〝闘技場戦争〟。この国はよ、小せえからこそ、闘技場戦争にすげえ熱心なんだよ」


 赤ら顔の男はあごで一階席の奥を促す。そこは木で組み上げられたステージになっており、店内をひしめき合う円卓がそれを取り囲んでいる構図だ。

 ステージ脇で出番を待つ楽師たちの姿を見て、冒険者が得心した表情を返す。


「なるほど。かつての勇者様と魔王の戦いから、もう三年も経ちましたものね」


「たしかに、勇者さまは魔王の野郎に負けちまったわな。でもそいつぁ仕方ねえべ、聞けば勇者さまもあんときゃまだ十歳そこそこだったって、なに考えてんだよ王都の連中はよう。同い年のうちの可愛い孫の顔を見てりゃ、どうしてもっと大人が矢面に立ってやれなかったのかって、なんだかこっちが情けなくなってくらぁ……」


 途端に不機嫌そうな表情でまたマグを叩きつけると、赤ら顔の男は自分の失敬を愛想笑いで詫びた。


「それによ、魔王も魔王で暗黒神を手なずけるのに失敗しやがった。おかげでよ、この世はずいぶん平和になった――運命のいたずらってやつか、結末は人界おれらの〝勝ち〟みてえなもんよ」


「ええ、もう殺しあいの戦争なんてする必要がなくなった――今の僕たちには闘技場戦争という新たな〈摂理ルール〉がある。これからは剣ではなく、で僕たちみんなが戦う時代だ」


 そう言って、冒険者がポーチから取り出して見せたのは、カードだ。テーブルに並べられた、手のひらに収まるほどのカードが三枚。そのどれもが銀の光沢を放ち、表面に彫られた紋様が複雑な陰影を浮かばせている。


「ほほう、こらぁ兄さん、見知らぬ旅先でカード三枚も賭けなさるとは剛気なこった!」


「さきほど〝今日は大陸一おもしろいものが見られる〟と。この手の噂話には、様子見もふまえてカード三枚で戦うのが冒険者としての流儀でして……」


 若き冒険者の表情に、どこか自身ありげなものがのぞく。それを証明するようにぽんと叩いて見せた彼のポーチには、三枚程度なら屁でもないとばかりに沢山のカードが蓄えられていた。


「――ひゅう。なら、あんたは最高の日にヴェナントへ来なすった。この酒場のステージは、そらぁ〝闘技場〟なんて呼べる大きさじゃねえが。ほら、あそこの時計を見てな。どんな大国でやる剣闘技なんかよりも酒がうまくなるもんが、あの針が天井を指すの同時に開幕するぜ」


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