最終話 変化の兆し
どういうわけかキティは戦いに参加しなかった。廃ビルの屋上でデバイスを弄り、あちこちで収めた映像や写真を眺めて黄昏ていた彼女だったが、突然背後に気配を感じる。振り返ってみると帽子を被った男が外套をなびかせながら彼女を見ていた。
「そろそろだと思った」
キティはそう言いながらせせら笑い、立ち上がってから彼のもとへ歩いていく。体つきの良く、中々の身長を持つその男はキティに渡された封筒とその中に入っている写真を確認する。そして彼女によって録画された映像をその場で確認していた。
「苦労したんだからね。今時写真なんか印刷できる場所ってほとんど無いし。あー、そうだ。結構な量撮ってるから全部確認するのは止めといた方が良いよ?何ならそれあげようか?私もう一台持ってるし」
「いや、返そう。知りたい事は大体分かった」
男が食い入るようにデバイスを見つめていると、キティが唐突に提案してきた。しかし、問題ないと言い切ってから彼女にデバイスを返却する。
「そっか。で、報酬は?」
デバイスを返されたキティが尋ねると、男はかなりの大きさと分厚さを持つアタッシュケースを渡してくる。望み通りの重量感を感じ取ったキティが高揚しつつその場で開けてみると札束で埋め尽くされていた。
「上出来上出来。ただ、今のご時世に現金でやり取りする羽目になるとはねえ」
「済まない。あまり詳しくないんだ…こちらの貨幣事情は」
不満を漏らしつつも嬉々として報酬の勘定をするキティに対して男は軽く詫びを入れる。そして立ち去ろうとした時、疑問を抱えていたキティがふと彼を呼び止めた。
「アマルガムとか、未確認生命体ってあなたの手引きでしょ?化け物呼んだり、変な力をくれたり…あなたって何がしたいわけ?」
「…話したところでお前如きではどうにもならない。だが一つ言えるとするなら、準備をしておけ。それだけだ」
そんな言葉じゃ答えになっていないと言い返す前に、男は出現したホールの中へ消えていった。惜しみながら見送る事となってしまったキティは、静かになった屋上で今後の身の振り方を考えつつアタッシュケースを持ってその場を立ち去っていく。
――――レギオンの研究棟と本部を繋ぐ渡り廊下を、イナバはフランクと並んで歩いていた。
「監禁状態のウィンストンから聞き出した話だけで推測するなら、君と同じように変な男に襲われ、その後に力が発現したという事で間違いないだろう。しかし…そうなるとその不審者の目的が分からないな。わざわざアマルガムを増やして何がしたいんだ?君はどう思う?イナバ」
「それを調べるのがあんたの役目だろ。俺に分かったら苦労しないって」
無茶な質問をしてくるフランクにイナバがたじろいでいると、遠くからサミュエルがこちらに近づいて来るのが見えた。
「そろそろ時間だぞ。オフィスに集合だ」
サミュエルから誘いを受けた事でフランクの長話から解放されたイナバは、疲れた様に背伸びをしながらサミュエルと共にオフィスへ向かった。
「…街からビジターやアマルガムがいなくなったら、次は俺の番なのかな?」
「どうした急に?」
エレベーターに乗っている最中、イナバから弱弱しく出て来た言葉にサミュエルは不思議そうに彼を見て言った。
「アイザックが言ってた。今は対抗手段が無いから仕方なく崇められているだけだってさ。力が必要じゃなくなったら、次は確実に俺が殺される対象になるんだと」
イナバが考えを話している間、サミュエルは黙って聞いていたが話に区切りがつくと静かに口を開いた。
「まあ、ならないと言ったら嘘になる。だが恐れられる度合いや…規模は頑張り次第で変えられる。お前がダメだったら俺も道連れになるだろうしな。難しく考えるんじゃなく…ひとまずは自分の力で出来る事をやれば良い」
「なるほど」
話をしている内にオフィスへと辿り着いた二人が中に入ると、彼らを除くCVATのメンバーが一同に会していた。
「来たな~お二人さん」
席に着こうとした時、マルコムが二人に絡んできた。
「ニュース見たかよ?今回の騒動に関する記者会見。うちの社長が記者どもにキレていたシーンは圧巻だったぜ。『俺達が調べなきゃウィンストンや政治家どもの飼い犬だったくせに偉そうにほざくな』ってな」
自分が言ったわけでも無いが自慢げに語るマルコムに適当に相槌を入れたイナバは、コンピュータの電源を付けて今朝のニュースを漁り始めた。
「だが、嬉しいのは今後の活動が暫くはやりやすそうだっていう点だな。この騒動のおかげでPMC反対派はメディアや政治家の工作員だってレッテルを張る風潮が出来上がってるもんだから…まあ、善良な方々には悪いが」
「ネット上でも現実でも、抗議活動なんかがほぼ起こらなくなった時点で善良な反対派なんて最初からいなかったのかもしれないけどね」
話を聞きつけたらしいヘンリーが最近の情勢について語り始め、レイもそれに対して補足するように自身の考えを語る。暫くするとデスクでモニターを眺めていたキースが立ち上がって号令をかけ、全員を注目させた。
「皆いるようだな…言い方が悪くなってしまうが今回の騒動でレギオンを目の敵にしていた連中は、肩身の狭い思いをしている上に不利な立場にあると聞く。風当たりが弱い今こそって事で上層部も早いうちに事業の拡大を目指しているそうだ。ま、経営については俺達の専門外。これからの方針としては、いつもの業務をこなす傍らで現場から逃走したアマルガム達の捜索にもあたろうと思う。今後もよろしく頼む…以上!各自業務にあたってくれ」
キースからの話が終わった直後、警報によって再びホールの出現を知らされる。送られて来た現場からの映像によって多数の中型が出現している事が判明した。キースがニヤリと笑いながらこちらを見ている事に気づいたイナバは、同じように笑って頷いてから戦闘服へと姿を変える。
「それじゃ、行ってきます」
「おう!…ナーシャ、伝えておけ。アレスがそちらへ向かうとな」
イナバはすぐさま答えると、そのままオフィスを揚々と出ていく。キースはそんな彼に景気よく返事をした後、ナーシャに頼んで警察に対してこちらの動きを伝えるように指令を下した。
イナバがレギオンから出動して現場に辿り着くと、機動隊と未確認生命体が交戦を繰り広げている最中であった。今にも飛び掛かられそうになっていた警官を助けると、イナバは威勢よく怪物たちの前に躍り出る。機動隊もアマルガムが戦闘を行う事が分かると、その場から撤退して離れた場所で待機をした。未確認生命体達は撤退する人間達を襲いたかったものの、目の前に現れたイナバから本能的に危険を感じ取ったのか何も出来ずに唸り続けている。
「さーて、恨みは無いけど死んでもらうぜ…かかって来いよ!」
両腕をフィスト形態に変えたイナバが大声で呼びかけながら構えると、未確認生命たちも一斉に走り出した。これまでは成り行きで戦い続けていたイナバだったが、すっかりと余裕を持てるようになった自分を少し褒めながらも接近する未確認生命体へ向かって全力で殴りかかって行った。
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