完璧なこの世界で

朱夏

第1話 完璧なこの世界で

――2021年夏、世界は崩壊した。


 2020年初頭より世界中で猛威を振るった新型コロナウイルスは、2020年夏に収束するかと思われたがその秋に突然変異。隣の部屋にいても感染する致死率97%の前代未聞の感染症となって世界中を襲い、人口は1割にまで減少したという。


 残された人類はイギリスに集まり世界政府を設置。「科学によって自然に負けない人類を」というテーマのもと再興されたのが2120年の今の社会だそうだ。


「禁止されているタイムマシンの開発を秘密裏に行っていたジョン博士は逃亡。現在指名手配されており......」


街の中心の大型モニターでは完璧な顔立ちのアナウンサーがそんなニュースを読み上げ、町を歩く完璧なスタイルの美女は楽しそうにトレンドの話をしている。みんな同じような完璧な顔立ち、完璧なスタイル、完璧、完璧、完璧、体の大部分を機械に置き換えた完璧なサイボーグだ。どれだけ高くて完璧な体に変えているか。それが社会ステータスになっている。


 そりゃ機械だらけの体にすればウイルスにも負けないだろうよ。容姿だって思い通りに変えたい放題だ。でも本当にそれでいいのか?サイボーグ化されて個性を失い、まさに社会の歯車そのものじゃないか。


 まぁそうやって逆張りして一切体を機械化していない俺はホームレス。雇ってなんかもらえやしない。いつも怪しい業者が機械化のためにお金貸しますよって話をしてくる。同じ橋の下で暮らしてた奴らはみんなそれにサインしてどっか行っちまった。今頃は借金返済とかいって業者にコキ使われてんだろうな。



「ディストピアそのものだ」



そう呟きながら横断歩道を渡っている瞬間

右側から大きな衝撃を感じた


あっ............

死んだな

機械化しとけば死ななかったか

いやでも本望だ

生きたいように生きた。いい人生だったよ。











目覚めた時には病院のベッドの上だった。

全身が軽い、なんだこの感覚は

右腕をあげる。そこに見えたのは銀色の骨組み。



「アキさん、不幸中の幸いですね!貴方をはねた車の運転手さんが大金持ちでして、完全サイボーグ化手術の費用全て肩代わりしてくれたそうです!そうでもしなきゃ助からなかったですよ!あっ、ではスタイルとか顔立ちのご要望をお聞きしますね!まだ手術は終わってないんです!」



誰だそのアキって奴は。

もうここにいるのは俺じゃないだろ。



「死なせてくれ。俺は人として死にたいんだ。」

「気が動転しているんですね。ひとまずオススメで作っておくので変えたくなったらまたいらしてください!お題は既に十分いただいてますので!」



 そんなわけで俺は完全なサイボーグになって退院した。医者って奴は人の幸せを一元化する癖でもあるんだろうか。金持ちボンボンにはわからねぇ世界もあるんだよ。自覚しろアホ。○ね。


/禁止用語です。そのような思考は制限されています。

誰だお前、まだ発言してねぇだろ

/私は思考補助AIです。貴方の思考を社会に適した形へと導きます。

ああそうか、勝手にしろ、遂に頭の中まで支配されちまったのか。


「あの〜」


帰路で絶世の美少女に話しかけられた。


「凄く......かっこいいですね!貴方のそれもしかして最高級の奴ですか......?」


無視無視、相手にするだけ時間の無駄だ

/ここで対応すれば配偶者や職の獲得に繋がります。対応を推奨。

しょうもなすぎる。黙れ。


 呆れるほどにつまらない生活が始まった。町を歩くだけで仕事の話が舞い込んでくる。貴方ほど高級な機械ならこのソフトをインストールすればすぐに最高のパフォーマンスで働けます!だとよ。貧乏人が必死こいて勉強しても無意味ってわけだ。これが科学の末路。富の一極集中。どうしようもない階級社会だ。



/うつ病に似た症状を感知。薬を投与します。SSRI投与......

あぁ、精神状態すらも管理されてるってわけね......



 薬の効果だろうか。よく眠れたし、起きたら全く嫌な気分がしない。精神状態は脳内の化学物質の影響って誰かが言ってたな。よく実感したよ。そりゃ高いサイボーグになってるやつの方が社会的ステータスが高いわけだ。これじゃ会社トップはコキ使いたい放題だからな。どんだけ残業させても病まないなんて支配階級からすれば最高じゃないか。



よし一思いに自殺しよう。これ以上自分が自分で無くなる前に。

/都会での生活を推奨。

黙れ。どこかないか。どこか......

/この先、工場跡近辺は多くの崖が存在します。危険。帰還を推奨。

いいじゃないか!たまには役に立つんだな

/2m先、崖です。危険。帰還を推奨。












飛び降りた先は大量の機械のようなもので埋め尽くされていた。


「まぁ最高級サイボーグが飛び降りで死ぬわけもないか」

「君は死にたくてここに飛び込んできたのかい?その体で?」

「もういいんだ。俺は人間のまま死にたいんだ。」

「そうか。じゃあ君はこの社会を変えたいんだね。」


マッドサイエンティストみたいな風貌の男は笑った


「どうしてそうなる」

「社会を変える方法がたった一つだけあるんだけど。協力してくれない?」


会話が成立していないことなど全く気にも留めず男は喋り続ける。


「この機械さ、作ったはいいんだけど使用中にもう1人がメンテナンスし続けないといけないんだよね。ということで君に中に入って欲しいんだけど」

「はぁ......入れば社会が変わるのか?」

「お!ものわかりいいね!そうそう、頼むから入ってくれない?」


自暴自棄になっていた私は言われるがままに機械に入った。こんなゴミ溜めの機械が動くはずない。


「よし、じゃあ起動するね。あ!名前聞いとこうかな!僕はジョンだよ!」

「俺は......名乗りたくない」

「そう!じゃあナナシって呼ぶね!」


機械が大きな音をたてながら動き始めた。動くのかこれ!聞いてないぞ!!


「お、おいジョン。これなんなんだよ!」

「世界を変えるための機械だよ。タイムマシンさ」


そうか、ジョンってどっかで聞いた名だと思ったらニュースでやってた法律違反の研究で指名手配中の男か!


「落ち着いて聞いてくれ。行き先は2020年夏だ。一年間で自動的に帰還するように設定してある。君の役割はコロナウイルスに対する特効薬の完成する2021年夏まで自粛を続けさせること。方法はどんなものでも構わない。」

「う、嘘だろ。そんな重大なことどうして俺に頼むんだ!」

「わかるだろ?この社会を変えたいなんて偉い人は誰も思っちゃいないのさ。今の安寧が大切なんだよ。でも君は違う。その体になってもなお、この社会をおかしいと思ってる。違うかい?アキくん」

「どうして俺の名を......!!」

「あぁ。頭の中のソレ。僕が作った奴だからハッキング出来ちゃうんだよね!」


なんて奴だ!俺はこの崖から飛び降りるように誘導されてたってことか!


「よし!準備できた!それじゃあ最後に一つだけ。君がもしコロナウイルスから世界を救うことができれば別の世界線にシフトして君の存在も消えてしまう。そう感じているかもしれないがそれは嘘だ。2120年に生活している人の価値観や状態は変わっても生死は変わらない。そうなるように世界線は収束する。だから君は何も考えずに自粛させることだけを考えて!次に会う時はお互い人間として会おうね......!」












ジョンの最後の声を聞いてから何分ほど経っただろう。意識を取り戻した俺は橋の下で横たわっていた。

ここは......元いた街の中心?いやでも何かがおかしい。


「新型コロナウイルスによる外出自粛も解除されはや1ヶ月。お盆の渋谷は大変混雑しております!」


 なんだあの超絶ブサイクなアナウンサーは!サイボーグ化してないじゃないか!本当に2020年だ......ジョンが言ってたことは嘘じゃなかったのか!!



 それにしてもどうすればいい......俺がここで再度自粛させることに成功しなければ世界はまたあの完璧な世界に戻ってしまう!でも自粛を再開させる手段なんてあるのか?サイボーグになった部分を見せて話をすれば何人かは信じてくれるかもしれない。でも今から再度経済活動の停止?そんなこと社会のお偉いさんがたが認めるはずがない!どうにかしなければ......つい数日前までホームレスだった俺にどうにか出来るのか??でも考えなくちゃ......どうすれば、どうすれば......



俺は自分の右腕を見た。完璧な形だ。

足も完璧。エンジンを解放すれば時速2000kmで飛べるそうだ。

顔も体も頭も......


















「やぁ。2020年の諸君。俺はナナシ。100年後の未来から来たサイボーグだ。今から世界を破壊する。衝撃に備えよ。」

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