“それでも魔女は毒を飲む”

久浩香

第1話

 勇者が死んだ。


 14歳で、冒険者ギルドに登録。

 15歳で、Bランク魔獣の討伐に一人で成功。

 16歳で、未踏破のダンジョン掌握。

 18歳で、王都にいる国王陛下に謁見し、陛下の子飼いの剣士・弓使い・僧侶・魔法使いと共に、魔王に誘拐された陛下唯一の実子の姫君救出の依頼を受諾。


 彼等と共に、3年もの間、魔王の本拠地を目指して旅をして、海上に浮かぶ魔王の島の岩牢に捕らわれる姫君の救出成功。姫君に執着する魔王討伐も成功させた。


 島から大陸にへと戻り、最初の村の教会で姫君と結婚。

 24歳で王都に戻り、次期女王となる姫君の夫として王宮に迎え入れられる。

 25歳で、姫君が妊娠、出産し、可愛い姫君が誕生した。

 そんな、順風満帆を絵に描いた様な、勇者が、26歳の若さで死んだ。


 死因は、落馬による死亡

 魔獣も出現しない、何の変哲も無い森の狩場。

 猟銃の同行者によると、獲物の鹿へと発砲した反動で体勢を崩して頭から落下したそうだ。



 勇者が死んでから三ヶ月後、勇者と共に姫君救出に挑んだ弓使いが、夫を亡くした姫君を慰める目的で、彼女の寝所にバルコニーから侵入した帰り、足を滑らせて転落。

 全身強打による意識不明に陥った。


 姫君の命令により、魔王討伐の業績により大僧侶となり、教会内部に籠る僧侶が王宮を訪れ、弓使いの治療を行う事になった。


 患者を前にした大僧侶だったが、突如、精神錯乱に陥り、治療魔法が暴走して、身体中の血液が沸騰して破裂した。

 人々の目が、大僧侶の衝撃的な惨劇に目を奪われている内に、弓使いもひっそりと逝った。


 更に三ヶ月後、姫君の再婚相手として剣士が選ばれた。

 彼は、国王になる前祝だと豪語して、酒場でひとしきり飲んだ後、娼館に向かい、そのまま腹上死をした。


 魔法使いは、行方不明になっており、大陸中にお触れを出して探したが見つからなかった。


 国王陛下が崩御され、姫君は女王陛下に即位した。


 法務大臣は、女王陛下に奏上した。

「恐れながら、大陸を統べる女王陛下に申し上げます。由々しき事態でございます」


 彼の言う事には、勇者の亡くなった翌日から、とある4日を除いて、毎日、何処かの領で、13歳の少女の死亡届けが出されているのだという。

 もちろん子供は生まれるし、13歳の少女に限らず、毎日、誰かは死んでいる。

 しかし、決まったように毎日一人、13歳の少女が亡くなっているのは異常だという。


 その4日とは、

 弓使いが意識不明に陥った日。

 大僧侶が亡くなった日。

 剣士が亡くなった日。

 そして、何も無かったある1日。

 この4日なのだと説明した。


 女王陛下は、一笑に付し、

「そんな偶然もあるだろう」

 と、仰ると、法務大臣を下がらせた。


 女王陛下が女王となった数年後、

 女王の産んだ姫君は、14歳の誕生日の朝、目覚めなかった。


 王宮には、31歳の女王陛下を孕ませようと、日毎夜毎に男共が襲来した。

 男達を排除する為の衛兵さえも、次期国主の父となる野心を持って、彼女を襲った。

 ひと時も、身も気も心も休めない女王陛下は、40歳になる頃には、老婆の様な姿になった。



 国王陛下の血統が滅んだ後も、毎日、13歳の少女は亡くなった。

 大陸中で、若い娘が減っていき、自分の子孫を残すため、散り散りに分かれた、いたる所の領間で、女を巡る戦が起きた。


 男達の戦死で、一時はバランスが保てても、13歳の少女は毎日1人、死んでいく。


 やがて、13歳の少女が毎日死ぬ事は無くなった。

 365人より、少女の数が少なくなったからだ。

 少女は13歳の誕生日に冷たくなった。


 ★


 おおっ。

 おおっ。

 おおおっ。


 私の愛しい魔王様。

 何故、魔王様が殺されなければならない。


 魔王と契った者は、例え、元の身体が人間であっても、悠久の寿命を得られるという。


 あの姫君。

 人間には不釣り合いな寿命を求め、私という妻のいる魔王様に横恋慕した姫君。

 勝手に島に押しかけて、身籠った私に毒を盛り、私の子供を流させた。


 許さない。


 招かざる姫君。

 魔王を殺した勇者。

 その手助けをした剣士、弓使い、僧侶。魔法使い。

 勝手なつくり話で、彼等を島に運んだ国王。

 そして、彼等を歓待し、私の魔王様の死に歓喜した領民 ─── 人間



 私の魔女としての能力。

 水晶玉に映った対象者と自分の身体を繋げる事ができる。

 つまり、私の摂取した物は、対象者もそれを摂取する。


 私が死んでしまわぬ様に、致死量ギリギリの毒薬を仰ぐ。


 勇者は、胃さえも強靭だった。

 彼を殺す為に、5年もの時がかかった。

 毎日、毒薬を飲み、水晶玉から彼の映像を消して、吐く。

 そんな事を続けて、ようやく5年目に、馬上の勇者は毒が回り、落ちた。


 次に厄介だったのは、僧侶。

 信仰の結界に守られて、私の水晶玉に映らない。


 弓使いでも剣士でもどちらでも良かった。

 とにかく、僧侶を教会から出す為に、意識不明にする必要があった。

 弓使いが、そうなってくれたのは幸運だった。


 僧侶の為に飲んだ毒は、幻覚剤。

 自分が血みどろの幻覚に襲われた彼は、自分に治癒魔法をかけ続けた。

 正常な血流は、大量の血が身体中を這い巡り沸騰した。


 魔法使い…彼は、姫君に魔王様の事を教えた張本人の知己の人。

 3人が亡くなって、私の仕業だと気がついた。

 私の水晶玉から逃れる方法を探る為、寝食を忘れて書に没頭してた。

 弱った身体と同期して、殺害するのは簡単だった。


 そして、一番簡単だった剣士。

 子供に飲ませる程度の毒薬で、逝ったわ。


 国王は、『これは魔王の呪いだ』と、ノイローゼになって亡くなった。


 姫君…いえ、女王陛下。

 あの人は、我が子を亡くす悲しみが解ったかしら?

 ふふっ。私の愛しい魔王様との契りを望んだ貴女。

 望まぬ相手に求められた気分は、どうだった?


 勇者…14歳で私の魔王様を殺害する道に進んだ貴方。


 少女達を13歳で殺したのは、14歳にしない為。

 女王の様に、誰かの愛する人を奪う女にならない様に。


 今日も水晶玉に映る13歳になる少女。


 魔女は今日も毒を飲む。少女を死なす為に。 

 愛しの魔王は還らない。それでも、魔女は毒を飲む。

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