第2話 一発ぶん殴ってもいいですか、女神様?

「どうしてこうなった……?」


 私は思わず呻いた。

 ちょっと展開が目まぐるしくて、頭も気持ちも全然ついていけてないんですけど。


 女の子を庇って車に轢かれたはずの私。

 なのにどういうわけか、今いるのは薄暗い地下だ。

 廊下の両側には檻のようなものが設けられている。

 ……ようなっていうか、完全に檻ですよねぇ。


 そして私は屈強な白人系の男性に監視されながら歩かされていた。

 外人さんは鎧を着ており、腰には鞘に納められた剣を提げている。

 兵士のコスプレ……だったら嬉しいんだけど、生憎とリアルっぽい。だって外人さん、めっちゃガチな空気だもん。


 本当にどうしてこうなったのか。

 一先ず順を追って思い返してみよう。






 交通事故で死んだはずの私の前に現れたのは、自らを〝女神〟だと言い張る謎の美女だった。

 やけに陽気で軽くてちょっとバカっぽい彼女が言うには、私は異世界転生の対象者に選ばれたのだという。


「え? それってもしかして今ネットとかで流行ってるやつ?」


 それが私の最初の反応。

 仕事漬けで滅多に取れない休日は、疲れのせいか、外に出るのも億劫になってしまってほとんど家にいる。

 だけど寝ているばかりというのも暇なので、スマホを弄っていることが多い。

 タダで読めるネット小説サイトは、そんな私のお気に入りの一つ。


 だからこの手の話は比較的すんなり呑み込むことができたのだ。


「ふふふ、やはり地上で異世界モノの作品を流行らせておいてよかったですね。お陰で面倒な説明を省けちゃいます♪」

「あれって女神様が流行らせたの……?」


 女神の力ってすげー。

 でも説明を省くためだけにわざわざそんなことするとか、それって無駄遣いじゃ……。


 ともかく詳しいことを訊いてみると、ほとんどテンプレ通りだった。

 女神様が発端なのだから当然かもしれない。


 それで私はお約束の〝チートスキル〟を貰って、異世界に転生することになった。


「なるほどなるほど。働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい、と。分かりました! その願い、叶えて差し上げましょう!」

「えっ? 本当に? 随分と都合のいい話だけど……」

「それが異世界転生というものなんですよ!」


 どうやらご都合主義は物語の中だけのものではないらしい。

 まぁ前世が辛いことばっかりだったし、それでバランスが取れるってもんよね。


 ともかくそうして私は女神様に見送られ、異世界へ――




「ようこそいらっしゃいました、勇者様」

「……へ?」




 ――そこは神殿のような場所だった。


 私の足元には不思議な紋様が描かれていて、それが淡い光を放っている。

 周囲を取り囲んでいるのは、真っ白なローブを身に付けた人たちだ。

 そして誰もが歓喜の表情で私を見ている。


 何これ!? めっちゃ怖いんですけど!?


 私が当惑していると、豪奢な衣服を着た老人が前に出てきた。

 年は七十くらいかな。


「こちらの都合で突然お呼びしてしまい、申し訳ございません。ですが勇者様、我々にはあなたのお力が必要なのです」


 ちょっ、これって、まさか勇者召喚ってやつ?

 聞いてないんですけど……。


 勇者と言ったら魔王退治。

 桃太郎と言ったら鬼退治というくらいの常識だ。


 私、子供とのんびり暮らしたいって言ったはずだよね?

 まぁ勇者召喚系であっても、すでに魔王が倒されていて世界が平和だったりするパターンもあるけど……それかな?

 という私の淡い期待は、老人の説明であっさりと潰えた。


 ――実はこの世界は今、魔王に云々かんぬん。


 うん、普通にガチなやつっぽい。

 女神様の嘘つき!


『はいは~い、女神でーす♪』


 うわっ!?

 呼びかけたら普通に返事が返ってきた。

 会話できるんかい。


『できるんですよー』


 じゃあこの状況も分かってるんでしょ?

 話が違うでしょうが。


『それがですねー、実はわたしにも想定外なことが起こってしまってですね』


 想定外?


『そうなんですー。本来なら彼らが行った勇者召喚で、地球にいる誰かが呼び出されるはずだったんですけど、ちょうど近くにいた沙織さんが引っ掛かってしまってですねー。運悪く持っていかれちゃったんですよー』


 よく分からないけど、だったら早く何とかしてよね。


『それが無理なんですよー』


 え? 無理?


『いったんそっちの世界に行っちゃうと、干渉できなくなっちゃうんです。できるのはこうした念話でのやり取りぐらい。だけどそれも制限があるので、もうすぐ、あっ……』


 女神様っ?


『……めん……い……んが……たい……で……』


 ちょっ、ちょっと待ってよ!?

 さすがにこのまま放置とか酷いでしょ!

 自分の仕事に最後まで責任持てやコラ!(←よく上司に言われてた言葉)


 しかし私の訴えも虚しく、女神様との通信は完全に途絶えてしまった。


「どうされました、勇者様?」

「い、いえ、何でもありません」

「どうやらまだ混乱されているようですね」


 そりゃ混乱もするわい。

 もしかしてこのまま私は魔王退治に行かされるのか?

 でも途中で逃げちゃえばいいんじゃね?

 第一、平和な日本で育ったか弱い女の子(27)の私に、戦うことなんできるはずもない。


 そんなことを考えていると、一人の青年が近づいてきた。


「彼は〈鑑定〉のスキルを持っているのです。これより勇者様のスキルを確認させていただければと思いまして」


 そうか、スキルか。

 女神様がくれたスキルは戦闘には使えないタイプのもののはずだ。

 だって、『働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい』という要望を叶えてくれるスキルをくれたんだから。

 そんなもので魔王と戦うことなんてできるわけがない。


 そういえば具体的な能力や名前まで教えてもらってなかったっけ。

 まぁでも今ここで調べてくれるっていうのならちょうどいいや。


 青年が私の目をじっと見つめてくる。

 それがスキルを鑑定する方法らしい。


「こ、これは……」

「どうかね、鑑定士。勇者様はどのようなスキルを持っておられる?」

「それが……」


 老人に問われ、青年は少し躊躇ってから答えた。


「……〈子育て〉です」


 いや、子育てて。


 チートというには普通過ぎやしませんかね、女神様?

 神官たちがざわつき始める。


「な……〈子育て〉だと? それは本当なのか?」

「は、はい、間違いありません」

「他にはないのか?」

「……ありません」

「馬鹿な……これでは、戦闘にはまるで使えないではないか……」


 ですよねー。

 というわけで、私には魔王退治なんて無理なんですよ。


「それと、レベルなのですが……なぜかEXと……」


 恐る恐るといった感じで付け足す鑑定士の青年。

 すると老人が叫んだ。


「ランクEだと!? 最低ランクではないか!」

「いえ、Eではなく、EX……」

「どちらでもいい! 〈子育て〉など、どのみち何の役にも立たん!」


 なんか、ガチギレしちゃってるんですけど、このおじいちゃん……。

 たぶん高位の聖職者なんだろうけど、自分の意に沿わないとすぐに怒鳴りつけるとか、うちの上司と一緒じゃんか……。


 最初の丁寧な物腰はどこへやら、老人は私を不躾に指差すと、部下たちに命じた。


「使えない勇者に用はない! 地下にでも放り込んでおけ!」








「どうしてこうなった……?」


 で、今に至るというわけ。

 魔王退治の任から解放されると期待した私が馬鹿でした。


 牢屋の中へと押し込められてしまう。

 鍵をかけて去って行こうとする兵士さんに、私は慌てて訊ねた。


「えっと、ちなみに私、これからどうなるんですかね?」

「……それは上の決めることだ。だが、処刑されるか、あるいは奴隷として売られるか、そのどちらかだろう」


 どっちも嫌です。

 でもまだ奴隷の方がマシかな。

 いやいや、せっかく社畜から解放されたっていうのに、今度はマジな奴隷とか……最悪だ。


 じゃあ処刑は?

 もう一回死んじゃったわけだし、二回目なら……と思ったけど普通に怖いよ。

 せめて車に轢かれたときみたいに即死にしてほしい。


 ……死んだらまた女神様のところに戻れるかな?

 そのときは一発ぶん殴っても許されるよね!

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