子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾(くずしちお)

第1話 労働なんて滅びてしまえ

 子供が欲しい。


 今年で二十七歳になる私、新川沙織あらかわさおりは最近ますますそう思うことが増えた。

 生憎とそんな未来は当分ありそうにないけれど。


 なにせ相手が居ないし、相手ができそうな気配もない。

 どころか、出会いの機会すらもなかった。


 だって私は今日も明日も明後日も、仕事仕事仕事……。


 ――今の世の中、女でもしっかり勉強してそれなりの大学に入って、ちゃんといい会社に就職しないといけないぞ。


 そんな両親のありがたーい教えに従って、学生時代は人並み以上に勉強を頑張ったいい子ちゃんの私。

 お陰で小学校、中学校とそれなりに優秀な成績を残し、地元の進学校へ。

 高校時代の猛勉強の甲斐もあって、見事、難関と言われる大学に入学する。

 勉強とは勝手の違う就活では少々苦労したものの、それでも無事に名の知れた企業に就職することができた。


 両親に言われた通りの道を歩み、私はゴールへと辿り着いた。

 きっと未来は明るい!

 大学の卒業式の日、華やかな振袖に身を包んだ私は、そう信じて疑っていなかった。





「なのにどうしてこうなった……?」


 思わずそんな溜息が零れてしまう。

 間もなく深夜零時。

 なのにオフィスの電気は、節電という言葉に真っ向から刃向うように、まだ煌々とした光を放っている。


 フロアの各所では、疲れ切った顔でパソコンに向かう人たちの姿。

 ゾンビ映画にでも出てきそうだよね……なんて、笑えない。

 だって私もその一人なのだ。


 一向に終わる気配のない仕事を前に、とうに終電なんて諦めてます。

 でも大丈夫。だって明日は土曜日。

 休日なので、たとえ完徹しても支障はないのだ!


 ……なにが大丈夫だ、クソッタレ。


 私の勤め先はいわゆるブラック企業だった。

 常に自分のキャパを越えた仕事を抱え続け、この数年間、気づけばほとんどまともな休みなど取っていない。

 残業や休日出勤など当たり前。

 そうしなければ仕事が終わらないし、終わらなければ厳しい上司からキツーイ叱責が飛んでくる。

 ずっと褒められて生きてきた私にとって、それは何よりも怖ろしく、そして屈辱的なことだった。

 なんか、存在そのものを全否定されてる感じ……。


「どうしてこうなった……」


 再び漏れる嘆息。


 そこそこ有名な企業だし労働環境もきっと悪くないよね~。

 そう安直に信じて疑わず、ちゃんと調べようとしなかった就活中の私を殴ってやりたい。

 代わりに今の私でも殴ろうか。いや痛いからやめよう。


 辞めちゃえばいいじゃん、って高校時代の友人に軽く言われたりもした。

 私だって何度も辞表届を出そうと思ったさ。

 でも踏ん切りがつかないのだ。

 正しいレールから外れることを異常に怖れてしまう……いつの間にか、私はそんなツマラナイ人間に成り下がってしまっていたらしい。


 ていうか、世間は少子化少子化騒いでるけど、こんなんで子供産めるわけないっての!

 どこのどいつだ、女性が働かないといけない社会にしたのは。

 労働なんて全部男にやらせておけばいいのに。


 あ~~っ、専業主婦になって毎日子育てだけしてたーい!


 私は昔から子供が好きだ。

 ぷにぷにの柔肌。

 可愛らしい天使の笑顔。

 まだ大人の汚れた世界に染まっていない、無邪気な心。

 何時間だって見ていられるよね。


 そりゃ、子育てだって大変だろうけど……でも今の生活よりはきっとマシなはず。

 え? 外で探す暇がなければ社内結婚からの寿退社?

 いや、こんな企業に勤めてる男は、ちょっと……(自分のことは棚に上げる主義)。


 はぁ、どこかに安定して生活費を供給し続けてくれるATM、もとい旦那、落ちてないかなぁ……。






 朝になって、私はふらふらの足取りで会社を出た。

 徹夜で頑張ったのに、仕事はまだ終わっていない。 

 死にたい。


 だけどもう限界だった。

 ともかくいったん帰って少し仮眠を取って、それからまた会社に行こう。

 休日出勤だ。

 もはや休日という概念なんて、とっくに壊れてるけど。


「ん?」


 その途中、私のぼやけた視界があるものを捉えた。

 ちょこちょこと小さな歩幅で歩く天使。

 もとい、小学三年生くらいの女の子だった。


 ランドセルを背負っているし、たぶん学校に行く途中なのだろう。

 最近は土曜日にも授業があるらしい。


 そんなに勉強したって未来は私のような社畜……うん、あの子が大きくなる頃には世の中が変わっているといいね。


 それにしても好奇心が旺盛なのか、あっちに行ったりこっちに行ったり、落ち着きがなくてなかなか前に進んでいない。

 遅刻しちゃうよ~?


「ああ、それにしてもかわゆいなぁ……MPが回復するわ……。……連れて帰ったらやばいかな?」


 つい足を止めて、そんなことを呟くやつれたアラサー女。

 おまわりさん、私です。


 と、そのとき何かを見つけたのか、突然その女の子が歩道から逸れて車道へと飛び出した。

 よく見ると車道にピンク色の眼鏡みたいなのが落ちている。


 あ、あれはまさかっ……みんな大好き、『魔導少女プチキュア』に登場する変身用ラブラブサングラス!


 私の家にもあるわー。

 つ、つい気の迷いで買っちゃっただけだし!

 かけたのは一回だけだし!

 もう何年も前の話だし!(成人済み)


 って、今はそんな場合じゃない……!

 そこへ運悪く走ってきたのは一台の車。

 女の子は玩具に完全に気を取られていて、それに気づいていない。


「危ない!」


 私は思わず駆け出していた。

 運動不足と過労でボロボロの身体に鞭を打って全速力。

 ハイヒールが脱げたけれど……気にしてられるか!

 これでも学生時代、足だけは速かった。


 迫りくる車。

 慣らされるクラクション。

 そこでようやく女の子が気づいたけれど、時すでに遅し。

 車のブレーキも間に合いそうにない。

 てか、乗ってるのいかにも反応の遅そうなよぼよぼのおじいちゃんだし!


 直後、ギリギリ滑り込んだ私は、彼女を庇うように抱き締め――






 気がつくと、私は真っ白い空間に浮かんでいた。

 まるで某漫画に出てくるメンタルとタイムのルームみたいだ。


 ……ああ、私、死んじゃったのか。


 すぐにピンときた。

 だって車に撥ねられた瞬間をはっきりと思い出すことができる。


 幸い痛みの記憶はなかった。

 たぶんほとんど即死だったんだろう。


 あの子はどうなったのかな?

 きっと私が護ってあげたから大丈夫なはず。

 そう信じたい。


 轢いちゃった運転手のおじいちゃん、なんていうか……ご愁傷様です……。


 ていうか、死んだっていうのに思いのほか冷静だな、私。

 これでもう仕事漬けの毎日に苦しまなくていいからかもしれない。


 そう考えるとちょっと晴れやかな気持ちになったけど、両親のことを思うとすぐに気が沈んでしまった。

 お父さん、お母さん、親より先立っちゃうような不孝者でごめんね。

 孫の顔も見せてあげられなかったね。弟に期待してくれ。


 それにしても、死んでも意識はあるんだねぇ。

 この様子だと無になるわけじゃなくて、死後の世界があるのかな?


「ぱんぱかぱーん♪」


 突然、何の前触れもなく目の前に女の人が現れた。

 びっくりするくらいの美人だ。

 その割に何だか随分と陽気そう――あと、なんだかバカっぽい。

 ぱんぱかぱーんて。


「おめでとうございます! 新川沙織さん! あなたはなんと、異世界転生の対象者に選ばれちゃいました!」

「……はい?」

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