現実逃避は異世界で

彩-sai-

第1話「現実逃避?」


はぁ。疲れた。


そんな言葉しか出てこないのは、もう何年目だろう。

始まりは就活に失敗した、大学時代からだろうか。

周りの友人の就職が決まる中、最後まで決まらなかった。

どうにか滑り込んだ所は、いわゆるブラックと言われる会社で。

それでも入社したんだからと、頑張って続けた結果。

こんな、ぐったりとした日々が待っていた。

何のために生きてるのかわからない。

でも、仕事はしなきゃ。

立派な社畜になったなぁと思いながら、今日もてっぺんを過ぎた時間にベッドに入る。

今日は4時間は眠れるかな。

疲れで朦朧とした意識の中、目を閉じた。



自分のせんべい布団とは違う、ふわふわした感触がする。

何だろうと目を閉じながら触ってみると、草のようだ。

草?

疲れで重い目を開けると、一面鮮やかな緑。

あ、夢だ。

よし、寝よう。

まだ目覚まし鳴ってないし。


また、顔に当たる草の感覚で意識が浮上した。

何だかいつもよりすっきりしているような気がする。

…思ったよりも寝過ごしてしまったのかも。

サァっと血の気が引いて、ガバっと起き上がる。

目を開けて時計があるはずの場所を見ると、立派な木が。

ん?と思いながら、周りを見渡すと、夢で見た一面の緑。

一見、森の中の風景を眺めながら、ここまで現実逃避するくらい病んでるんだなぁとしみじみ考えてしまった。

うん、会社、辞めようかな。


「ぴー!ぴぴー!」


座った状態でぼんやりしていたら、ふと下から音が。

何かの鳴き声に似ているなと思いながら視線を下すと、私の脚の上に黒いトカゲのような生き物が。

生まれたてなのか、よぼよぼしてる。

必死でこっちを見ながら叫んでる所を見ると、どうやら親と勘違いしているみたいだ。


「あいやー。お母さんはどこいったの?」

「ぴー!ぴー!」


まぁ、答えてくれるはずもなく、そっと地面に降ろして立ち上がる。

周りにそれらしい生き物はいないので、どうやら親とはぐれてしまったらしい。

私もある意味、迷子だが。


「あなたはどこから来たの?」

「ぴー!ぴー!」


まるで、抱っこして!ばりに見上げながら叫ぶトカゲの赤ちゃんを見て、この夢では私はトカゲなのだろうかと、顔を触ってみるけど、特にいつもと変わりはない。

一応、人間は保っているらしい。

裸足の感触はやけにリアルだし、頭もぐっすり寝た後のように冴えている。

すごいな、私の想像力。

取り敢えず、探索しよう。


「ぴぁー!ぴぴぴー!」


慌てたように、トカゲがよたよたと追ってきた。

掌サイズのトカゲなので、私の一歩でもかなり頑張らないと追いつけないらしい。


「あなたはお母さんを待った方が良いよ。私、ちょっとその辺見てくるから。」


夢だし、伝わると信じて話してみる。

きょとんと見上げるトカゲって意外とかわいい。

よし、通じただろう。

何となく明るい方に歩いてみよう。


「ぴあー!ぴぁー!ぴー!」


それでも、必死で追いすがるトカゲに、どうしたものかと考える。

私の言葉は通じないらしい。

微妙に不便な夢だな。


『その子、あなたの守護獣でしょ?』

「え?」


突然、ふわっとした人間の言葉だけど、人間の声じゃないような音が聞こえてビックリした。

この世界で初めての人類!

その声の方を期待を込めて振り返る。


そこには、小さな影。

まん丸おめめの、ふわふわした毛をまとった。

ポメラニアン。

どうみても、ポメラニアン(犬)。

しっぽをふりふりと、とても愛くるしい。

色が今まで見た事ない赤なので、ファンタジー要素をかもし出している。

さすがに、犬は喋らないだろう。

飼い主は、っと。


『どこ見てるのよ!私が話してるのに!』

「………。」


嘘やん。

確かに、キャンキャン吠えるように口が動いたのに、声は日本語だった。

わぁ、ファンタジー。


『あれ?この子、弱ってるんじゃなくて、生まれたてって感じね。』


ちょこちょこ走りながら足元に来て、トカゲをふんふん匂っている。


「あ、こら、この子は食べ物じゃないよ。」

『私を犬扱いする気?!』


おませなことを言う、見た目ポメラニアン。

ふふふ。私のファンタジーは動物と会話が出来るのか。


『あなた、ひょっとして…。』

「あ!ピピン!いた!」


おぉ!やっと人間登場か!と思って声のした方を見ると、それはそれは綺麗な女性がいた。

わぁ、雑誌で見るモデルさんみたいだ。

髪が赤毛なので、ビジュアル系要素を持ってるけど。

綺麗だなぁと眺めていると、警戒心をむき出しにされた。


「あなた、こんな所で何をしているの?」

「………さぁ?」


いつも、夢の中では、何かやらねば!って事があるのに、何も思いつかない。

今回は、自由だ!


『ルーラ!コレ、異世界人の可能性があるわ。』

「え?ほんと?」


おぉ、ファンタジー。

ナチュラルに犬と人間が会話しているのを見ると、映画のようだわ。


「ここ最近、そんな兆候なかったけど?」

『でも、この守護獣を見てよ。このおばさんの年齢にしては生まれたて過ぎるのよ。』


さりげなく失礼な犬だな。飼い主の顔をじっくり見ておく。

ちゃんとしつけしてくださいよ、お姉さん。


「う~ん。…あなた、言葉はわかるのよね?」

「え?あ、はい。」

「で、この子は守護獣なのよね?」

『そうよ。』


私と犬、それぞれに質問をして、じっと考える赤毛美女。

考える姿も美しいな。


「取り敢えず、我々の野営地に行きましょう。」

「はい?」

「その子と一緒についてきてください」

「え?この子?」


すたすたと歩いていく赤毛美女。

このままここにいてもしょうがないか。

トカゲを指差しながら言われたので、取り敢えず掌をトカゲに差し出すと、いそいそと乗って、ちょこんと座った。

かわいい。


そういや私の服装は、家で部屋着として着ていた高校時代のジャージだ。

赤毛美女は、全体的に黒一色で、映画でよく見る騎士のような恰好。

凛とした美人だから、めちゃんこ似合っている。

その横に、年代物のジャージを着てる三十路前のぱっとしない女。

夢だとしても、精神けずる状況だな。




「はぁはぁはぁ。」

「…もう少し、早く歩けません?」

「はぁはぁ。…運動不足のおばさんにはキツイのよ。」


思ったよりも長い時間歩いたけど、見ている風景が変わらない。

まるで、いくらやっても減らない仕事のようだ。

身体の構造は現実的だわ。


「なんか、こう、魔法とかないの?」

「は?」

「魔法。イリュージョン!ぱっと移動出来ないの?ファンタジーなのに。」


ぐったりと膝に手をつきながら呟くと、下から覗き込んだ犬が呆れた声を出した。


『そんな楽できるんなら、苦労はしないでしょ。』


ファンタジーが、ファンタジーらしからぬ事を言う。


「あともう少しだから、さぁ、頑張って。」


納期前の先輩が言いそうな事を言う。

やめてくれ、今は忘れたいのに。

右手を赤毛美女に面倒そうに引っ張られながら、左手ではトカゲが応援するように鳴いている。

すると、森の中にぽっかりと広場が現れた。

大小さまざまな大きさの白いテントが、所々に建てられている。

映画でみる、野営か。なるほど。

赤毛美女が、薪割りをしてる男に近づいていく。

赤毛美女に引きずられているせいで、私も近づいていく。

振り返った男は、茶髪で爽やかなイケメン。

顔面偏差値高いな、ここ。


「団長は?」

「今はテントにいると思うよ。…誰?」


男は不審者を見る目でこっちを見てる。

まぁ、そうでしょうねぇ。

見た目みずぼらしいボロボロな裸足女が、美女に引っ張られているんだもんね。

公開処刑だわ!


「そういえば、あなた、名前は?」

「今更ですな!」


思わず声が出た。

お互い、名前すら知らずにここまで来たのだ。

だから、無駄に噛みそうな赤毛美女って呼ぶしかなかったのだよ。女よ。


鳥飼とりかいあかねです。」

「不思議な名前ね。」

「偽名じゃないのか?」


お前らは名乗らんのかい。


「ピピンが異世界人じゃないかって言うのよ。」

「え?本当か?」

『えぇ。間違いないと思うわ。』

「へぇ。」

『不思議な気配を持っているな、女子おなごよ。』

「へ?」


二人と一匹で繰り広げていた会話の中、近くで不思議な声がした。

いつの間にか、右肩に大きな鳥がとまっていた。

嘘やん、重さないで、ワレ。


『うむ。そやつが守護獣か。生まれたてだのう。』


やけにじじい臭い話し方をするな、こやつ。

不思議そうに私とトカゲを交互に見て、にやっとした。

鳥なのに、表情豊かだな。


『これは、面白いことになりそうだのう。』

「アズール。楽しむな。」


悪の親分みたいな笑いを浮かべながら、そっと飛んで男の肩にとまる。

あ、たかだ。

正面から見ると、かっこいいけど、表情が悪だ。

私よりも疑わしいじゃないか。

クツクツと笑う鷹を眺めてると、その横から、黒い大きな犬が現れた。

おおぅ、動物園だな。

確かに、動物に癒されたいと思っていたけれども。


のし、のし、と音がしそうな速度で、私の前に来た。

大型犬よりも、一回り大きいような気がする。

無表情で、私とトカゲを見て、身体をこすりつけてきた。

おぉ、人懐っこい。かわいいのう。


「わ、ふわふわ。いい子だねぇ。」


首元をなでると、気持ちよさそうに目を細めた。

やっと、やっと動物らしい動物が出てきた!

癒されるぅ。


「…ラウルがデレてる。」

「雷でも落ちるのかしら。」

『季節外れの雪かも。』


奇妙なものを見る目で、二人と一匹はこっちを見た。

相変わらず、鷹は悪い顔で笑ってる。

失礼しちゃうわ。

手触りの良い毛を撫でながら、思わず顔を埋める。

あぁ、気持ちいい。

ふわりと、爽やかな柑橘系のような、良い香りがした。

清潔感があるのも良い。


「あぁ、本当にあんたは良い子だねぇ。」

「何をしている。」


初めて聞く、低く通る男性の声がした。

ハッとして顔を上げると、ピリッとした空気をまとって、黒髪の男が近づいてきた。

めちゃんこ綺麗な顔を、絶対零度まで表情を殺した男。

他の二人にはないマントを羽織っているせいか、魔王感が半端ない。

なぜ、こんなやばそうな人がいるのに、私を疑った。

現実逃避の中で、更に現実逃避をするように、茶髪男を細目で見る。


「何をしている。」

「あ、えっと、ワンちゃん、に、癒されて、ました。」

「何をしている。」


答えただろうよ。

しどろもどろしながら。


『責めるな。不思議な気配がしたんだ。』


ワンちゃんが私をかばうように前に立った。

おぉ、イケメンや、この子!


「不思議な気配?」

「そう!異世界人みたいなんです。その女性。」


助け船を出すように、赤毛美女が声を上げた。

というより、二人は何も感じてないらしい。

私は、男の冷気に凍えそうなのに。


「…名前は?」

「へ?私でありますか?」

『クククッ』


私の反応に、鷹が堪えきれないと笑い出した。

あいつ、いつかぶん殴る。


「名前は?」

「鳥飼茜です。」

「年は?」

「28歳です。」

「出身国は?」

「日本。」

「にほん?………言語は通じているな?」

「はい。」

「それに、まほうって言ってました。」

「まほう?まほうとは?」


赤毛美女の援護射撃に、魔王がじっとこっちを見ている。


「まほうとは?」


答えない限り、諦めないんだろう。

納期日に終わらない絶望感に似てる。

逃げたいけど、逃げられない。

もう、なんでだよ。

現実逃避したはずなのに。


「まほうとは?」


馬鹿の一つ覚えか。

そう言いたくなるくらい、私が答えるまで永遠と同じ質問をするんだろう。


「えっと、ですね。魔法とは、瞬時に移動したり、炎を出したり、水を操ったり等の、不思議な力の事です。」

「君は使えるのか?」

「いいえ。」

「では、君以外の身近な人間が使えるのか?」

「いいえ。」

「では、君の世界には使える人間はいるのか?」

「…いいえ?」

「では、なぜ、君はそんなものの存在を知っている?」

「それは、ですね。そういう本とかがあるからです。」

「では、過去に使えていた人間がいたという事か?」

「…多分、いません。」

「では、なぜ、」


あぁ、うざい。

理詰めの、嫌いな上司みたいだ。

いっつも、なぜ出来ないのかを懇々と問いただす。

その暗示効果なのか、立派な社畜になったのだ。


「なぜ、当たり前のようにまほうという単語を使う?」

「………。」

「なぜ、当たり前のようにまほうという単語を使う?」

「………。」


一言一句間違えずに繰り返す。

あのクソみたいな上司みたい。

ここは、現実じゃないのに。


「なぜ、」

「あぁ!うざい!そんなもん、当たり前に皆使ってたからよ!いちいち細かい事まで聞かないで、自分で考えなさいよ!」


現実で言えないうっぷんをここで晴らす。

良いじゃないか、少しくらい。

どうせ、現実では言えないんだから。

綺麗な顔がぽかんとしてる。

言い返された事がないんだろう、ざまぁみろ。


『クククッ』

「黙れ、バカ鳥。」


ピタッと笑い声が止まる。

周りの空気も張り詰めたけど、知ったこっちゃない。

もう、吐き出すんだここで。全部。


「みんな、バカにしやがって。私がおかしくみえる?おかしいのはあんたらだから!何、そんな学芸会みたいな服。そんなん着て普通に生活してるあんたらのほうが恥ずかしいわ!恥ずかしい奴らがこの場に多いせいで、私がおかしいって思うのかもしれないけど、世間に出たら、あんたらの方がよっぽどおかしいから!自分たちが正しいとでも思ってる?ハッ!そんなん、狭い世界での話でしょ!世の中を見なさいよ!自分たちのちっさい物差しで、人を馬鹿にすんのも大概にしろよ!この、クズども!」


一息に言って、ポカンとしてる面々の顔を見て、スッキリした。

よし、目覚めるなら今だぞ、私。


…。

……。

………………。

おかしい。

ここまでして、目覚める気配すらないなんて。

こんな事、今までなかった。

すりっと、ワンちゃんが身体を寄せてきた。

感触がやけにリアルだ。

こういうリアルな夢は見た事あるけど。

こんな、現実的に考えられる夢ってあったっけ…?


………………。

取り敢えず、回れ右して歩きだしてみた。

ワンちゃんが横にピッタリ張り付いて歩いてる。

まるで、特訓を受けてる警察犬みたいだぁ。


「待て。」


地の底を這うような声で、身体が動かなくなった。

もう、振り向く勇気もない。

早く!夢なら覚めて!プリーズ!


「我々がおかしいと?」


声の主が、凍るような冷気をまとい近づいてくる。

おぉ!神よ!我を助けたまえ!

…何も起きる気配がない。

裏切り者ぉ!


ピタッと背後を取られた気配がする。


あぁ、詰んだ。

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