第40話 こうして『白い大蛇』は
「じゃあ、始めるぞ」
「はい、お願いします」
僕が頭を下げると、彼女の体からヌッと『白い大蛇』が姿を見せた。『白い大蛇』は大きく口を開け、僕に憑いたアヤカシを僕から引き抜き、ゆっくりと丸呑みにした。
食事を終えた『白い大蛇』は大きな欠伸をして、彼女───華我子さんの体の中に戻っていった。
「ありがとうございました」
僕が礼を言うと、華我子さんは首を横に振る。
「こちらこそ、ありがとう。とても美味しかった」
あの事件から数か月が経った。
あれから僕は自分にアヤカシが憑くと、華我子さんに憑いたアヤカシを食べてもらっている。
人によっては蝶野さんのように、自分に憑いたアヤカシにダメージがあった場合、憑かれた側の人間もそのダメージを一緒に受けることがあるが、幸いにも僕の場合、憑いたアヤカシを華我子さんに食べてもらっても、そのダメージを僕も一緒に受けるということはなかった。
華我子さんと僕の家は少し離れているため、アヤカシに憑かれる度に華我子さんの家まで通うのは不便だった。どうしても動けない時は、華我子さんに来てもらうこともあり、申し訳なかった。そこで僕は思い切って、華我子さんの家の近くに引っ越した。
華我子さんの家の近くに引っ越してしまえば、アヤカシが憑いたとしても直ぐに食べてもらうことができる。
僕が近くに引っ越したことを華我子さんは喜んでくれた。
僕に憑くアヤカシをこれからは華我子さんに食べてもらうという選択をしたのは、猿木さんが居なくても自分が生きていけるようにするためだった。
僕は死ぬのが怖い。猿木さんが居なくても生き残れる方法を探さなければ、僕は猿木さんを許してしまうかもしれない。それが怖かった。
だけど、僕は直前まで迷っていた。華我子さんにこの提案をした時、殺されるのではないかと思ったからだ。華我子さんが自分の正体を知った人間をどうするか、予測できなかった。その場で殺されても、不思議じゃなかった。
迷っている理由は、もう一つあった。それは華我子さんが憑いている少女のことだ。
無理やり人間の少女に憑き、意識を乗っ取っているのなら、僕は華我子さんと協力関係を結ぶことはできない。
僕が華我子さんに「貴方の正体は『白い大蛇』の姿をしたアヤカシですね?」と言ったあの日、僕は自分がアヤカシに憑かれやすい体質だと華我子さんに告げた上で、彼女にまず二つの頼みごとをした。
一つ目は、これから僕に憑くアヤカシをずっと食べてもらうこと。
二つ目は、猿木さんが捕まえたアヤカシを全て食べてもらうこと。
殺される覚悟で言ったが、意外にも華我子さんは『分かった』と僕の提案をあっさりと受け入れた。まるで、僕がその頼みをすることをあらかじめ知っていたかのように。
「貴方が私の獲物───貴方は『アヤカシ』と呼んでいるのか?では、私もそう呼ぶことにしよう───に憑かれやすいことは一目見た時から分かっていた」
どうやら、パーティー会場で初めて会った時から華我子さんは僕がアヤカシに憑かれやすい体質であることを見抜いていたらしい。
そして、なんとなくこうなるという予感がしていたのだという。
「貴方を見た瞬間、私は『運命』を感じた。貴方は私にとって、とても大切な存在になると。そして、私も貴方にとって大切な存在になるだろうと」
華我子さんはそう言った。
猿木さんが捕まえたアヤカシを全て食べてもらうことも了承してもらい、とりあえず安心した。だけど、まだあと一つ頼みたいことがあった。
僕は華我子さんに三つ目の頼みごとをした。
「華我子さん。貴方が憑いている少女を解放してください。そして、少女を解放した後は僕に憑いてください」
華我子さんが少女から僕に憑けば皆にメリットがある。華我子さんは僕に寄って来るアヤカシを一番近くで食べることができるし、僕も助かる。そして、少女は解放され自由になる。
「それは、できない」
だけど、華我子さんの答えは否だった。
「……どうして、ですか?」
僕は震える声で尋ねた。華我子さんが少女から離れてくれないのなら、僕は華我子さんと協力関係を結ぶことはできない。
でも、華我子さんから返ってきた言葉は意外なものだった。
「私は、『この娘』から離れることが出来ない」
「離れることが……出来ない?」
どういうことなのかと僕はさらに尋ねた。すると華我子さんは今憑いている少女のことを教えてくれた。
住んでいた山を『紅い蠍』に追い出された『白い大蛇』は、人間が多く住む都会にやって来た。
人間が多く住む都会にも山にいる程ではないが、アヤカシはいる。『白い大蛇』は都会に住むアヤカシを食べて暮らすことにした。
ところが、都会に住むアヤカシを捕食していたら、人間に危険視されるようになった。
「ある時期から、私を監視する人間が現れだした。直接襲ってくることはなかったが、時間とともに私を監視する人間は増えていった。このままでは、いつ襲撃されるか分からない。私は何処かに身を潜めることにした」
襲ってくる人間なんて『白い大蛇』の力で蹴散らせばいいと思うかもしれない。
でも、『白い大蛇』は人間と争うことをせずに、隠れることを選んだ。
自分の力を過信せず、人間に対して対処を行ったのだ。『紅い蠍』との戦いに負けたから、慎重になっていたのかもとも思ったが、前に華我子さんは自分のことを「臆病で神経質」と言っていた。やはり、あれは本当のことなのかもしれない。
身を隠せる場所を探していたある日、『白い大蛇』は死に掛けている少女に出会った。
少女は家庭に問題があり、悩んでいた。彼女の苦しみを理解してくれる人間は誰もおらず、精神的に追い詰められた彼女はついに自殺を決行してしまう。自ら道路に飛び出したのだ。
だけど、少女は死ねなかった。
瀕死の重傷を負ったが、死ぬことができず道路に倒れた。
凄まじい苦しみと痛み。彼女は初めて知った。死ぬことがこんなにも怖いことだと……。
「助けて……」と少女は声を振り絞った。しかし、その声は届かなかった。
少女が道路に身を投げ出したのは深夜だったため、周囲に人はおらず、少女を轢いた車はそのまま逃走していた。
少女の命が尽きようとしていた時、『白い大蛇』が少女の前に現れた。
少女はアヤカシが視える人間ではなかったが、死に直面したことがきっかけでアヤカシが視えるようになった。
彼女は偶然自分の前に現れた『白い大蛇』を悪魔だと勘違いし、願った。
『何でもします。私にできることは何でもします。私があげられるものは何でもあげます。だから……私を助けてください!』と。
その時、『白い大蛇』はまだ人間の言葉を理解することができなかった。しかし、少女の状況と態度から自分に助けを求めていることは理解できた。
死に掛けている少女を見て、『白い大蛇』は思った。この娘に憑けば人間達から隠れられるのではないか?と。この娘の中に隠れ、目立たなければ他の人間の目を胡麻化すことができる。幸いなことに今、人間の監視の目はない。
考えた末、『白い大蛇』は少女の願いを叶え、彼女の命を救うことにした。
ただし、自分の願いも叶えてもらうが。
こうして、『白い大蛇』は少女に憑いた。
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