第20話 鎮守の沼にも蛇は棲む⑤


 僕は橋田刑事ともう一人の刑事を家の中に招き入れ、詳しい話を聞いた。

 第一発見者は伊那後先生の担当編集者だそうだ。

何度メッセージを送っても既読にならず、電話も繋がらないことを不審に思った伊那後先生の担当編集者は、彼の自宅に向かい、そこで亡くなっている伊那後先生を発見したとのことだ。

 伊那後先生の体には根津博義や灰塚さんと同じく、凄まじい力で締め付けられた跡があった。

死亡推定時刻から、伊那後先生が亡くなったのは昨日の夜とのことだ。

伊那後先生は多くの蛇を飼っていたので、念のため蛇も調べたが、伊那後先生の飼っていた蛇は小型や中型のものばかりで、人を絞め殺すことは不可能だった。

 その後の聞き込みの結果、僕と伊那後先生が話していたと喫茶店の従業員が証言したため、僕に話を聞くため、橋田刑事はやって来たのだという。

「……」

「米田さん、米田さん。大丈夫ですか?」

「あっ……はい」

「質問してもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ」

「伊那後さんが亡くなった死亡推定時刻、米田さんはどこにいましたか?」

「アリバイの確認ですか?」

「形式的な質問です」

「その時間は友人と一緒にいました」

「友人?」

「猿木という人です。連絡先は……」

 僕が猿木さんの連絡先を教えると、橋田刑事は、それをメモに取った。

 事件当時のアリバイを聞くということは、警察はこれを殺人事件と考えているのだろうか?幸い、僕のアリバイは猿木さんが証言してくれるだろう。

 と、思っていたが

「他にアリバイを証明できる方はいらっしゃいますか?」

「他に……ですか?いえ、特には」

「そうですか」

 橋田刑事はサラサラとメモを取る。ふと、もう一人の刑事から視線を感じた。その刑事は鋭い目つきで僕を見ている。自己紹介の時、山下と名乗っていた。

アリバイを証言したのに疑われているのだろうか?

 そこで僕は思い出した。確か親族や恋人、仲の良い友人の証言はあまり参考にされないと聞いたことがある。犯人を庇って嘘をついているかもしれないからだ。

 ということは、まだ僕の疑いは晴れていないことになる。

「喫茶店では、どのような話を?」

「パーティー会場でのことについて、お礼を言われました」

「ああ、そういえば米田先生はあの時、伊那後さんを庇ったのでしたね」

「はい、その時の礼をまだしていなかったので、お礼をさせてほしいと、高級なお菓子を頂きました」

「そのお菓子はまだあります?」

「はい」

 戸棚から、伊那後先生に頂いたお菓子が入った箱を取り出す。高級なお菓子のため、なんとなく手を付けにくく、未開封のままだ。

 橋田刑事は、未開封の箱を見ながら「なるほど」と呟いた。

「ところで米田さん」

「はい」

「今回の事件についてどう思いますか?」

「どう、というと?」

「失礼しました。いえ、先生は小説家ですので何か思いつかないかと」

「いや、そう言われましても。特に何も……」

 僕はとぼけることにした。アヤカシのことを言ったところで視えていなければ信じてもらえるはずがない。

「実はね。米田さん。ここだけの話なんですが……」

「はい」

「私はこの事件、殺人ではないかと思っているんですよ」

「殺人……ですか?」

「はい」

 橋田刑事の顔は前に会った時よりも明らかに痩せており、目の下には隈ができていた。

 根津や灰塚さんの事件も解決していないのに、また同じような事件が起きた。きっと、捜査続きで、もう何日も寝ていないのだろう。

「米田さん。今回の事件の被害者には、同じ死に方をしているという以外にも共通点があります。何か分かりますか?」

「あのパーティー会場に居たこと……ですか?」

「それも、ありますがもう一つあります」

「なんですか?」

「貴方ですよ。米田さん」

 橋田刑事の鋭い眼光が僕を射抜いた。

「亡くなった三人は何らかの形で貴方と関わっているんです」

 パーティー会場を襲った根津は、僕を刺そうとした。灰塚さんは僕の担当編集者。そして、伊那後さんは亡くなる前、僕と食事をしている。

「これは、偶然でしょうか?」

「何が言いたいんですか?」

 僕もまっすぐ橋田刑事を見る。すると橋田刑事の隣にいたもう一人の刑事、山下が口を開いた。

「あんたが殺したんじゃないんですか?」

 僕は視線を橋田刑事から山下に移した。

「僕が……殺した?」

 あまりに唐突な発言に声が裏返った。

「馬鹿なことを言わないでください。どうして僕が三人を殺すんですか?」

「根津はあんたを殺そうとした。それを恨んだあんたは、その復讐のために根津を殺した」

「……他の二人は?」

「なんらかのトラブルがあったのかもしれない。金銭トラブルとか作品のことについてとか」

「……ハァ?」

 なんだ、こいつ。調べもしてないのにこんなことを言っているのか?

「僕が犯人だという証拠でもあるんですか?」

「それは……まだないが……」

「貴方は証拠もないのに人を犯人扱いするんですか?もっとちゃんと調べてから言ってください!」

「調べたさ!亡くなった人達はあんたと何かしらの接点があるんだ!」

「だからって、それで人のことを犯人扱いするなんて失礼にも程があるだろ!それでも警察か!ちゃんと仕事しろよ!」

「こっちだって大変なんだよ!訳の分からん死に方をした人間が短期間で三人も出たんだぞ?事故か病気か他殺かすら分からない。数年前、病院で起きた似たような事件もまだ解決してないのに……」

「数年前?」

 僕が眉根を上げると、橋田刑事が「まぁまぁ」と間に入ってきた

「すみません。うちの山下が迷惑を掛けました。後で私から言っておきますので」

「橋田さん。でも……」

 ギロリと鋭い目で橋田は山下を睨んだ。山下は項を垂れ、口を閉じた。橋田刑事のほうが山下よりも立場が上らしい。

「今日の所はここまでにします。失礼なことを言って申し訳ありませんでした。では……」

「待ってください!」

 僕は帰ろうとする橋田刑事を引き留めた。

「数年前にも、似たようなことがあったんですか?」

「申し訳ありませんが、捜査に関することはお教えできません。うちの山下が言ったことは全て忘れてください。では……」

 そう言い残して、橋田刑事は山下を連れて帰っていった。

 

 橋田刑事と山下が帰った後、張りつめていた緊張の糸がプツリと切れた。

 全身の力が抜け、一人首を垂れる。

「伊那後先生まで」

 ごめんなさい。もっと……もっと早く僕が動けていたら……胸の中に後悔の念が渦巻く。

 まだまだ書きたいことがあっただろう。まだまだやりたいことがあっただろう。まだまだ生きていたかっただろう。

 なのに、彼はもう何もすることはできないのだ。

『米田先生。俺、頑張ります!』

 伊那後先生の笑顔が脳裏に蘇る。自然に目からポタポタと涙が零れてきた。

「待っていて。灰塚さん、伊那後先生。敵は必ず僕が取るから」

 橋田刑事はこの事件を殺人だと言っていた。だけど、それは間違いだ。

今回の事件はアヤカシである『白い大蛇』が起こしたものであり、殺人ではない。

彼ら警察では事件を解決できない。

「僕がやるしかない!」

 一晩中泣いた後、暗い部屋の中で僕は誓った。

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