第19話 鎮守の沼にも蛇は棲む⑤
翌日、猿木さんの元に例のアヤカシが返ってきた。
そのアヤカシは小瓶に入っていた。一見すると青色の紐にしか見えない。猿木さんは小瓶から紐状のアヤカシを取り出すと、僕の手首に巻いた。
「前にも言ったが、このアヤカシが確実に反応するのは三メートル以内だ。だから、できるだけ三メートル以内に近づいてくれ。そして、最低でも十五分以上、対象者の近くにいてくれ」
「うん、分かった」
「そして、もう一つ。このアヤカシは人に憑いているアヤカシにも反応できるが、何のアヤカシが憑いているかまでは分からない」
「このアヤカシが反応したとしても、相手に憑いているアヤカシが本当に『白い大蛇』かどうかは分からないってことだね?」
「そうだ」
「つまり、三人全員調べる必要があるってことか」
一人だけ調べてもその人間に憑いているのが『白い大蛇』とは限らない。他の二人も調べて反応がなかった時に初めて、その人間に憑いているのが『白い大蛇』だと確定するのだ。
「万が一、二人以上に反応したらどうするの?」
二人に反応した場合、その人間のどちらかに『白い大蛇』が憑いていることになる。
これなら二人に絞り込めるのでまだいいけど、問題は三人全員に反応した場合だ。
可能性は非常に低いけど、三人全員に何らかのアヤカシが憑いていて、反応することだってありえる。その場合は三人の中の誰に『白い大蛇』が憑いているのか絞り込むことすらできない。
「その時は、その時だ。また別の方法を考えよう。まずはできることからやるべきだ」
「それもそうだね」
まずは、この紐状のアヤカシを使って調べるのが先だ。何か問題が起きたらその時考えればいい。
「あと、このアヤカシ、ずっと手首に巻いていても大丈夫なの?」
「こいつは人から発せられるエネルギーを餌にするタイプのアヤカシだ。自分の身に危険が及ばない限り、お前からエネルギーを吸い取るために離れない。だが、安心しろ。こいつはほとんど動かずエネルギーを節約しているため、一日に吸うエネルギーの量は極々少量で十分だ。だから一日中、身に憑けていても日常生活には全く支障はない。それに、この大きさのアヤカシは通常、数日で憑いている人間から離れるが、こいつは自分の身に危険が迫るか、引き離さない限り何か月も憑いている人間から離れない」
「なるほど」
確かに、こうして手首に巻かれていても全く疲労感などは感じない。
「では、次に誰から調べるかだが……」
「うん。そうだね」
灰塚さんが亡くなったため、『白い大蛇』が憑いている可能性のある人物は残り三人。
慎重な話し合いの結果、最初に調べるのは鯰川さんと決まった。早速明日、鯰川さんに接触してみようと思う。
その日の晩。家で明日のことを考えていると家のインターフォンが鳴った。
「はい」
玄関の扉を開けると、そこには二人の人間が立っていた。その内、一人は僕が知っている人だった。
「橋田刑事」
「今晩は、米田さん。少しお話よろしいですか?」
「……どうか、されたんですか?」
嫌な予感がしてドクンと心臓が高鳴った。何故だか知らないが、嫌な予感は大抵の場合、当たる。
橋田刑事は静かな口調で僕に尋ねた。
「米田さん。伊那後秋吉さんという方をご存じですね?」
「はい、知ってますけど……」
「お亡くなりになりました」
「えっ?」
呆然とする僕に、橋田刑事は淡々とした口調でもう一度言った。
「伊那後秋吉さんがお亡くなりになりました」
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