第17話 鎮守の沼にも蛇は棲む

「父が死んだのは四年前……ちょうどお前と出会う数か月前のことだ」


「父はお前と同じく、とても甘い人間だった」

猿木さんは何とも言えない表情で笑った。

「私の一族は代々、骨董店を営む傍ら、アヤカシを封じ、祓うことを生業にしてきた。父もその力を受け継いでいたが、優しい父はアヤカシを封じたり、祓ったりすることが苦痛だったようで、アヤカシに関連する仕事を嫌っていた。父は私にアヤカシの封じ方や祓い方を教えてくれたが、一族の伝統だから仕方なくというのが本音だっただろう」

 自分の父親を語る猿木さんの目はとても優しい。

「ある日、父は病を患った。現在の医療ではとても治せない病気だ。普通だったら、痛みに耐えながら、ゆっくりと死を待つしかない。だが、幸い父は助かった。何故だと思う?」

「それは……」

 僕は少しの間考え、口を開く。

「もしかして、アヤカシ?」

 僕が答えると猿木さんは「そうだ」と言った。

「当時、父は憑いた者の『病気の進行を止めるアヤカシ』を偶然、捕獲していた。売っていたら、信じられない程の高値で売れていただろうに父はそのアヤカシを売らずに大切に保管していたんだ。何故だか分かるか?」

 二回目の質問。一回目の質問とは違い、こちらの答えは簡単に分かった。

「お父さんは家族のためにそのアヤカシを売らなかったんだね」

猿木さんのお父さんが、そのアヤカシを売らなかった理由。そんなのは家族のために決まっている。

 僕が即答すると猿木さんは「クックッ」と笑った。

「そうだ。私や母が万が一治せない病気になった時、そのアヤカシを使うつもりだったようだ。まったく甘い父らしいよ。それにしても即答するとは……甘い人間は考え方も似るものなのか?」

「さぁ……どうだろうね」

 僕も猿木さんと同じように笑った。 

「まぁ、結果的に『病気の進行を止めるアヤカシ』を売らなかったおかげで父は助かった。父は母か私が病気になった時にこのアヤカシを使うつもりだったのにと、大層残念がっていたけどな」

 そのアヤカシは憑いた人間の病気の進行を止める代わりに、一日に一度、憑いた人間の血を吸う。でも吸う量は蚊が吸う程度の量だけだったので、猿木さんのお父さんの体には全く影響はなかったそうだ。

「父の病気の進行は止まり、寿命が来るまで長生きできる。これで、めでたしめでたしとなるはずだった。だが……そうはならなかった」

 もしかして、と僕は思った。

「『白い大蛇』が猿木さんのお父さんに憑いていた『病気の進行を止めるアヤカシ』を食べたの?」

「……ああ、その通りだ」

 猿木さんは深く、とても深く頷いた。


 初めて猿木さんが『白い大蛇』について話してくれた時、こんなことを言っていた。

『ある人間は重い病気を患っていたが、病気の進行を止めるアヤカシが憑いたことによって命を繋いでいた。しかし『白い大蛇』がそのアヤカシを捕食したことで、止まっていた病気の進行が再び始まり、最終的にその人間は死んでしまった』と。

 あの話は猿木さんのお父さんのことだったのだ。

「『病気の進行を止めるアヤカシ』を『白い大蛇』が捕食したことによって、止まっていた父の病状は急速に悪化した。父は日に日にやつれていき、医者も、もう手の施しようがないと諦めていた。だが……私は諦められなかった」

 猿木さんは自分の唇を強く噛んだ。唇から血がタラリと流れ落ちる。

「私は『病気の進行を止めるアヤカシ』をもう一度探した。だが、どこを探しても見付けることはできなかった。当然だ。『病気の進行を止めるアヤカシ』を父が見付けたこと自体が奇跡なのだからな。見付けられるはずなどなかった」

 猿木さん曰く、そのアヤカシを見付けられる確率は三億円の宝くじに当たるよりも難しいとのことだ。

「そうしている内に父は病院のベッドから立ち上がることすらできなくなった。そして……父はそのまま病院のベッドの上で死んだよ。最後は……とても苦しんでな」

「……」

 そうか、それで猿木さんは『白い大蛇』を恨んでいるのか。

僕の脳裏に灰塚さんの顔が浮かんだ。『白い大蛇』に復讐したいという猿木さんの気持ちはとてもよく分かる。

「私は仕事をする傍らずっと『白い大蛇』を探していた。そして、やっと見付けた。父が死ぬ原因となった『白い大蛇』を私は決して許すことはできない」

「『白い大蛇』を捕まえたらどうするの?」

「私の力では『白い大蛇』を殺すことはできない。だが、封印することはできるかもしれない。封印して二度と人間の前に現れないようにしてやるのさ」

 猿木さんの瞳は復讐と言う名の炎でメラメラと燃え上がっていた。


 猿木さんの過去を聞いた僕は、改めて『白い大蛇』を捕獲することを決意した。

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