致命的衝動の目覚め

多難テイスト

致命的衝動の目覚め

 そのそらは、全天に及ぶ星々で着飾って、絶え間なく続く天体の運行を現わしていた。

 森羅万象を走り書きしたように駆け抜ける残光の群れは、ダストトレイルの尾を引く流星定常群。

 それらが放つ100万分の1ルクスの輝きが、今まさにスペース・ジャンクと化した宇宙船の全容を見せしめにした。

 推力を失ってコンマ秒の時を経て、操舵手が最後に選んだ宙域は、他の宙域がそうであるように、嘘みたいに何もなかったが、ただ一つだけ必要不可欠な要素が存在してくれていた。


「回収してくれ」


 静寂が声を上げた。

 と言うのも彼は、喋る事をしないのだ。

 それからは、宙域に漂う素粒子を更に縮小し、もはや概念化してから極小という言葉を付け加えたような宇宙塵スペース・デブリを回収して、船内中心に添えられた水晶クォーツ超過振動のエナジーバルクへと注ぎ込み、後は計算した。

 この計算と言うのが、所謂、数字を使ったものではなくて、彼が、または彼らが扱う独自の言語下で執り行われる勘定である事は、言うまでもないし、言える事は無い。

 また、彼が宇宙船の起動に必要なをピンポイントに拾い上げられたという事は、全く以て奇跡的な出来事で、確率論が宇宙の前では、寒々しい戯言でしかない事の証明だった。

 宇宙船が動き出す。

 船内にデタラメと言える機械音が響き渡って、軌道が回復する。

 熱々の鉄板に水をかけたかのように、鳴り響くビープ音やどこかの誰かの、またはいつかの異星言語による電子メッセージが徐々に収束してゆき。

 そして最後に入電した。


『解決の算段は? それと何故、言語中枢にアクセスした?』


 彼は、一つ目の質問にだけ答えを返した。


「見つけた……かもしれない」


『かもしれない、とは、どういう事だ?』

 

 疑問は当然だ。

 彼らの様な高次元の生命体にとって、曖昧性と不合理とは、未曽有の存在だった。

 よって、曖昧さとは、に近い。


『重合自意識への接続を再開する』


「いや、少し待ってくれ!」


 情動だった。それもまた、にとって初めての概念だ。


『少し待ってくれ、とはなんだ?』


 今までの彼、彼らの中に、″待て″なんて言葉は無いし、ある必要もなかった。

 無いものが生まれていく。彼らの知るべきでない、知っているならば恐れるべき曖昧性が表現されていく。

 事の発端は入電が入る、5秒前に遡る。

 彼は、水晶片回収の過程で、宙域の環境スキャンを行っていた。

 地球。かつて数多の炭素生物があまねく星があった事を知る。

 そこには、冗談だとか感情的といった言葉があって、誰しもが誰しもに左右されていた。

 そして現在。

 入電が入ってから10秒で、通信システムをシャットアウトして、彼はこれまた突拍子もない行動にでた。

 次元事象想定プロトコルを起動して、地球文明を、今度は正確に再現したのだ。

 彼を、自分自身を救った水晶片の出所が気になったのだ。

 水晶片の起源は、21世紀に存命していた一人の少女が、親から受け継いだクォーツ時計に由来していた。

 

「見せてくれ」


 生まれてから三度目の発声素子を使ったコミュニケートに、もちろん返される言葉などなかった。


                   ★


 日本人とは、二度の大戦を経験しながらに、自らの名から土地。

 そして自尊心を失わなかった、類まれなる種族だ。

 その強さの根底には、他者へのリスペクトがある。

 蜜葉琴、若干13歳は、そんな答えを出した。

 この結論に至ったのは、インターネット普及によるグローバリズムの本格化が起因となっている。

 または、彼女自身が、氾濫する情報網を咀嚼する才能を持っていたことが一番の理由ともいえる。

 この瞬間の彼女について彼……いや、地球文明に即して名づけるならば宇宙人が質問をしてみた。

 

『我々に似ている。我々は、個々人の自我を一つとすることで、全思考を尊重し、共有し合っている。君らとの違いは、伝達の齟齬そごがなく、全認識が一致しているために、差別がない……争いなど知らない』

 

 それを裏っ返せば、睨む、とでも書いてありそうな表情で、13歳の少女が返答した。


「尊敬は、他人にしか向けられないよ。アナタの言う共有っていうのは、尊敬とは違うし、甘くないホイップクリームみたい」


 ちなみに、宇宙人は、地球上にある宇宙人らしい様相を以て、少女の眼前へとタネも仕掛けもなく出現して質問したわけだが、彼女は違和感など抱かなかった。

 ここは再現された過去であり、データ上の想定によってなりたっているため、融通が利く。

 彼女の持つ違和感の沸点は、宇宙人を受け入れられる程に下がっていた。

 感覚としては、眼鏡をかけていた友人がコンタクトに変えた、くらいの気づきか、もしくは右利きだと思い込んでいた友人が、実は左利きだったくらいの違和感だ。

 

 彼女は、1999年に地方都市で生を受けた。

 自営業の居酒屋を切り盛りする両親の下で、日本に住む多くの子供達が当たり前だと錯覚している、ごく一般的な愛情を注がれて育った。

 小学校低学年の時に、とあるロックバンドの持つに関心を持った。

 生き絶え絶えに、ライブ会場を駆け巡り、吠える様にスクリームするその姿に幼き少女は、唯一無二の本気を見出した。

 これより、彼女の生きる指標として、潜在的に〝本気になる事″が根付いたのだ。

 ちなみに、小学校入学より、高学年に上がり、女性としての羞恥心が確立されるまでの期間を半袖短パンで過ごしたというエピソードは、今でも彼女を担当した教職員の記憶に残っている。

 過去を引き寄せ、宇宙人が当時の蜜葉琴に問うた。


『ロックバンドの衝動性に本気を見出した、という事だが。衝動性は、中身もなければ、知能低下が著しい状況下で発生する所謂、発作だ』


「本気ってのは、衝動的なんだ」


 慣れない敬語を使うような、拙い口調から出た言葉は、ロックバンドのヴォーカリストの引用だった。

 

『仮初でない君の言葉は? 検索してくれ。答えを持つ彼女を』


 宇宙人の脳裏に、船内にある事象想定プロトコルが荒々しく駆動しているイメージが浮かび上がり、地球の自転が加速した。

 未来が来る。

 高校1年生の夏。父親から誕生日プレゼントとしてクォーツ時計を貰う。

 以来、彼女が絶命するまで片時も離す事は無かった件の時計。

 起源はここにあったが、検索は更に先の未来へと進む。

 地球を知るたびに、宇宙人が忌み嫌う文明観の存在が顕わになっていく。

 SF小説から引用すると「暴力は歴史上最も多くのことに決着をつけてきた」

 言語も違えば、容姿も違い。オーロラを望んだ時の感想さえ分かたれる不合理な絶対的自我のぶつかり合い。

 ネットワークの普及によって、世界を誰しもが見渡せるようになった今でも、何故か人々は反発を望んだ。

 好きなアイドルグループ、好きな映画、小説、政治に宗教。

 それらを尊重し合える閉鎖されたSNSの空間内でコミュニケーションを繰り返し、特定の思考に人生を侵される。

 未来を見据えるには、遠くを見渡す必要があると言うのに、術はあるのにそれをしないし、それができないと思い込んでいる。

 そして、2020年の夏。日本、そして世界が流動的な不合理にいつも通り巻き込まれている最中に、蜜葉琴は本気を探し出した。 


「辛ければやめれば良い」という成功者のうわ言を跳ね除け、「昔は良かった」という年上の戯言に痰をひっかけて、大腕を振って彼女は、人間の持つ本質……衝動性を見出した。


 転機には、悲劇など必要ない。神の掌返しのような強運も必要ない。

 二十歳を超えたころ、何の気なしに見始めたディスカバリーチャンネルで、自然保護官として活躍する外国人に、心を奪われた。

 それからは、事あるごとにスマホを傾ける日々が続いた。

 大学への通学道中。彼女は宇宙人を目の前にしていた。

 

「久しぶり……凄く昔にあったよね?」


 現実とはえらく異なって、融通の利く違和感を以て、彼女は問いかけた。


「えっと、答えが出たよ。本気ってのは、絶対的自我が持つ発作みたいなものなんだ。だからアナタの言う通り。人間は、それぞれの人生を積み上げて、発作の瞬間を待っているんだと思う」


 それから一週間後。彼女は、車に引かれて絶命した。

 人々は、生を受ける前から、運と呼ばれる目に見えない計画に踊らされている。

 ハンドルを切る角度や眠気覚ましに目をこする僅かなタイミングのずれで、蜜葉琴が絶命したことがれっきとした証明だ。

 

 地球の過去が消え去り、宇宙人が船内を視界に捉えた。

 

『コンマ5秒も、重合自意識に接続していないぞ。エラーがある』


 入電に続いて、甲高い警告音が鳴り響き、船内が真っ赤に点灯した。

 

『修正しろ』


「必要ない」


 即答。

 ここで気づく。自分が一喜一憂している事に、船内で膨れ上がる警告信号を煩わしいと思い、冷徹なに怒りさえ覚えている。

 返答から数旬。宇宙人の思考回路に出力された動作に対して、彼自身が一番驚いた。

 いや、驚く間もなかった。

 彼の右手は、それ程の無意識化で、時空間転移システムの起動スイッチに伸びていたからだ。

 あとは機械が、それこそ機械的に与えられた機能を果たすだけだった。

 視点は巡り、彼女のものとなる。


         ★


 スマホ画面に絶滅危惧種目録レッドリストがある。

 三万匹に及ぶ見聞きしたことのない動物達の名前がズッシリと、私の危機感の無さに、もう100回は後悔しているし、後悔するたびに決意が増した。

 ものは試しなんだ。今までに一度だってあてになったことのない直感ってやつに、時間を割いてやる事にした。

 信号の音響装置が、いつレッドリストに入っても可笑しくないような人間様達に、進めと命令してくれた。

 反射的に歩が進む。


「ながらスマホは、危ないよ」


 そんな一言で私は立ち止まった。

 振り返ってみても、誰もいやしない。

 変りとばかりに、凄まじい加速度で以て、軽自動車が私の襟足を吹き飛ばしていった。

 

「あぶな」


 一息、歩き出す。

 きっと、恐らく、正しいと信じた私の道を。

 

 


 




 

 



 





 


 



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