それでも魔女は毒を飲む
空薇
死にたがりと永遠を求める魔女
ただ、生きていたいだけだった。
緩やかに滅びと再生を繰り返す世界を眺めながら、この閉ざされた魔女の郷で生きていたいだけだった。
いくら魔女と言ったって、死は怖いものです。
私たちの『不死』は、恐ろしく歪なものなのですから——。
魔女。魔法が使える女性。
私は、生まれた時からそうあり続けた。
郷に若い女性しかいないことも、自分の成長が18歳ほどでピタリと止まってしまったことにも違和感を覚えず、ただただ魔女であり続けた。
この世に生を受けてから100年ほど経った頃、郷と魔女の秘密を教えてもらったが、私はそれでも不死の魔女であることを望んだ。
「ミシェラ、おはよう! 今日こそ僕を殺してくれないかい?」
それを、何度言ってもわからない馬鹿が、今日も目を覚ます。
「お断りします。どうしても死にたいというのなら私以外の魔女に頼んでくださいな」
朝っぱらから戯けたことを言うこの青年、ラズは、どこかの国の王太子、らしい。
数日前、瀕死の状態で森に転がっているところを見かけてしまい、しょうがなく助けた、まではよかったのだが、目が覚めてからはずっとこの調子で、あの時の労力を返してくれ、と言いたくなる。
「本来なら貴方はこの郷にいてはいけない存在です。傷が癒えたのならとっとと自分の国へお帰りくださいませ」
「嫌だよ。そうしたらもう君には会えなくなるんだろう?」
「えぇ、森には目眩しの魔法をかけてありますか、ら!」
そう会話をしながら私はラズを部屋の外へ吹き飛ばし、素早く家の扉を閉めた。
彼の傷が完全に癒えたのは知っていた。知っていたのにずるずる泊めていたから、こんなことになってしまった。
だから今日は、今日こそは力づくにでも彼を追い出す。
その決意を込めながら、ほんのすこしだけ震えた声で扉の向こうの彼に言葉を紡ぐ。
「もう、この家には入れませんから。死にたいなら死にたいで、勝手に死んでください」
魔法で固く閉ざした扉に背を預けながら返答を待っていると、目を覚ましてからしつこく「殺してくれ」と半ば冗談のように言い続けた彼らしくない声音で返事が返ってくる。
「ミシェラ……シェラ、君が簡単に意見を曲げないのはわかったよ。だからさ、一回だけ、シェラの言うことを聞いてあげる。その代わりに、次あったら僕の願いを聞いて。僕を、
「っ……!」
ほんのすこしだけ息が漏れてしまったが、返事はしない。いや、出来なかった。
そんな私を知ってか知らずか、「約束だよ」。ラズはそう呟いて、あんなに食い下がっていたのが嘘のようにあっさりとこの郷を去った。
彼の気配が郷から完全に消え去ったことを確認して、ゆっくり扉を開けると、外にいた郷の魔女たちが私に視線を向けた。
その中で最も仲の良い、郷1番の調合師であるサラが私のそばに来る。
「シェラ、これで、よかったの? あの人には、きっと森は越えられな——」
「いいの!」
サラの言葉を強引に遮って、笑いかける。
「これで、いいの。私は誰も
「シェラ……」
寂しげな表情を浮かべるサラに、私は明るく振る舞う。
「サラはしっかり恋してね! サラは綺麗なんだもん、きっと素敵な人に出会えるよ!」
「……うん」
どちらから、というわけでもなくサラと額を合わせて、最初で最後の涙を一筋だけ流す。
「お騒がせしてごめんなさい! 数日お仕事も休んじゃったし、今日からはしっかり働きますね!」
郷の皆に大きな声でそう言って、私は薬草畑へと向かった。
日常を取り戻すために。
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