第92話

 


 


 


なんとも気まずい雰囲気が流れる中でオレたちはグラスを片手に持って乾杯をする。


そして息が詰まる空気の中で、それぞれがグラスに入った梅酒を一口飲む。もちろん、オレは未成年なので飲むふりだけだ。


この中にいる人は誰もお祖父様には逆らえないのだ。だから、お祖父様に従うしかない。


いや、父さんはにこにこ笑っているけれども。


「さて、美琴と高梨くん。結婚をする意思はないとみてよろしいかね?」


お祖父様は皆がグラスに入った梅酒を一口ずつ飲むのを確認してからグラスをお膳に置いた。そうして、まず美琴姉さんと社長さんに意思確認をおこなった。


その視線は相変わらず強い。


お祖父様に負けずに二人とも力強く結婚の意思はないと頷いている。


「はい。私にはありません。」


「恐れながら、私もこちらにいる女性と結婚を考えておりますので美琴さんとは結婚することはできません。」


社長さんはそう言って、寧々子さんの腰を抱き寄せた。しかし、寧々子さんは嫌そうに身体をもじっている。


もしかして、寧々子さんは社長と結婚することに対しては同意していないのだろうか。まあ、以前の様子をみる限りはどうも同意していない感じだったけれども。


ふいに視線を辺りに巡らせると、寧々子さんの腰に手をまわす社長を古賀さんがジッと見つめていることに気づく。その視線はお祖父様の視線に負けず劣らず鋭いものであった。


もしかして、古賀さんは社長のことが好きなのだろうか。


「そうか。あいわかった。ならこの話はなかったことに。だが、私の会社との提携はしてくれるのかね?」


「それはもちろん。以前かわした内容に相違はありません。」


「そうか、ならよい。親族となってしまえばより良い計画だとは思ったのだが・・・当人が嫌がるのであれば無理強いしても仕方があるまい。我々が提携を反故せず相乗して利益を出せるように精進するしかないの。」


「ええ。そうですね。」


「はい。」


お祖父様の言葉に社長さんと父さんが頷く。


うん。よくわかんないけど、父さんの会社が社長さんの会社と提携して事業を進めていくことになったのだろうか。初耳だ。


「さて、美琴よ。美琴は誰か結婚したい相手がおるのではないかな?」


お祖父様は美琴姉さんに向かって問いかける。その視線は鋭いものだった。


思わずぶるりっと身体が震える。


正直に言ってしまったらどうなるのだろうか。


義理の姉弟であるオレたちはお祖父様に許してもらえるのだろうか。ドキドキとした心境で美琴姉さんを見守る。


「・・・ええ。おります。」


美琴姉さんはたっぷり数秒考えて低い声を出してお祖父様の問いに答える。


その声は何かを決意したような声であった。


「そうかそうか。美琴も結婚を視野にいれる相手がおるのだな。良いことだ。」


お祖父様は美琴姉さんの意思の籠った返答を聞いて、怒ることなくにこやかな笑みを浮かべる。


どうやら美琴姉さんの返答に満足したらしい。


それから、お祖父様は美琴姉さんに相手のことを尋ねるわけでもなく、オレに視線をよこした。


「して、優斗くんはおるのか?結婚したいほど好きな相手が。なんとしてでも守りたい相手がいるのかね?」


お祖父様は相手を射抜くような視線でオレに問いかける。


オレはその視線を受けて、思わず背筋をピンッと伸ばした。


もしかして、お祖父様はオレと美琴姉さんの関係に気づいているのだろうか。


そう思って父さんの方をすがる思いで見るとにこにこと笑っている父さんと目があった。


この人は全く動じていない。ということは、すでにお祖父様は全てを知っているのかもしれない。


知っていてこのようなことを問いかけているような気がしてきた。


「・・・はい。います。」


嘘をついてはいけない。お祖父様に嘘をついたっていいことなど一つもない。


そう感じたオレは、お祖父様から視線を逸らさずに胸を張ってそう答えた。


「ほぉ。」


お祖父様は目を細めた。


「相手はどのような女性だね?」


お祖父様の問いかける言葉にドキッと胸がなる。


美琴姉さんの時は相手のことなど尋ねなかったのに。


お祖父様の威圧感に負けそうになる。


でも、嘘はつけない。嘘をついていい相手ではない。


だって、将来美琴姉さんと結婚するのであればお祖父様には必ず報告をしてお許しを貰わなければならないのだから。その時期が早まっただけ。


そう、時期が早まっただけなのだ。


遅かれ早かれこのようなことにはなるのだ。


もし、お祖父様に許されなかった場合は、美琴姉さんと一緒に家を出よう。美琴姉さんが同意してくれたら、だけど。オレには美琴姉さんが必要なんだ。


そして、オレはオレの手で美琴姉さんを幸せにしたいと思っている。他の誰でもないオレの手で美琴姉さんを幸せにしたい。


「・・・オレは、職を得て相手の女性を養っていけるようになったら美琴姉さんと結婚したいと思っております。」


オレはお祖父様の目をしっかりと見つめてそう宣言した。


隣にいる美琴姉さんがハッと息を飲む音が聞こえた。


そして、その場には静寂が広がっていく。


何秒だろうか。


何分だろうか。


とても長い時間が過ぎたように感じる。


オレが言葉を発してからどれくらい経っただろうか。


お祖父様の口が何か言おうと開いた。


 


 


 


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