第88話
菊花亭には車を走らせて10分程度で到着した。
まだ時間が早いからか、お店は開いていないようだ。
「菊花亭は10時からになります。」
古賀さんはそう言って車の助手席から降りた。そうして、後ろに回ってくると父さんが座っている方のドアを開けた。
「まだ早かったね。」
「美琴姉さん・・・。」
まだ菊花亭が開いていないということは、美琴姉さんはここにはいないのだろうか。
時刻は9時ちょっと前だ。開店
父さんは古賀さんにサポートされて、車から降りる。
父さんが降りたのでオレも車から降りることにした。
ここにはまだ美琴姉さんは来ていないかもしれない。だけれども、父さんはここで降りたのだ。ここには何かあるのかもしれない。
「父さん・・・。美琴姉さんはここに、いるの?」
オレは車を降りて父さんの横に並んで、父さんに話しかけた。
父さんはオレの方を向いて、にっこりと微笑んだ。
「そうだね。菊花亭にはいないかもしれないね。まだ営業時間になっていないからね。」
「じゃあ。なんで、ここで降りたの?」
「そうだね。美琴ちゃんがここにいるかもしれない、からかな。」
「え・・・。でも、まだ営業時間じゃないんだよね。」
「そうだね。まだ営業時間じゃないね。」
まるで父さんと謎かけをしているようだ。
営業時間でないのならば、客として利用するであろうお祖父様と美琴姉さんが菊花亭にいるはずがないと思うのだが。
「優斗、菊花亭はね。お着物の貸し出しや着付けもやっているんだよ。菊花屋という名前で、同じ敷地内でね。」
なぜ、営業前のお店にお祖父様と美琴姉さんがいるのかと疑問に思っていたが、その疑問にはいつの間にか車から降りてきてオレの横に立っていたマコトが答えてくれた。
「はは。マコトちゃんは物知りだね。」
「ふふっ。当然のことです。知らない人はいませんよ。」
父さんは穏やかに笑いながらマコトに頷いてみせた。マコトは満面の笑みで答える。
「・・・オレ、知らなかったんだけどね。」
「え?優斗知らなかったの?私たちの住んでいる隣町だよ?それに、菊花亭と菊花屋って言ったら江戸時代に創業された老舗の名店だよ。」
「へ、へぇー。知らなかったよ。」
どうやらこの菊花亭はとても有名なお店だったようだ。オレは全く知らなかったけれど。
いつもゲームにしか興味がないマコトが知っているとは驚きだ。
ああ。でも、そう言えばマコト成績優秀だったっけ。物覚えもいいのだろうか。
「優斗くんは美琴ちゃんのことばかりではなく、他のことにも意識を向けるといいかもしれないね。」
「うっ・・・。はい。」
☆☆☆
「さて。もしかすると美琴ちゃんは菊花亭ではなくて、菊花屋の方にいるかもしれないね。菊花屋は菊花亭のすぐ隣にあるから行ってみようか。」
父さんがそう言って、オレを菊花屋の方に連れて行った。
「菊花屋はもう開店しているの?」
菊花亭がまだ開店していないのに、菊花屋はもう開店しているのだろうか。
不思議に思ったオレは、父さんに尋ねた。
「あのね、優斗。お着物の支度は時間がかかるんだよ。それに、菊花屋でお着物に着替えて他の場所に行くこともあるんだ。例えば、結婚式とかね。だから、菊花屋は早朝からやってるんだよ。」
「そうなんだ。マコトは物知りだな。」
「えへへ。」
マコトが意気揚々と答える。
本当にマコトを物知りだ。もしかして、マコトも菊花屋を使ったことがあるのだろうか。
「ああ。お父様の車が止まっているね。」
しばらく歩くとすぐに菊花屋の玄関についた。玄関のすぐ側に黒塗りの高級車が止まっていた。美琴姉さんを乗せていってしまったあの車だ。
「美琴姉さんっっ!!」
オレは美琴姉さんの痕跡を確認して思わず店の中に駆け込もうとする。
それを父さんがぐっと抑える。
って、父さん首根っこ掴まないで。苦しいから。
「ほらほら。優斗くん。慌てない慌てない。せっかくだから美琴ちゃんの着飾った姿でも見ようじゃないか。美琴ちゃんはなで肩だからきっとお着物が似合うと思うよ。それに、美琴ちゃんに一番似合うお着物をお店の人が用意してくれているはずだからね。」
そう言って父さんはにっこりと微笑んだ。
「マコトのお父様!私もお着物が着たいです!」
マコトは美琴姉さんが着物を着せてもらっていると聞いて自分も着物が着たいと言い出した。
って、マコト。もしかして、オレたちについて行きたいって言ったのってもしかして、ここの着物を着ることが目的・・・か?
いや。まさかな。
「ははっ。マコトちゃんも女の子だね。いいよ。いってらっしゃい。ここで優斗くんと待ってるからね。」
「やった!行ってきます!」
父さんはにこやかに笑いながらマコトを送り出した。マコトは許可が下りたことが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべて菊花屋の中に入っていった。
「さて。優斗くん。優斗くんもお着物着てみないかい?成人式の着物は購入するけど、今日はレンタルでどうかな?もちろん優斗くんがお着物を気に入れば購入してもいいんだけどね。」
「え・・・。あ、え?」
どうして、父さんはそんなに穏やかなのだろうか。
オレじゃない他の男と美琴姉さんが婚約させられるかもしれないのに。
でも、着物を着るとなればお店の中に入ることができる。もしかしたら美琴姉さんに会えるかもしれない。
そう思ってオレは父さんに言われるがまま、菊花屋の中に足を踏み入れた。
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