第82話

 


 


 


「さあ、美琴に優斗座ってちょうだい。」


母さんはそう言ってオレたちに席につくように促した。


落ち着いた色合いのダイニングテーブルの上には所狭しと美琴姉さんとオレの好物が並んでいる。


「出来合わせでごめんなさいね。今度のお休みの日には手作りするから許してちょうだい。」


母さんはそう言って料理を指し示した。


ところ狭しと並ぶ料理の数々は今日一日では食べきれないのではないかというほどの量が並んでいる。デパ地下のお惣菜だろうけど、こんなに大量に購入したのでは重かっただろう。


「こんなにたくさん。重かったんじゃないの?」


美琴姉さんも同じことを思ったようで、母さんに確認している。


最近、オレと美琴姉さんの考え方が似てきたような気がする。


「問題ないわ。美琴と優斗から嬉しい話が聞けましたからね。このくらい重くもなんともないわ。」


そう言って母さんはニコッと笑った。その横で父さんが俯いているのが見える。


いったい父さんはどうしたのだろうか。先ほどまでは笑顔だったのに。


「ボク・・・何も用意してなかった・・・。」


父さんはそう言ってテーブルの上に突っ伏す。それを母さんが父さんの首根っこを掴んで止める。


「旦那様。お料理がダメになってしまいますので、突っ伏さないでください。」


「・・・ふぁい。」


首根っこを掴まれたために、首が閉まったのか父さんが情けない声をあげたのを確認して、母さんが父さんから手を放した。父さんはなんとかテーブルに突っ伏さないように踏ん張って姿勢を元に戻した。


「うぅ・・・。休みの日にはサプライズするからね!今日は何も用意してなくてごめんねぇ。」


父さんはそう言って涙を流し始めた。


まったく、この父さんは涙もろいんだから。


「期待しているわ。父さん。」


「オレも期待しているよ。」


「うんっ!期待して待っててね!美琴ちゃんと優斗クンに喜んでもらえるようなサプライズを用意しておくからね!」


オレと美琴姉さんの言葉に、父さんはさっきまで泣いていた表情を一転させて、満面の笑みを浮かべた。本当にこの父さんは単純に出来ているようだ。


父さんの隣で母さんが苦笑しているのが目の端に映った。


「じゃあ、せっかくだから食べよう。」


「そうね。美琴、優斗。いっぱい食べてね。」


「うん。いただきます。」


「いただきます。」


オレたちは息を合わせるように自然に手を合わせて「いただきます。」と合掌した。


オレはまず美琴姉さんが好きなポテトサラダに手を伸ばす。


やっぱり食事の最初はサラダからだよな。


そう思ってポテトサラダをとり、美琴姉さんの取り皿に乗せる。


「え?優斗?」


「美琴姉さん、ポテトサラダ好きでしょ?」


「そ、そうだけど・・・。」


美琴姉さんはそう言って頬を赤くして俯いてしまった。


・・・なぜだろう?喜ぶと思ったのに。


特にポテトサラダは美琴姉さんが大好きな食べ物の一つだし、父さんの目の前の方に置かれていた。美琴姉さんの座っている位置からだと立ち上がらないと取ることができないだろう。だから、取ってあげたんだけど、なにがまずかったのだろうか。


もしかして、今日はポテトサラダを食べたくない気分だったとか?


それだったらオレ、悪いことしちゃったなぁ。


「ごめん。今日はポテトサラダ食べたくない気分だった?」


「ち、違うぅ・・・。一番最初に食べたかった物を優斗がとってくれたから、嬉しくて・・・。」


「あ・・・。そ、そっか。み、美琴姉さん。食べたいものがあったら言って。美琴姉さんが立ち上がらなくてすむように取ってあげるから。」


「あ、ありがとぅ・・・。」


美琴姉さんの顔が真っ赤に染まる。それに伝染するかのようにオレの顔も赤く染まったような気がした。


まさか、美琴姉さんが一番最初に食べたいものを当ててしまったとは思わなかったのだ。まるで、以心伝心ではないか。


「ふふっ。以心伝心ね。」


「そうだねぇ。何も言わなくても相手の言いたいことが伝わるなんて、とても素敵なことだと思うよ。」


「想いあっているのが伝わってきて、私も気恥しくなりそうだわ。」


「ボクもだよ。」


父さんと母さんが、オレたちのことを見て微笑ましいものを見たというように顔を綻ばせている。


なんだか、父さんと母さんの前でオレ、なんてことしちゃったんだろうか。気恥ずかしくなって、思わず顔を俯かせてしまった。


辺りには静寂が訪れ、しばらく和やかな空気があたりを包み込んでいた。


オレは黙々と美味しいお惣菜たちを口に運び、時々美琴姉さんが欲しそうにしているお惣菜を美琴姉さんのお皿に取り分けていった。


 


 


 


「それで?美琴も優斗も結婚したいって言ってたけど本当なのかしら?」


「ほ、本当ですっ。」


「本当だけど。今すぐにじゃない。オレが就職して自分の力で美琴姉さんを養えるようになったら考えています。」


食事が済み、食後のコーヒーを飲んでいると母さんがオレたちに問いかけてきた。


そう言えば、父さんには時期については言っていたけれど、母さんには言っていなかったことを思い出す。


だから、父さんにした説明を母さんにもした。


すると、母さんは目をまあるく見開いた。


「まあ。そうなの?でも、旦那様の親族の手前、結婚前に子供が出来てしまうのはとってもまずいわ。それならば優斗が就職する前に結婚してしまってもいいと思っているの。18歳になったらすぐに結婚なさいな。」


「ぶっ・・・。」


「な、ななな・・・。」


「か、母さんそれは・・・。」


母さんの明け透けな言い方にオレたち三人は思わず吹き出してしまった。父さんはちょうどコーヒーを口に含んだ瞬間だったので、口からコーヒーがこぼれ落ちている。


今から子供の話とか・・・。母さんも父さんと同じことを言うんだから。でも、父さんよりも直球を投げてくるだなんて・・・。


思わず美琴姉さんと顔を見合わせ合って、オレたちは同時に顔を真っ赤に染めた。


「でもね。大切なことよ。特に、旦那様のお父様とお母様は結婚の順番に関してはとても厳しい人よ。それに、あの人たち美琴の結婚相手も勝手に決めようとしていたし・・・。」


「なにそれ、初耳なんだけど・・・。」


美琴姉さんが自分の結婚話に驚いたように顔を上げた。


「うん。美琴が心配すると思って言わなかったわ。でも、安心して。その話は私たちが立ち消えさせたから。」


母さんはオレたちを安心させるように微笑んで言った。その横で父さんが苦笑していたので、きっと母さんは強引な手段を取ったのだろう。


その時のオレたちはまだ誰も知らなかった。


立ち消えたはずの美琴姉さんの結婚話が水面下で静かに進行していることに。


 


 


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