第73話

 


 


寧々子さんは美琴姉さんが何かあったのかと問いかけた瞬間、両目から滝のように涙を流した。そうして、美琴姉さんに向かって勢いよく顔を寄せる。


「聞いてよ。聞いてよ。美琴っち。」


「はいはい。聞いてるから落ち着いて。」


「無理無理っ!落ち着いてなんていられるわけないじゃんっ!!」


美琴姉さんは、暴れそうになる寧々子さんを落ち着かせようとしている。


寧々子さんの手綱を握るのは美琴姉さんでも大変そうだ。


っていうか、寧々子さん声が大きすぎる。


母さんや父さんが起きてきてしまったらどうするんだか。母さん低血圧だから寝起きはめちゃめちゃ機嫌悪いんだよなぁ。まあ、父さんは地震が来ても、緊急地震速報が耳元で大音量で鳴り響いていても起きないから、寧々子さんがいくらここで騒ごうとも起きてこないとは思うけれど。


「ちゃんと聞いてるから。私にわかるように説明してくれるかしら?」


興奮する寧々子さんを美琴姉さんが宥めていると、やっと少し落ち着いたのか立っていた寧々子さんがソファーに深く腰掛けた。


「・・・失恋イベントの所為でユーザーが激減したって。社長に責任とれって言われた。」


「あー・・・うん。」


「そりゃあ、まあ、ねぇ・・・。」


寧々子さんの口からポツリと漏れた言葉にオレと美琴姉さんは反応する。


あの失恋イベントの出来は正直悪すぎた。まるで悪のりで作ったイベントのようだった。


それにイベントをクリアしてもあまり見返りがなかったのも大きい。


特に大量に悪だぬきのぬいぐるみを購入して相手に送った人はほぼ見返りがなかったと言っていいだろう。それほど、あのイベントの問題は簡単すぎた。


いや、まあ。条件があえば簡単って意味だけど。条件次第ではイベントクリアするのは不可能でもあったけど。


ユーザーがあのイベントで減ったというのもわかるような気もする。


オレもキャッティーニャオンラインを止めようかどうか悩んだし。ログインするたびに失恋イベントが起きるんじゃないかとビクビクしてたし。


「なんでー!!あのイベントのおかげで収益は増えたんだよーーーっ!!」


寧々子さんは納得がいかないのかそう叫びだした。


「アコギな商売をするからよ。」


「確かに、自業自得な面もあるかも・・・。」


「うぅ・・・。そんな・・・。」


「寧々子。商売は一時的に儲ければいいものではないわ。長期的に儲けることが重要なの。イベントのクオリティが低くてユーザーの信頼を落としてしまえば、利益はどんどん減っていくわ。私たちはユーザーが楽しめるコンテンツを提供していかなければいけないの。一時的ではダメなのよ。」


美琴姉さんが落ち着いた声で寧々子さんに声をかけている。


美琴姉さんの言う事はもっともだとオレは思った。


だが、寧々子さんはいやいやと首を横に振っている。


頭の良い寧々子さんだったから美琴姉さんが気づいていたことに気づかなかったのはおかしいのだが・・・。これはいったいどういうことなのだろうか。


「でも・・・でも・・・頑張ったのに。私、頑張ったんだよ。寝ないで頑張ったの。」


「寧々子・・・。」


「なのに・・・なのに責任をとれなんて酷いっ。責任をとれだなんて・・・。なんで社長はそんなことを言うのよぉ。」


おいおいおいと寧々子さんはまた泣き出してしまった。


「寧々子・・・。」


「寧々子さん・・・。」


悲しんでいる寧々子さんにオレはかける言葉が見つからなかった。


それに、社長さんが言う責任がどんなものだかわからないし。


その責任をとれっていうのが、ユーザが減った分だけ増加させろっていうのならば、オレも力にはなりたいと思う。


だけど、会社を辞めろとかだったりすると厄介だ。


でも、あの温厚そうな社長さんが寧々子さんに会社を辞めろと言うことはないような気がするのだが・・・。なんとなくだが、あの社長さんはなんだかんだ言いつつ寧々子さんのことを気に入っていたように思えるのだ。


「寧々子・・・あの社長が寧々子に責任を取れっていっても、寧々子を泣かせるような責任の取り方は要求しないはずよ。いったい、社長に何を言われたの?」


オレが思っていた疑問は美琴姉さんも感じていたらしい。あの社長が重い責任を取らせるはずがないと。


美琴姉さんは優しく問いかけるように寧々子さんに確認した。


寧々子さんは泣きじゃくりながらも美琴姉さんの質問に答えた。


「社長ったら、責任とってオレと結婚しろとか言うんだもんっ!!そんなのって酷いっ!!もっとこうロマンチックなシチュエーションで求婚してくれればいいのに、なんで責任とってとかバカなこと言うのよぉ!!!しかも、結婚したらオレが養うから仕事を辞めろとかってどんな酷い仕打ちなのっ!!」


そう叫んで寧々子さんはまた突っ伏して泣き出してしまった。


思い出したらまた悔しくなったのだろう。


それにしても、責任の取り方が結婚して仕事を辞めろとは・・・また、なんとも。


「はあ。社長ったら先走り過ぎたわね。あの人ずっと寧々子のこと狙ってたのよねぇ。だからってこれは早急すぎだわ。まだ付き合っているわけでもないのに・・・。」


美琴姉さんはそう言って悩ましいため息をついた。


「あっ・・・。違う。社長とは付き合ってました。みんなに内緒にして・・・。」


「「付き合ってたのっ!?」」


どうやら社長と寧々子さんが付き合っていたことは美琴姉さんも知らなかったようです。


オレも社長は寧々子さんのことを気に入っていそうだなぁとは思ってたけど、まさか既に付き合っているとは思わなかった。


「でも、社長とは結婚したくないというか・・・。結婚するなら優斗クンの方がいいというか・・・。」


そう言って寧々子さんは頬をポッと赤らめた。


「はあっ!?」


「ええっ!?」


寧々子さん。なんで、そんな爆弾発言をオレたちの目の前でするのかな・・・。


 


 


 


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