第72話

 


 


 


「美琴っちいるー?優斗クンもいるー?」


チュンチュンというスズメの囀りではなく、ドンドンドンッと玄関のドアを叩く音とオレを呼ぶ甲高い女性の声でオレは早朝に目が覚めた。


いつもだったら窓の外に来るスズメの囀りで目が覚めるのに・・・。


まだ眠い目を擦り、スマホで時間を確認する。


「・・・まだ6時にもなってないし。」


時間は5時50分を指し示していた。


こんな時間に起こしに来るなんて誰だろうか。それも、玄関のチャイムを鳴らすわけではなく、大声とドアを叩く音で起こすなんて。近所迷惑もいいところだ。


オレは部屋着のまま部屋を出ると、裸足のまま玄関に向かう。


その間もドアを叩く音と、オレの名前を呼ぶ声は続いている。どうして、素直にインターホンを鳴らさないのだろうか。


「どちらさまですかー。」


玄関に着くと、ドア越しに声をかける。寝起きのため、声が掠れてしまう。


「優斗クンっ!よかったいたっ!!早く開けてよ!!」


嬉しそうに女性が声をあげるが、名乗らないので不審に思いドアは開けずにドアスコープから外を確認する。


「ぎゃっ!!」


ドアスコープから見えたものにオレは驚いて思わず悲鳴をあげてしまった。


ドアスコープから見えたもの、それは目玉だったのだから。外にいる相手もドアスコープから中を見ようとしていたらしい。


「優斗ッ!どうしたの!!」


オレの悲鳴に驚いて美琴姉さんが駆けつけてきた。


「み、美琴姉さん・・・。あぅ・・・そとに、そとにだれかが・・・。」


思わず恐怖で口が上手く動かない。そのためたどたどしい口調になってしまう。


「うん。知っているわ。無視していいと思うわよ。」


「で、でも・・・近所迷惑になるから。」


「じゃあ、警察でも呼ぼうかしら。こんな早朝から人の家の前で大騒ぎしているのだもの。警察を呼ばれたって仕方がないわよ、寧々子。」


「え?寧々子さんっ!?」


「えええっ!?け、けけけけけ警察っ!?なんで美琴っちそんなに冷酷なのぉ~~!!」


美琴姉さんは冷静に外にいる寧々子さんに警察を呼ぶと告げた。というか、なんで美琴姉さんは外にいるのが寧々子さんだなんてわかったのだろうか。


美琴姉さんは外を見てたわけでもないし、美琴姉さんの部屋の窓からでは玄関に誰が立っているのかもわからないのに。


「まったく。いつも言ってるでしょ。早朝から人の家の前で騒がないでって。寧々子ってば私が以前住んでいたマンションにも早朝に突撃してきたのよ。でも、マンションだから住人の許可がないとエントランスから入ってこれないじゃない?だからずっとエントランスでわめいていたわ。」


「ああ・・・。」


寧々子さんらしいというかなんというか。


というか、寧々子さんだったら美琴姉さんの連絡先を知っていただろうに。なんで、美琴姉さんのスマホに連絡を入れなかったのだろうか。


「だ、だってだってだって・・・。美琴っちに連絡しても返事がないから返事が待ちきれなくて・・・。」


「寧々子。時間というものを考えてくれるかしら?寧々子から連絡が来る時間帯は深夜から早朝だわ。その時間は私は寝ているわよ。」


「だから、起こしに来てるんじゃないのぉ。」


「やめようね、寧々子。」


うう。いつにもなく美琴姉さんの笑顔が怖いような気がする。額に青筋が浮いているように見えるのは気のせいだろうか。


寧々子さんも美琴姉さんが怒っているということに気づいたのか、大人しくなった。


玄関の外にいる寧々子さんが大人しくなったところで、美琴姉さんはおもむろに玄関のドアを開け放った。


ガインッッ。


「いったぁ・・・い。」


なんだか、ドアを開け放った瞬間に物凄い音が聞こえてきたんだけど。しかも、寧々子さんのものとも思える悲鳴も聞こえてきたような気がする。


まあ、でも、玄関の前でドアスコープを除いていたらドアが開いたら思いっきりぶつかるよね。もしかして、美琴姉さんそれをわかっててやったのだろうか。


「ご近所迷惑だから早く入りなさい。」


「はぁ~い。」


寧々子さんはドアにぶつけたと思われる額を右手でさすりながら、家の中に入ってきた。


「寧々子、くつ!くつは脱いで!!」


「えええ・・・。」


寧々子さんは玄関で靴を脱ぐことなく、靴のまま上がってこようとしたので美琴姉さんにまた怒られている。っていうか、なんで玄関で靴をぬぐことを嫌がるのだろうか、寧々子さんは。


「・・・ん?ちっさい?」


玄関で靴を脱いで美琴姉さんの後ろをついていく寧々子さんがいつもより小さく見えるような気がするのは気のせいだろうか。美琴姉さんとの身長差が10㎝以上はあるような気がする。


ふと、寧々子さんが脱いだ靴に視線を向ける。


「・・・厚底。」


そこには高さ15㎝はあると思われる厚底の靴があった。


どうやら寧々子さんは身長が低いことがコンプレックスのようだ。


「ひ、低くなんてないもんっ!優斗クンひどいっ!」


オレの独り言を寧々子さんはちゃんと拾ってしまったようで、オレは寧々子さんからお叱りを受けた。っていうか、今日の寧々子さんいつもの傍若無人っぷりが若干だけど身を潜めてないだろうか。


「なんか、あったんですか?寧々子さん。」


いつもと違う寧々子さんのことが気になって思わず尋ねてしまった。寧々子さんは美琴姉さんの後ろについて歩いていたが、オレの問いかけを受けて後ろを振り返ってオレを見た。


「優斗クンのわりには鋭いですね。」


「はいはい。あっちに座って、一応話を聞くから。」


振り返って止まってしまった寧々子さんを美琴姉さんが誘導してリビングのソファーに座らせる。オレは、美琴姉さんが寧々子さんを誘導している間にオレンジジュースをコップに注いだ。そうして、寧々子さんの前にそっと置いた。


早朝とは言え夏真っただ中なので氷も入れている。


寧々子さんは出されたオレンジジュースに口をつけて一気飲みをした。


どうやら外で騒いでいたので、喉が渇いていたようである。


「ぷはっ・・・。ちょっと氷多いんじゃない?薄いよ。」


「そうですか・・・。」


少しは気分が戻ってきたのか軽口をたたく寧々子さんのグラスに、オレはもう一度オレンジジュースを注いだ。今度は氷の追加はなしだ。


「それで、なにがあったのかしら。寧々子。」


美琴姉さんは寧々子さんの向かい側のソファーに座ると寧々子さんにそう問いかけた。


 


 


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