第62話

 


 


 


「美琴姉さん?どうしたの?すごく疲れた顔してるよ。」


「ちょっと出かけてくる。すぐに戻るから。」そう言って家を出て行った美琴姉さんだが、帰宅した美琴姉さんの顔は疲れ切っているように見えた。


いつもはキラキラと輝いている目の輝きがなく、身体もふらついているように見える。


心なしか顔も赤いような気がした。


もしかして、酔っているのだろうか・・・。


「優斗・・・。優斗、優斗、優斗・・・。」


美琴姉さんはオレの顔を見ると、涙を浮かべてこちらににじり寄ってきた。


そうして、ぎゅっと抱きしめられる。


「どうしたの。美琴姉さん?」


オレの胸に顔を埋めている美琴姉さんの頭を優しく撫でさする。


美琴姉さんが安心するように優しく撫でていると、だんだんと美琴姉さんは落ち着いてきたようだ。


「優斗・・・。」


「ん?どうしたの。美琴姉さん。」


「優斗。」


美琴姉さんは、ぐりぐりとオレの胸に顔を押し付けながら、オレの腰に手をまわす。


まるで甘えてくる子猫のようでとても愛らしい。


「寧々子が酷いの。」


「あー。寧々子さんねぇ・・・。」


美琴姉さんはオレの胸に顔を埋めたまま、ポツリと呟いた。


胸にあたる息遣いが少しくすぐったい。


きっと美琴姉さんは寧々子さんが追加した課金アイテムの悪だぬきのぬいぐるみのことを言っているのだろう。


あれは確かにいろんな意味で酷かった。


そのためにオレはキャッティーニャオンラインからログアウトしてしまったのだから。


「あー、でもしばらくログインしなければ落ち着くでしょ。さすがに。」


「・・・ダメ。」


きっとそのうちプレイヤーたちの熱も冷めるだろう。


今は課金アイテムである悪だぬきのぬいぐるみが発売されたばかりだから皆こぞって悪だぬきのぬいぐるみをプレゼントしてくるが、きっとそのうち落ち着いてくるはずだ。


というか、落ち着いてくれないと困る。


そう思って、美琴姉さんに告げたのだけれども、美琴姉さんは力なく首を横に振った。


「キャッティーニャオンラインのプレゼント機能は、プレゼントする相手がログアウトしててもプレゼントできるのよ。次回ログインした時に相手からのプレゼントが一気に渡されてくるの。」


「はあっ!?いや、拒否できないの?それ?」


「・・・できるわ。昨日までだったら。」


「へっ?」


昨日までだったらプレゼントを拒否できた。って、それってもしかして・・・。


「寧々子がプログラムを修正しちゃったのよ。」


「やっぱり・・・。プレゼント攻撃でプレイヤーがログアウトすることも見越してたんだね・・・。寧々子さん。」


オレのぼやきに美琴姉さんは小さく頷いた。


「寧々子、やる時は徹底してやるからね・・・。」


「そっか・・・。」


美琴姉さんはそう言って小さく呟いた。


「でも、美琴姉さん。たとえ悪だぬきのぬいぐるみが指定数集まってしまっても、破局イベントが起こるだけで破局することが確定しているわけじゃないんでしょ?」


「え、ええ。そうよ。それどころか破局イベントを乗り越えた恋人同士は誰の手によっても別れられないようになるわ。」


「え?そうなんだ。じゃあ、破局イベントを乗り越えれば解決ってこと?」


「・・・そうとも言えるけど、寧々子がどんなイベントを用意したのか。もしかすると難易度が高いものかもしれないわ。」


「・・・そっか。」


破局イベントを乗り越えればいいのかと思ったけれどもどうやらその破局イベント自体をクリアする難易度が高い可能性があるようだ。


寧々子さんだからな。


しかし、美琴姉さんも運営側なのに破局イベントの詳細は知らないのか。


これは寧々子さんが独自で組み込んでしまったものなのだろうか。


「でも、きっと美琴姉さんとなら乗り越えられる気がするんだ。でも、プレイヤーが殺到してくるのは避けたいからしばらくはキャッティーニャオンラインにはログインしないと思う。」


「優斗・・・。」


うん。


きっと美琴姉さんとならどんな試練でも乗り越えられると思う。


オレはそんな気がしていた。


だから、そう伝えると美琴姉さんは目に涙を浮かべてオレを見つめてきた。


その瞳には希望の光が宿っているような気がする。


美琴姉さんは言った。


「私には優斗だけだから。なにがあっても私には優斗だけだから。」


そう言って美琴姉さんは涙を浮かべながらも健気な笑みを見せた。


オレは美琴姉さんのその笑みを見て、心に誓う。


なにがあっても美琴姉さんはオレが守ると。


「なにがあっても美琴姉さんの手は離さないから。絶対に。」


「優斗・・・。優斗、大好き。」


美琴姉さんはそう言ってオレに抱き着いてきた。


 


 


☆☆☆


 


 


「ちょっと!優斗クンっ!最近キャッティーニャオンラインにログインしてないでしょ?なんでかしら?」


美琴姉さんの運転する車で、美琴姉さんの会社に向かったオレは出会いがしらに寧々子さんに声をかけられた。


寧々子さんは笑顔だが、その目は全く笑ってはいなかった。


どうやらオレがキャッティーニャオンラインにログインしていないことが気にくわないようだ。


「美琴っちも最近あんまログインしてないみたいなんだよねぇ~。エリアル様も、マコッチもログインしてないみたいだから、私、つまんなくてぇ~。なんでだか、知らない?」


寧々子さんのせいです。


そう言いたくて仕方がないんだけど、それは今ここで言ってもいいことなんだろうか。


言ったら、寧々子さんがまた変な風にキャッティーニャオンラインを改修しそうで怖い。


「あー、オレら学生なんで。バイトや夏休みの課題でいっぱいいっぱいなんですよ。」


「ふぅ~ん。学校ある日でも遅くまでログインしてたのに?そんなにいっぱい宿題があるの?それにそんなに長時間バイトをしてるの?」


寧々子さんはジトーッとした目でオレを見てくる。


確かにオレたちは毎日長時間キャッティーニャオンラインにログインしてたからなぁ。確かに寧々子さんの指摘通りだ。


実際にはバイトでも宿題でもなく、ただ単に知らないプレイヤーに揉みくちゃにされながら悪だぬきのぬいぐるみを渡されたくないだけなのだから。


「ははっ。それに夏休みなのでみんなと出かけたりもしますし。なんたって高校最後の夏休みですから。」


「ふぅ~ん。進学に向けて塾に通わなくていいのかしら?」


「うっ。じゅ、塾にも通う予定ですけど・・・。」


「そう。優斗クンってば優秀なんだねぇ。大学受験も問題なしってことかな?」


「ううっ・・・。」


寧々子さんてば痛いところばかりをついてくる。


この人ぶっ飛んでるのに、こういうところがすっごく細かい。


「寧々子もっと言ってあげて。優斗にはこの夏休み塾に通わせるって話がでているのに優斗が嫌がるのよ。いくら安全圏の大学が第一希望だからって・・・。優斗はマコトちゃんと違ってちゃんとに勉強しないといい成績は残せないわよ。」


「ううっ・・・。」


車を駐車してたために、遅れてきた美琴姉さんがオレたちの会話に混ざってきた。


肉親からの指摘だけにグサッと刺さるものがある。


特に将来なりたい職業もなく、特に行きたい大学もなかったので、近場の大学でオレの成績でも入れるだろう大学を第一希望にしているのだ。


それに特に学びたい学科もないし。


「優斗クン・・・。じゃあ、優斗クンは夏休みはここで私が勉強見てあげるね!」


「えっ・・・。」


寧々子さんがオレの勉強を見てくれる・・・?


大丈夫なのだろうか。


寧々子さんで。


オレはチラリと美琴姉さんに視線を投げかける。


すると、美琴姉さんはにっこりと微笑んだ。


「そうね。寧々子だったらちょうどいいかもね。優斗、こう見えても寧々子は国立大学の出身なのよ。しかも、関東一の難関大学。」


「へ?」


関東一の難関大学の出身!?


寧々子さんが!?


とてもそうは見えないけど・・・。


「まあ、ちょっとイラっとするところもある寧々子だけど、頭はムカつくくらいにいいからね。寧々子のこといっぱい利用するといいわよ。」


「えっ、あ・・・うん。」


なんで美琴姉さんはこんなに乗り気なのだろうか。


昨日まではあんなに寧々子さんのこと酷いって言ってたのに。


美琴姉さんが不思議でならない。


「えっと、美琴姉さんは教えてくれないの?」


「えっ!?私!?んと、私は数学以外は全然ダメだから・・・。あはは・・・。」


「そうなんだよねぇ~。美琴っちってば数学以外は壊滅だからびっくりしたよぉ。きっと、数学以外なら優斗クンの方ができるって保証するわ。」


「ちょっ!!寧々子!!それは!!」


「あれぇ~?違うの?」


「うっ・・・。ち、違わないけど・・・。」


美琴姉さんが寧々子さんに言い負かされている。


確かに美琴姉さんは数学の成績が優秀だって聞いたことがある。


なんでも全国模試で数学だけは10位以内だったとか。


だから、美琴姉さんは他の教科でも良い成績だったと思っていたんだけど違ったのか・・・。


いや、でも、オレよりは成績が良かったと思ったんだけど・・・。


「ま、まあ。受験勉強するにあたって寧々子は有用だから!」


美琴姉さんはこれ以上は話したくないとばかりにさっさとオレを置いて行ってしまった。


 


 


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