#11 リンゴとお日様の匂いのこと
親愛なるきみへ
お元気ですか?
最近は、いっぱい身体を動かすことはありますか。
ぼくはこの前、思いっきり身体を動かして遊びました。
ひとりだけでは、そういうことは滅多にないです。
でも、遊ぶのが大好きな子がやってきてぼくを誘ってくれたの。
彼女は、金色の長い毛が綺麗な、とっても足の速い子だったんだ。
◇
その日は朝からリンゴのジャムを煮ていた。
たくさんのリンゴは先日ここへきたお客さんに分けてもらったもので、とっても美味しくて、いろんな食べかたを試していたの。
ジャムにしたのは大正解。
じょうずにできて嬉しくて、瓶に詰めたジャムをパンと一緒に持ってお気に入りの場所でランチをしたんだ。
ちょっと開けた丘の上。
木々に囲まれて、風の音がずっと渦巻いているようで心地よかった。
ちいさな瓶の中身が空っぽになるまで、上出来のジャムをたっぷりパンに塗った。
お腹いっぱいになって……そのまま少しお昼寝をした。
ぼくと彼女の出会いかたは、ちょっと変わってる。
眠ってるぼくのほっぺたを、彼女が、あったかい舌でぺろぺろって舐めたの。
びっくりして飛び起きたぼくを見上げて、
「わん!・」
って吠えて、ぼくに飛びかかってきた。おもしろがって甘えるように。
昔からずっと友達だったような親しみを、なぜだかぼくに向けている。
ぼくの口を舐めて、顔じゅうの匂いを嗅いで、お返しに顎の下を撫でると嬉しそうに笑った。
こんな調子で出会ったから、すぐに打ち解けたんだ。
長い毛にすっかり埋もれたレモン色の首輪には『ポム』って名前が書いてあった。
「ポム。いい名前」
呼びかけるとポムは走り出して、落ちていた木の棒を拾って運んでくる。
ぼくが受け取ると満足して、それから期待に目を輝かせた。
ぼくに投げて欲しいんだ。言葉がなくても分かった。
めいっぱい遠くまで投げてみる。
ポムは木の棒が落下した場所を見るけど、走り出さない。
でも、いつそのときが来てもいいよって姿勢で、尻尾をいっぱい振って待っていた。
もしかしてって思って、ぼくがまず走り出す。
と、思った通りポムは尻尾をちぎれそうなほど振りながら駆け出して、あっという間にぼくを追い抜いた。
くやしいから、ぼくもいっぱい走る。
ポムはすごく速いんだ。
金色の長い毛を弾ませて、四つの脚が地面を蹴って跳び上がる。
空飛ぶみたいに軽やかに、大きな体でびゅんびゅん走ってる。
走ってるポムは、きれいだった。
ぼくは、やっぱりポムに負けちゃった。ポムはじょうずに木の棒をくわえて、褒めてほしそうに眼を輝かせて、尻尾をぶんぶん振っている。
ぼくは滅多にこんなふうには走らないから、勢い余ってつまずいて転んだ。
草が一面を覆っていて、土も柔らかいから痛くなかった。
息は苦しくて、胸はどきどきしてた。
それが妙に楽しくって、くすくす笑っちゃった。
ポムはぼくがべつの楽しい遊びを始めたんだと思って、ぼくの腕の下にもぐりこんでほっぺたを舐めた。ふさふさ揺れる尻尾が足をくすぐって心地よかった。
抱きしめると、お日様のいい匂いがした。
ぼくはお日様の匂いをいっぱい吸い込む。
ぼくたちはずっと仲のいい相棒だったみたいに、遠慮なしに遊んだ。
泥だらけのくたくたの腹ぺこになって屋敷に帰ると、お客さんが待っていた。
お客さんを見るなり、ポムはいちもくさんに駆け出す。
お客さんもポムを抱きとめていっぱい撫でた。
ポムは目を細めて心から嬉しそうで、ぼくまで嬉しくなったよ。
この優しそうなひとが、ポムのほんとうの相棒なんだってすぐに分かった。
ポムの友達はメロっていうの。
いなくなったポムを探してるうちにここに来たんだって。
ポムに会えてよかったって、すごくほっとしてた。
ぼくは一緒に遊んでただけなのにお礼を言われちゃった。
ぼくのほうこそ、ポムに遊んでもらって楽しかったんだよってメロにお礼を言った。
ポムは元気いっぱいだけど、もうおばあちゃんって言ってもいい年頃なんだって。
メロと一緒に大きくなって、もうメロはこどもじゃなくなったって分かってる。
なのに最近は昔のことばかり思い出すのか、ぼくくらいのこどもを見かけると一緒に遊びたがるんだって。
それで、いつのまにか家を抜け出して公園や川辺なんかへ出かけて、そこで昔のメロみたいなこどもを見つけて遊びに誘う。
ぼくのことも、昔のメロに見えてたのかもしれないね。
メロは、ポムがどうしてここに来たのかについて、こう言った。
「ポムはこの匂いにつられて来たんだろう。ここへ来たら、懐かしい匂いがして驚いた。……昔、ふたりでよくアップルパイを食べたんだ。ああ、ポムはすりおろしたリンゴを少しだけね。でも、同じ匂いに包まれて、嬉しかったな」
ぼくは少し待ってもらって、キッチンで空の瓶を探して、そのなかにリンゴのジャムを詰めた。
メロにもぼくの自信作のジャムを味わってもらえるように。
ポムには匂いだけでも懐かしんでもらえるように。
「これ、よかったらどうぞ。こんなにいいのができることって、あんまりないから」
「いいの?」
「うん。ぼくだけがひとりじめするのは、もったいないくらいの出来栄えだよ」
「ありがとう。じゃあ、帰ったらいただくね」
メロはもういちど、ポムと遊んでくれてありがとうって言った。
ポムはふしぎそうにぼくとメロを見比べて、尻尾を振った。
お別れをする前に、ポムのあったかい胸に抱きついて、お日様の匂いをいっぱい吸い込む。
ポムはぼくのほっぺたを舐めて、それからメロと一緒に帰っていった。
嬉しそうに立てた尻尾は、いつまでもずっと上機嫌に揺れている。
メロの金色の髪も頭の後ろでポムの尻尾みたいに揺れていた。ふたりの後ろ姿が見えなくなると、太陽の沈み始めた空が、だんだん金色に輝いて森を覆い始めた。
まだ、お日様の匂いがした。
なんだか一日じゅう嬉しくて、ずっと楽しかったんだ。
その夜はとてもよく眠れた。
いっぱい遊んで、気持ちよく疲れてたからかな。
夢のなかでもポムに出会って、こどもの頃のメロも一緒で、みんなで駆け回って遊んだの。
◇
きみは、思いっきり走ったことってある?
たまにはいいね。お日様の匂いに包まれて、風を感じるの。
心地よく疲れたあとで、リンゴを丸かじりするのも美味しいし、ジャムを混ぜたお茶も身体じゅうに染み渡る気がする。
たくさんもらったリンゴの匂いだけでもきみに届くといいな。
だから、この手紙はしばらくキッチンに置いてみます。
これからまたリンゴのジャムを作るから。
それじゃあ、また手紙を書きます。
元気でね。ぼくも、元気で過ごします。
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