額縁人間の受ける不当な評価展示会

ちびまるフォイ

私は見ないで娘を見て

16歳を迎えた誕生日、母は娘を額縁人間にした。


「お母さん、どうして私を額縁に入れたの?」


「額縁に入れていれば歳を取らなくなるのよ。

 あなたはいつまでも、最高に美しい状態のままでいられるわ」


額縁人間になっても母親の愛情がくすむことはなかった。

むしろ以前よりずっと娘にかかりきりになった。


額縁に入る娘にはほこりひとつ積もることを許さない。


毎日掃除をし、日焼けしないよう日光を遠ざけ、

色が落ちないよう室温や湿度まで気を使う徹底ぶり。


「あなた。今日は暑くなりそうだから、部屋の温度気をつけてね」


「あ、ああ……。しかし、ちょっと過保護すぎやしないか」


「あなたが無関心すぎるのよ。額縁に入っても娘は娘よ。

 塗料が劣化してあの子が台無しになるなんて許せないわ」


額の中にいる娘は当時の姿のままだったが、

額縁そのものは誕生日ごとに豪華なものへとグレードアップ。

毎年、年齢が積み重ねられているのがわかるようになっていた。


近所でも額縁人間の娘が美人だと噂になり始めた頃。

家に1通の手紙が届いた。


「なにかしら? 宛先に見覚えある?」

「いや、ないな」


「"人間博覧会の招待"って書いてあるわ」


父親は額縁の娘と一緒に案内された場所へ向かった。

大きな美術館の前にシルクハットのおっさんが待っていた。


「ようこそいらっしゃいました。それが額縁人間ですね。

 私、世界にも珍しい人間の展示会をしようと思っているんです」


「はあ……」


「ぜひその額縁人間をうちの展示会に出してもらえませんか?

 もちろん謝礼は準備いたします」


父親は家に戻り、聞いてきた話を妻に伝えた。


「そんなの出品するに決まっているじゃない!」


「しかし、出品すると展示物の紹介用にひとりが立たされるんだぞ。いいのか?」


「たいした問題じゃないでしょ。この子の美しさを見に来た人へアピールすることになんの問題があるの」


「俺、あまり話すのが得意じゃないからなぁ」


「なんであなたみたいに娘に無関心な人間が行くのよ。

 私がいくわ。この子の美しさを誰よりも知っているもの」


母親は気合いを入れてめかしこんで展示会に向かった。

壁に飾られた額縁人間の横に母親が立ち、通りがかる人へ娘の美しさを存分にアピールした。


その結果は、家に帰ってきた母親の暗い表情で察した。


「……ダメだったのか?」


「どうしてよ。こんなにもこの子は美しいのに。

 どうして誰も足を止めないの。私の解説に耳を傾けないの!?

 こんなにも額縁の娘は美しいのに! 見る目がないわ!!」


「落ち着けよ、そういうこともあるって」


自分が信じていた物の価値が他の人から見ればなんてことない。

それは自分自身を否定されるようなもので母親はふさぎ込むようになった。


「おい……食事くらいとれよ……」


「どうしてどうして……。なにがいけなかったの……。

 どうして誰もあの子のことを見てくれなかったの……どうして……」


母親は部屋にひとりでぶつぶつ言うばかりだった。


心配した父親はついに病院への診療を進めようとしたとき、

母親は病的な表情から一転してもとのような顔つきに戻っていた。


「今まで心配かけてごめんなさい。やっとわかったわ」


「元気になってよかったけど……わかったって何が?」


「どうしてあの子が不当な評価を受けなければならなかったのか、よ」


「ああ……そのことはもういいじゃないか……」


「私がいけなかったの。美しい娘の横にこんなババアが突っ立っていたから、

 娘の評価が不当に下がっていたのよ。すべて私がいけなかったの」


「それは考えすぎだって……!」


「でも困ったわ。今さら、美しさのピークを超えた私を額縁人間にしたところで

 たくさん整形したところで、娘に見劣りしないほどのものにはならないし……」


「もう展示会のことはいいじゃないか。それよりも医者へ……」


「ああ、そうだわ! ねえ、あなた。

 展示会の主催者にあの額縁人間が自分の娘であることは話した?」


「いや話してないけど……それがどうかしたのか」


「額縁の娘を、私だとすればいいのよ。

 新しい展示用の額縁人間を娘にすれば、どちらも美しいから見劣りしないわ」


母親の目は本気だった。

生気の感じられなかった瞳には執念のような光がある。


「展示会の間だけよ。単に額縁の娘を妻だと偽るだけでいいの」


展示会にリベンジして、妻の自信が取り戻せるならと父親は承諾した。

別の娘を展示用の額縁人間にして、ふたたび展示会へと向かった。


額縁の娘ふたりを壁に飾り、展示用プレートには「母」「娘」と印字した。

父親は額縁の横に立って待つことに。


2枚の並んだ額縁人間と、その横の男を見た人は一気にブースへ集まった。


「これはすごい!」

「人類の神秘だ!」

「人間博覧会の目玉だ!」


見向きもされなかった前回とうってかわって大盛況。

父親のブースは大混雑で、待機列が展示会の外へ出るほどにもなった。


「やったわ! これこそが正当な評価よ!

 やっぱり私の見立ては正しかったのね!!」


「よかったな」


お忍びで来ていた母親は大いに喜んだ。

大混雑の様子を聞いて展示会の主催者がすっ飛んできた。


「いやはや、すごい人気じゃないか。

 ちょっと私の執務室へ来てくれるかな」


「はい?」


父親は主催者に連れられて別室へと向かった。

用意されたソファに座ると主催者は拍手した。


「今回の君の展示は本当に素晴らしい。

 お客さんからも非常に好評を得ているよ」


「それはよかったです。きっと自信になりますよ」


「それでなんだが……私にだけ展示物の秘密を教えてくれないか?

 誰にも言わない。ここだけの話にするから」


主催者は父親にそっと近寄ると耳元で囁いた。



「どうやって額縁人間と結婚して子を成せたんだ?

 客はみんな展示物である君の秘密を知りたがっているよ」

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