第284話◇日輪




 ミヤビは、報告書に記されたアカツキの情報には目を通していた。

 《アヴァロン》での戦いのことは承知している。


 それでも実際に確かめないわけにはいかない。


 ミヤビが猛る龍が如き『炎』魔法を放った。

 アカツキの剣がそこに触れると、炎は『吸収』されてしまう。


 ただ、仮にも《黎明騎士デイブレイカー》の魔法。許容量を大きく超えるのか、大部分は周囲に『放出』された。


 ――『吸収』と『放出』。


『本当に……《黒点群こくてんぐん》を』


 脳内に妹・チヨの声が響く。


 《黒点群》。武器へと変じることが出来る《偽紅鏡グリマー》の中でも極一部の者のみが遂げる進化。


「面白いものだよな。今この世界で、四人の《黒点群》がヤマトと関わりがあるっていうんだから。九人中の四人がだ」


 アカツキが愉快げに言った。

 ミヤビの妹であるチヨ、ヤクモの義妹であるアサヒ、アサヒの妹であるツキヒ、そしてアカツキのパートナー。


 アカツキの《偽紅鏡グリマー》はヤマトの血を引いていないが、黒点化は遣い手を含めての進化。関わりがあるという彼の発言に矛盾はない。


 残るは《黎明騎士デイブレイカー》の《偽紅鏡グリマー》達。


「だからなんだっつぅんだよ」


「オレは嬉しいんだよ。夜鴉を見下す者の無能を、オレ達が証明している」


「お前さんが証明してんのは、自分てめぇがアホってことくらいだろうさ」


「そのアホに殺されるあなたは、なんと呼べばいいんだろうな」


「殺してから好きに呼びな、出来やしねぇけどよ」


 チヨの武器形態である千夜斬獲・日輪を構える。


『どうしますか? 報告通りなら大魔力攻撃の吸収・放出には限度があるようですが』


 《騎士王》アークトゥルスペア程の火力も、アカツキペアは捌いてみせたという。単純な威力ならば彼女らの魔法は人類一。

 ミヤビの大技で疲弊させるというのは可能だろうか。


 ――時間と魔力が掛かり過ぎる。


 《耀却夜行グリームフォーラー》の増援が来ないとも限らないし、そもそも長引けば《カナン》の人間が来てしまうだろう。


 前回もそうだったように、形勢不利となれば引くだけの頭がアカツキにはある。

 無事逃げ遂せるだけの実力も。


 彼の仲間は今、セレナが捕らえている。

 逃げることへの抵抗はある筈だが、そこに期待するのも馬鹿な話。


 長期戦は望ましくない。


「正面から叩き切る」


『……実に姉さんらしいです』


 呆れるようでいて、柔らかい声。

 一度決めれば、あとは行動するだけ。


 大地が揺らいだ。

 それほどの踏み込み。


 魔力強化の施されたミヤビの脚力は彼我の距離を一瞬で消し飛ばし、魔法使いの間合いから剣士の間合いへと移行。


「……《黎明騎士デイブレイカー》なのに、単純な切り合いを選ぶとは。姉さんらしい豪胆さだ」


 頭から股下まで両断する勢いで太刀を振り下ろす。


「――ッ!」


 アカツキの目が驚きに揺れる。

 斬撃の速度と威力が想定を上回ったからだろう。


 アカツキの刃に触れれば、魔法は『吸収』されてしまう。

 だからミヤビは刃には魔力を通さず、峰から爆炎を噴かせた。


 彼の刃に直接接していないが故に『吸収』されることなく、それでいて斬撃の速さと攻撃力を底上げしたのだ。


 アカツキは相手を観察し、最適の動きを選ぶ。

 ミヤビの斬撃の速度と威力も計算した上で、最適の受けを用意していた筈だ。


 そのタイミングをずらすことで、彼の最善の動きは損なわれる。

 それでもアカツキはどうにか太刀を剣で受けた。


 ぐっ、と彼の足が地面に沈み込む。


「脳筋のように見えて策略家なところが、ほんと嫌いだったよ」


「最期に本音が聞けてよかったぜ」


「最期ね、誰の?」


 今度はミヤビが驚く番だった。


『姉さん! 離れ――』


 アカツキの剣は柔軟に形態変化する。それもまた報告にあったというのに。

 義手にもなったのだ、これくらいわけないだろう。


 とはいえ、まだ刃と刃が触れ合って一瞬だというのに。

 彼の刀の峰がほどけ、、、蜘蛛の糸のように分かれたかと思うと、千夜斬獲・日輪の峰から噴き上がる炎に伸びた。


 そのまま『吸収』しつつ糸は太刀に絡みつき、そして――。


「自分の魔力に潰されろ」


 彼は人の魔法を単に魔力として『吸収』する。

 だから『放出』も単に魔力のまま。


 それでも人を殺すには、充分過ぎた。


「チヨ!」


『はい!』


 ミヤビの判断は迅速だった。

 即座にチヨの武器化を解いて人間状態に戻し蜘蛛糸から解放させ、また即時武器化。


 そのまま魔力防壁を展開。

 爆ぜるような魔力の奔流は咄嗟に展開された盾型の魔力防壁に激突、なんとか相殺。


 たった一合で、互いに一回死にかけた。

 だというのに、互いに無傷。


「……さすがにこの程度じゃ殺しきれないか」


「どこまでいっても、お前さんじゃ無理だっつの」


「オレとミミの魔法は、大抵の戦士にとって天敵と呼べるものなんだけどな」


 《騎士王》の魔法にさえ対応出来る力と、ミヤビと同じ師に仕え体得した剣技。

 確かにアカツキは厄介だ。

 だがミヤビは彼をよく知っている。特別な魔法を手に入れているなら、それを頭に入れて戦うだけ。

 知っていてなお驚嘆すべきは彼の対応力。


「……仕方ないな。ごめんよミミ、少しばかり負担を掛ける」


「あ? お前何言って――おい、まさか」


 アカツキは今の自分達ではミヤビ組には勝てないと判断した。

 だからすぐに、勝てる自分達を組み上げようと動いた。


『……魂の魔力炉接続っ!?』


 そう、彼の剣から魔力を感じる。魔力が熾っているのを感じる。


「……ヤクモといいお前といい、どうしてとうに忘れ去られた機能を呼び起こすかね」


「こうしないと、この魔法は使えないんだ。オレの想像力が貧困な所為かもしれない」


 会話になっていない。そもそも応えるつもりはないのか。

 次の瞬間、アカツキの魔法が周囲一帯に影響を及ぼし始める。



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