第257話◇混迷
「そんな戦いを続けていたら、寿命を縮めるぞ」
アカツキの言葉に、ヤクモは応えない。
だが彼の言っていることは、間違っていない。
ヤクモの身体は、まともに動かせる状態ではないのだ。
だから、身体に纏わせた
魔力との接触面を赫焉が覆うことで、これ以上の魔力火傷を防ぐ役割も担っている。
酸素に関しても、心配していなかった。
グラヴェル達ならば、絶対になんとかする。
アカツキは確実に弱っていた。
精密な魔力操作によって止血は済んでいるようだが、左腕を失っているのだ。
人間は普段、歩くのにも両腕でバランスをとっている。
腕一本が突然欠ければ、まともな人間は歩行に大きな違和感を抱くことだろう。
アカツキの動きは天賦のそれではない。
洗練された彼の動きは、その裏に途方もない努力の跡が窺えるものだ。
腕を失った状態での戦闘に慣れるには、いくら彼でも時間を要する筈。
失った血の所為で意識に靄が掛かっていることも考えられる。
死なないことに全力を費やした結果として、アークトゥルスの魔力も残っていないようだ。
アカツキは現在、万全の状態とは程遠い。
それはヤクモとて同じだが、負けるつもりは無かった。
頬のあたりまで持ち上げた雪色夜切を、矢を射るように放つ。
瞬間的に延びる刺突。
アカツキは半身になってそれを躱し、用意していた右腕の剣を振り下ろす。
だがそれは軌道上に展開していた赫焉刀によって受け止められた。
ヤクモは外した刺突の刃を彼に向け、横薙ぎの斬撃へと転換。
「こうしよう」
彼はそれを防いだ。
『なっ』
右手に掴んだ剣の柄頭から、袖の中に向かって何かが伸びていた。
それが背中を通じて反対側の肩まで到達し、そこから剣を生やしていたのだ。
失った左腕の重量を補填し、生やした剣を急場しのぎの義手とした。
「不格好だが仕方ない」
その時、突風が吹いた。
グラヴェル組とラブラドライト組がやってくれたのだ。
多くの魔力を含んだ空気が巻き上げられ、代わりに酸素を充分に含んだそれがやってくる。
「人間共め……!」
ランタンが忌々しげに叫ぶ。
「ランタン、お前が湖の乙女、を」
彼の剣型義手に弾かれた雪色夜切を、反動を生かして首狙いに変更。斜めに切り上げる。
後退しながら、アカツキはランタンに指示を出した。
「分かっている!」
魔力濃度が戻ったことによって、戦線復帰を果たす騎士が増えるだろう。
そうなる前にヴィヴィアンを確保しようというのだ。
彼らの側も、もう余裕は無いということだろう。
「立場が変わったな。今はオレが、お前の足止めだ」
――どうする。
アカツキを無視してランタンの対処に向かうのは無理だ。
かといってグラヴェル組とラブラドライト組はゴーレムと戦闘中。
いや、戦う者は自分達だけではない。
◇
ランタンの接近を阻む者達がいた。
「アークトゥルス様には、近づけさせない」
最初にランタンが操っていた屍の騎士と、同等程度の実力者のようだ。円卓だか黄金林檎だか、特別な騎士達。
全部で五組。
一度はアカツキに破れた者も復帰している。
――一匹、そこそこ遣える魔法使いがいたが、そいつの仕業か。
前掛けをした金髪の女は今も他の騎士達の治療にあたっていた。
「邪魔だ」
ゴーレムを呼び戻すか?
だがそれでは厄介な二組が合流することになる。
しかし、それ以外に方法は無かった。
ランタン自身は、五組もの敵を一度に相手どれる魔人ではない。
唇を噛みながら、ゴーレムを操作する。
◇
ヴィヴィアンは、童女の頬をそっと撫でる。
初めて逢った時のように、涙が溢れて止まらない。
ただ、違うのは。
涙の種類だ。
その原因となる感情だ。
かつては、契約者に裏切られた悲しみと、己の力を呪う気持ちからだった。
今は、
黄金の髪を手で漉き、小さな手に自分のそれを重ねる。
「まだ、生きていたいですか?」
いや、と首を横に振る。
掛ける言葉はこれじゃない筈だ、と。
言い直す。
「まだ、生きていてほしいんです」
なによりも、自分が。
反応のない彼女の手を、今度はヴィヴィアンの方が強く握った。
始める。
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