第252話◇十握
ヤクモが五重に展開された魔力の檻から脱したのと、爆発と錯覚するほどの魔力解放は同時だった。
視界がぐにゃりと歪む。これは錯覚ではない。
あまりの魔力密度に、景色が歪んで見えるのだ。
『うそ……』
呻くようなアサヒの声。
童女姿のアークトゥルスを、アカツキの剣が貫いている。
彼の『吸収』発動にも怯まず、アークトゥルスは魔力の解放を選んだ。
アカツキもただでは済まないだろうが、彼女のやり方は自爆に近い。
いや、自爆そのものと言えた。
その魔力は地上まで届き、単純な魔力の圧で一帯を押し潰してしまうだろう。
それは彼女が守ろうとしていた都市を破壊することに繋がる。
だからこそ、アカツキでさえ考慮に入れなかったのではないか。攻撃に踏み切ったのではないか。
彼女に限ってする筈のないことだから、アカツキも対応し切れない。
問題は、その攻撃に都市が巻き込まれてしまうこと。
彼女がそんなことをよしとすることは有り得ない。
誰もが起きたことに呆然とする中で。
ヤクモは駆け出した。
今この瞬間も凄まじい速度で膨れ上がる、破壊をもたらす魔力攻撃に。
『兄さんっ!?』
「見たんだ」
アークトゥルスが、ヤクモを見た気がしたのだ。
この状況で、無意味に視線を送るだろうか。
死を前に愛する者を想うのとは違う。
相手はヤクモだ。他都市の領域守護者だ。何か意味がある筈。
そんなもの、一つではないか。
綻びを、視る。
『無茶です……ッ! この規模と密度は、いくらなんでも!』
ヤクモに全幅の信頼を寄せるアサヒをして、無茶と言わしめる程のことなのだ。
存在の規模が大きくなる程に、自壊に追い込むのは困難になる。
かつてセレナが放った炎の津波で言えば、あれは崩壊させる為に攻撃すべき綻びの数が多かった。
接触までの時間とこちらの手数では対応出来ない程に。
あの時はグラヴェル組の救援によって切り抜けたのだ。
魔力量と速度はあの時の攻撃を上回っている。そう、特級魔人が再現した《
アサヒが止めるのも無理はない。
だが。
アークトゥルスが、ヤクモを見たのだ。
他の誰でもなくヤクモを。
斬れると、そう判断した。
そう判断するだけの何かが、あると考えるべきだ。
そして実際、その考えは正しかった。
――スパルタ……とは違うかな。
ヤクモが思い出したのは己の師だった。
初めての《班》での任務時のこと。ネフレン組を助けに言ったヤクモ組を、豪快な『火』属性魔法による攻撃によってミヤビ組が助けてくれた。ただし、こちらごと燃やす勢いで。
あわや魔獣と共に焼死する寸前、彼女がわざと用意した魔法の綻びを斬って事なきを得たのだ。
その時と同じことが、今起きていた。
自爆に近い魔力解放ではあるが、暴発ではない。アークトゥルスの意思によるもの。
だから、いつかのミヤビのように綻びを一点に寄せることも技術的には可能。
ただし、綻びは巨大だった。一本の縦線――振り下ろしで一息に斬れるようにだろう――なのだが、雪色夜切一振りの刀身では到底足りないのだ。
赫焉刀による連続攻撃ではだめだ。赫焉粒子でも。
必要なのは、単純に巨大かつ鋭どい斬撃。
雪色夜切に纏わせていた『両断』は五重の箱から速やかに脱出する為に使ってしまった。
もはや猶予はない。グラヴェル組の
必要なことを即座に考えつき実行出来るあの境地は、最早影すら掴めない程遠く。
在るのはこの身と、何よりも頼れる相棒だけ。
ならば、それだけで。
――何の問題も無い。
「
赫焉粒子の全ては、既に帰還していた。
『! ……承知っ』
どれだけ反対していようと、彼女がヤクモを見捨てることはない。見限ることはない。それどころか彼女は、それだけで全てを悟ったようだった。
赫焉粒子の総てが、雪色夜切に集まる。
巨大な、刀だった。
腕力だけでなく、赫焉粒子の移動能力を併用して振り下ろしを行う。
失敗すれば、ヤクモも地上にいる者たちも塵と化す。
それでも、剣士にも刀にも迷いは無い。
そして――。
用意された綻び目掛けて落ちる斬撃は、一本線に沿って《騎士王》の魔力を――割いていく。
『や、った』
全てを圧壊せんと動き続ける力を失い、弾けたそれは魔力粒子となって周囲を埋め尽くす。
それはもう、威力を持たない。
ただ、あまりに大量の魔力は無力化されても消滅はしない。酸素さえも押しのけて急速に広がる。
息苦しさを感じるヤクモだったが、まずアークトゥルスを探す。
空中に姿は無い。
周囲は彼女の魔力で満ちており、魔力感知など役に立たない。
その身ごと消し飛んでしまったのか?
――いや。
地上に人影。
少し離れた位置から、這うように
そして――。
「なるほど……。もしかすると貴方はオレ以上にヤクモを買っているのかもしれないな。さすがに肝が冷えたが、さすがはヤクモと言ったところか」
アカツキ。
その青年は立っていた。
武器も保持している。
『あの男……』
ただし、左腕が無かった。肩から先が失われ、それを主張するように血が垂れている。
あの魔力を超近距離で受けて生存するとは。
――相殺、したのか。
アークトゥルスから『吸収』した魔力をそのまま前面に『放出』することで、直撃を免れたのだろう。
それでも、彼女に直接掴まれていた腕までは無事では済まなかったようだ。
アカツキはアークトゥルスの首に切っ先を向ける。
視線は――ヴィヴィアンに。
「適格者が死ねば、貴方は次の適格者を選ぶことが出来る。そうだろう」
「……! やめ、なさい……!」
ヴィヴィアンの悲痛な叫びに、アカツキは微笑みと共に応じる。
左腕が消し飛んでいるというのに、彼の笑顔はとても柔らかい。
「あぁ、構わない。だから、貴方の方から契約を破棄してくれ。オレは別に、人を殺したいわけじゃあないんだ。被害が最小で済む道を、これまでも最初に提示してきただろう? そろそろ、受け入れてもいいんじゃないか」
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