第243話◇相対



 ヤクモは考える。


 アカツキの『吸収』は魔法を魔力として吸収するもの。

 武器も赫焉もそこには含まれない。


 アカツキの剣そのものには、触れても問題ないわけだ。

 だが彼の剣技は優れている。


 剣戟に持ち込んだとしても勝利は難しい。

 そうしてヤクモが考えたのが、刃に纏わせた『両断』の上に刃を纏わせるという方法。


 無闇に『両断』を消費することを防ぐだけでなく、アカツキの警戒心を煽ることも出来る。


 警戒し、対応を考える程に、思考に費やす時間がアークトゥルスのたすけとなる。

 真っ向からの斬り合いだけが戦いではない。

 目的達成の為の選択すべてが、戦いの一部なのだ。


したたかだな。思っていたよりもずっと」


 アカツキの感心するような声。


「じゃあこうしよう」


 アカツキは先程まで直接アークトゥルスを止めようとしていた。

 だがそれをヤクモたちが邪魔したわけだ。


 これを受け、アカツキは一瞬で方針転換。

 アークトゥルスに自分を止めさせることを選んだ。


「……!」


 ヤクモは咄嗟に飛び出そうとするが、妹の制止が入る。


『数が多すぎます!』


 ヤクモに斬られることを想定してか、彼の剣から迸る魔力は無数に枝分かれしている。

 広範囲に撃ち込まれる無数の魔力攻撃全てを防ぐことは、ヤクモにも出来ない。


 それが兄妹を狙ったものであれば、まだ全力で回避を選べばいい。


 だが自分達は今空中におり。

 アカツキは魔力を眼下に向けて放出しようとしている。


「死んだ騎士はしょうがない。では、まだ生きている騎士達は?」


 それは、アークトゥルスに投げかけた言葉。


「貴様――」


「罵る時間はないだろう」


 魔力が放たれる。

 無色透明の、殺傷力を持った雨が降る。


 とうに理解していたことだが、アカツキにとって敵の命を散らすことに迷いは無いのだ。

 決して殺したいわけではない。

 ただ、必要に迫られれば殺す。


 ヤクモはアカツキに向かって。


 アークトゥルスは――。

 天と地との間、雨を食い止められる位置に飛んでいく。

 皿のように魔力防壁を展開し、魔力攻撃の全てを受け止めるべく。


「残念だな、ヤクモ。お前が折角時間を稼いだのに、《騎士王》がそれをふいにした」


 アカツキが放ったのはアークトゥルス膨大な魔力だ。ゆえに、元の持ち主である彼女にしか防げない。

 防ぐのに多くの魔力を割く必要がある為、戦域を封鎖する為の防壁展開が遅れる。


「いいや、人々を守ったんだ」


「都市を守るのを優先すべきだろう。下にいるのは戦士、死ぬのも職務の内なのだから」


「思ってもないことを言うんだね」


「思ってもいないこと?」


「都市を守るのを優先するのが正しいなら、ヤマトを捨てるのも正しいってことになる」


 それだって、都市存続の為の行いなのだから。


「……あぁ、そのことか」


 アカツキは一瞬視線を落としたが、それだけ。


「そうかもしれないな」


 すぐに微笑みで真意を覆い隠してしまう。


『彼が持ってたあーちゃん王の魔力を感じません』


 『吸収』の使用条件にもよるが、これでおそらく『両断』を吸収出来るようになっただろう。


 とはいえ、常時『吸収』を展開しておくことは出来ない筈だ。

 アークトゥルスの魔力が無いのだから、彼は自前の魔力で全てを賄う必要がある。


 彼が『吸収』を展開していないタイミングで『両断』を発動する。

 こちらが『両断』を晒している状態で『吸収』を展開する。

 互いの思惑はそんなところだろう。


 こうなると、互いの戦闘能力のぶつかりあいだ。

 アカツキの能力はだが、ヤクモを上回って――。


『兄さんならできます』


 心からの信頼の言葉。

 冷静な思考だけでは出てこない言葉。

 それが、不思議なことに力を与えてくれる。


 現実を覆す力を、無限の熱量をヤクモにくれる。


「あぁ、僕らなら出来るとも」


 妹の言葉に頷き、ヤクモは――。


「仕切り直しだな、ヤクモ」


 薄笑みを湛える、格上の剣士に向かう。



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