第207話◇光輪
どうやら、アークトゥルス組――より正確には《アヴァロン》使節団――の来訪は予定通りのものだったらしい。
行き帰りの食料や必要な用具類以外にも多くの荷物が見える。
情報交換だけでなく貿易も行う不定期の都市間交流。
そのついでとして、三組の訓練生を自都市へ招待したというところか。
それ自体が目的というよりは納得出来る。
壁外側に降りると、《騎士団》と思われる者達が『光』魔法で光源を確保しつつ周囲を警戒していた。非戦闘員とは衣装や動きが違う。
「ご苦労!」
昇降機から降り立ってすぐ、アークトゥルスが声を掛けると。
一斉に。
全員の意識がアークトゥルスに向いた。《騎士団》の者は警戒を解かないが、それでも割けるだけの意識をアークトゥルスに割いているようだった。
そこに宿るのは、ただ一人の例外もなく敬愛の念。
強いだけではこうはならない。
彼女は慕われ、愛されている。
「うむうむ、余が見ていない時でもよく働いていたようだな。偉いぞ。がんばったねっ」
アークトゥルスが微笑むと、くらっとする女性や胸を押さえて膝をつく男性が続出。
「もったいなきお言葉……!」
「ちょっと怖いんですケド」
アサヒは少し引いているようだった。
「師匠やヘリオドールさんのところとは、少し違うね」
ミヤビ組は夜鴉であるという部分への嘲りと圧倒的実績に対する畏敬が向けられている。
ヘリオドール組は自都市から生まれた、それも五色大家出身でない《
アークトゥルスの場合は、尊敬と同程度の愛情を向けられているように感じられた。
「褒美をとらせようではないか。んー、頭を撫でてやるというのはどうだ?」
女性からは甲高い声、男性からは雄叫びが上がる。どちらも歓喜のそれ。
「ねぇ、ツキヒ達は何を見せられてるの?」
「……《騎士王》、もてもて」
困惑気味のツキヒに対し、グラヴェルは普段通りだ。
アークトゥルスは時折見せる子供っぽい笑顔を浮かべた。
「帰ったらね?」
その時、《アヴァロン》使節団全員が『絶対に死ねない!』と決意を固めたのが分かった。
――これもある意味、人心掌握とか統率とか、そういうものなのかな。
階級による上下関係というだけでなく、個人として人望を集めているがゆえの統率力。
誰もがアークトゥルスを頂点として、彼女の言葉に全力で応えようと動いている。
大荷物が一箇所に集められる。
非戦闘員だけでなく、騎士団員達もその周囲に集合。
ヤクモ達も言われるがまま近づいていく。
「ではゆくぞ?」
「お願いしますアークトゥルス様!」「その王威をどうか我らに!」「迸る王の風格!」「しかも世界一可愛い!」「世界最強!」「我らが《騎士王》!」
口々に声を上げる《アヴァロン》の人々だが、これもまた偽りは無い。
そんな彼らを、アークトゥルスも愛おしげに見回した。
「ふっ、
魔法が見られるかとも思ったが、違った。
一瞬の浮遊感。
「……魔力構造物」
《アヴァロン》の
魔力構造物とは、広義には防壁や攻撃を含む『魔力で創られたもの』全般を指す語だ。
だがそれらにはそれぞれ魔力防壁、魔力攻撃と一般的に使い分けがなされているので、現在ではもっぱらそのどちらにも属さない魔力の使い方を指す。
当然、魔法は含まれない。
アークトゥルスの場合は、荷物と人員を載せた移動物体として顕現させた。
《隊》が移動する時は土塊を作り出しその上に乗ったが、それを魔力で行った形だ。
『土』と『風』を併用するまでもなく、魔力構造物であれば当人の魔力操作能力だけで自在に成形・移動が可能。
ただ、ヘリオドール組やヤクモ組と同じく、全てを自らの意志で操らなければならない分、精神への負担は大きい筈。しかしアークトゥルスに堪えた様子はない。
彼女の魔法が大人数の移動に適していないのか、何か理由があるのか。
アークトゥルスは魔力で創った玉座に腰を下ろし、側に立つ女性に声を掛ける。
「ではヴィヴィアン、進路を指で示せ。方角で言われても分からぬからな」
「あちらです、アークトゥルス様」
「うむ。では、しゅっぱ~つ」
そうして《カナン》を発った。
しばらくすると、幾人かが喋りかけてきた。
話してみると《アヴァロン》の人々は気のいい者ばかり。
特に驚いたのは、ヤマト民族に対する差別意識がまったくといっていい程に無いこと。
聞けば、《アヴァロン》にはヤマト民族がいないのだという。
なるほど納得の話だ。
いないから、差別に至るまでの経緯や結果が存在せず、故に差別意識など生じよう筈がない。
元々ヤマト民族は人類が都市を建設する頃には数を激減させていたというし、思えば《エリュシオン》にも黒髪黒瞳の者はいなかったように思う。
人類全体で見れば珍しい存在なのだろう。
とはいえ、《アヴァロン》にも魔力税は存在する。模擬太陽がなければ生きられないのはどこも同じ。そうである以上、ヤマト民族はどの都市でも肩身の狭い思いをすることになるだろう。
ヤクモに話しかけてくる女性全てにアサヒが噛み付いたり、アークトゥルスがいかに慕われているかを幾度となく知ることになったりしながらも、一行は順調に進んでいた。
だが。
「あー、《カナン》の戦士達よ。出番をくれてやろう」
真っ先に気付いたのは、おそらくヤクモ。次いでアサヒとツキヒ、そしてグラヴェルはほぼ同時。ほんの僅かに遅れてラブラドライトも気付いたようだ。
このあたりは強さというより、実戦経験で磨かれた感覚だろう。兄妹とグラヴェル組は十年もの間、壁外での戦いを経験している。むしろそんな二組とほとんど変わらない感覚を有しているラブラドライト組の謎が深まるというもの。
殺気。
魔力構造物が停止する。
かなりの距離があったが、敵はそれを一瞬に思える速度で駆けてきた。
「はッ、運がいい。こんなところで人間の群れを見つけるとはな」
下向きに湾曲した二本角の魔人。見た目は十代の少年に見える。
「貴様らに討伐を頼むとしようか。どれほど
アークトゥルスに動く様子はない。《アヴァロン》の者達に動じる者はいない。
今回の魔人との遭遇は、この集団にとって死を意識するものではないのだ。
絶対的なまでの、《騎士王》への信頼。
考えるに、この魔人は二級指定程だろう。アークトゥルスの実力を測りきれていない時点で一級以上とは考えにくい。魔人は強さが第一。ギリギリの戦いを求める者はいても、格上相手に負け戦を挑むのは愚か者とされる種族。
だというのに、目の前の魔人は完全にこちらを下に見ている。
かといって、特級指定のような圧力は感じない。
闇の中の魔人というだけで大きな脅威ではあるが、三組でなら充分対応可能。
「僕達だけで充分だ」
ヤクモ組とグラヴェル組を制するように手を広げ、ラブラドライトが進み出た。
彼に追従するように歩を進めた少女はしかし、心配げにパートナーを見つめている。
「いや、危険だ」
ヤクモの発言に、ラブラドライトは意外そうに目を丸くする。
「……君は優しいんだなヤクモ。さっきの今で僕を心配するとは、お人好しにも程がある。だが無用だ。――アイリ」
「……うん」
「
ラブラドライトの手の甲の上に、
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