第208話◇複写




光源パターン――シルバーホワイト・スノー」


 光輪が弾け――白銀の大剣と化す。


 同時に、彼の周囲に雪華せっかの如き極小の刃が舞った。

 それは、《銀雪ぎんせつ》クリストバル=オブシディアン組の魔法。


 ラブラドライト組の魔法は、おそらく一つ。

 『複写』とでも言うべきか、直接目にした《偽紅鏡グリマー》の姿と性能を再現するというもの。

 これまでの試合を見るに、『最後に複写した《偽紅鏡グリマー》』しか再現出来ないようだ。


 セレナと違い、魔法の獲得は出来ない。武器性能そのものの、一時的な再現に留まる魔法。


 判断が難しい魔法だった。

 武器や魔法を他者に依存するこの魔法では、自身の戦法が定まらない。


 ヤクモ組やグラヴェル組が持つ多彩さとは根本から異なる。

 自分が持っているものをどう使うかではなく、相手が何を持っているかで戦い方が変わってしまうのだから。


 一つの再現を続けていれば別だが、彼は毎回対戦相手の《偽紅鏡グリマー》を『複写』して戦っていた。


「三秒だけ待ってくれればいい」


 魔人戦では一瞬一瞬が命がけ。

 この状況下では三秒でさえ長過ぎるくらいだが、既に相棒の武器化を済ませていたヤクモとグラヴェルは互いに目配せ。


 最大限警戒しつつ、彼の意志を汲むことにした。

 ラブラドライト組は、決闘をきっかけに四十位を獲得した兄妹とは違う。

 だからといって、ネフレンのように才能と優秀さを認められてのものかと言われると、そうだと断言は出来ない。


 予選試合を通して、彼らに関して分かったこと。


 ラブラドライトは、能力値だけでいえば目立つ点が少ない。魔力炉性能も、魔力出力も、魔力操作能力も並。もちろん四十位相当ではあるのだが、並み居る天才達と比べて何か秀でたものがあるわけではない。


 四十位という順位に異議を唱える程ではないが、他に適した者がいると言われても反対する者は少ないだろう。

 にもかかわらず、だ。


 努力家の天才しかいないと言われる『光』の予選を一位で通過した。

 それも、全て相手の《偽紅鏡グリマー》を『複写』して。


 準決勝でアルマース組、決勝でクリストバル組を打倒したのだ。

 彼らに才能で劣りながら、彼らの《偽紅鏡グリマー》を『複写』し、彼らに勝利した。


 才能で劣る分、同じ戦法では勝てない。

 彼は工夫を凝らすのだ。


 まるで対戦相手に、『才能など意味がない』『お前の武器を自分の方が上手く使える』と突きつけるように。


「一対一をお望みかな、人間。面白い、乗ろう」


 雪華が射出されるように魔人へ向かう。


「遅い!」


 魔人は飛び跳ねるように横へ回避し――命を落とした。

 生命力の失われた肉体が、支える者もなく地面に倒れる。


「……三秒は長過ぎたな」


 一秒も経っていない。

 ほとんどの者は何が起こったか理解出来ず呆然としている。


「ほう、上手いな、、、、


 玉座で肘をついて傍観していたアークトゥルスは、にやりと唇を曲げている。


「それは皮肉かな、《騎士王》」


「被害妄想だ」


「どうだかな」


「ヤクモ、みなに説明を」


 ――今のを理解出来ていたかを試されているのかな。


「魔人のミスは二つです。たかが人間との一対一と侮り、魔力防壁を展開していなかったこと。これは魔人によく見られる傾向なので、ラブラドライトくんは事前に予測していたのでしょう。彼の魔法を回避しようと魔人が跳んだ先に、銀の雪華が生じた、、、。魔人は頭から極小の刃に突っ込み、それによって脳を致命的に破壊されて死に至った。事前予測が立たなければ、魔人といえど脳破壊に対応出来ませんから」


「うむ。みなはこう思っていることだろう。何故魔人はそんな愚かな死に様を晒したのか」


「それが二つ目のミスです。ラブラドライトくんは最初に雪華を出した瞬間に仕掛けていたんです。魔法の『形成時間』を意図的に遅らせた」


 魔法を発動させると意識し、実際それが現実になるまでの時間。

 魔力の発露から魔法が形成されるまでに掛かる時間。


 これは最大出力とは別に、瞬間出力が関係してくる。


 ラピスなどは両方の値が高いので、一瞬でフィールド半分を氷結させることが可能だが、ラブラドライトは瞬間出力に対しても特に優れているわけではない。


 ただ、落差を演出したのだ。

 一度目は、敢えて実際よりも遅く魔法を展開した。


 二級相当とはいえ魔人。ひと目見れば形成時間を把握し対応してくる。

 ラブラドライトはそれを利用した。


 魔人は雪華を回避する時、ラブラドライトが新たに魔法を使うことも予想していた筈だ。

 それに対応出来るよう思考を巡らせていただろう。


 だが、実際に生じた魔法は、最初に見たそれよりも遥かに高速に発現した。


 通常、距離を隔てる程に魔力の移動距離が長くなってしまう為、魔法を遠くで発動しようとすればそれだけ長い時間が掛かってしまうものなのに。


 隙を突くわけでも、隙を作るわけでもない。

 敵に自分の実力を低く見積もらせ、最適のタイミングで本来の力を発揮して見せた。


 そのズレに敵が戸惑う一瞬で、勝負を終わらせたのだ。

 一度しか通じぬ策だが、一度で仕留められるならば問題ない。


 ヤクモの説明に、非戦闘員はともかく《騎士団》の面々は息を呑んだ。

 強大な力に対して集団の連携で立ち向かう、というのが通常の魔人戦。


 だがラブラドライト組は魔人との読み合いを制することで、僅かな魔力消費で討伐してみせた。

 もちろん、毎回この手が通じるわけではないだろう。


 重要なのは、会敵してから戦闘が始まるまでの僅かな時間で、魔人の性格面まで読み込み戦術に組み込んだこと。


 たとえば今しがた見せた戦法はクリードやセレナには通じないだろうが、そういう問題ではないのだ。もしその二者と相対したならば、ラブラドライト組はその二体に対応した策を講じる。


 そういう類の戦士であるということ。


 ヤクモの説明が終わると、アークトゥルスは満足げに頷いた。


「なるほど一位通過の四十位か、面白い。察するに、銀の花弁は他者のものだろう」


「だったら?」


「貴様はそれで、ヴィヴィアンの姿を写し取ろうというのか?」


「あなたより上手く使いこなせるだろうね」


 周囲一帯が凍りついたかと思った。


れるな、余より他にヴィヴィアンに相応しき遣い手がおるものか」


 癇に障ったのか、アークトゥルスの目から笑みが消える。口許だけが弧を描いていた。


 その瞬間、あるじの怒りに呼応するように《アヴァロン》の者達の雰囲気が一変する。

 その気配をどう判断したのか、ラブラドライトは矛を収める。


「気を悪くしたのなら、謝罪しよう」


 彼は思ったことを隠すことはしないが、五色大家縁の者以外に対しては素直でもある。

 その謝罪を受け、アークトゥルスは毒気を抜かれたように吐息を漏らす。


「小利口な奴め……まぁよい、許す」


 アークトゥルスの許しと共に、剣呑になりかけていた空気が霧散した。

 魔力構造物が再び動き出す。



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