第205話◇三組

 



 兄妹は『白』の訓練制服ではなく、師が誂えた和装を選んだ。


「おぉ! ヤマト風の衣装だな! ミヤビ……ではあやつの名と被るな。うむ、そうだ、風雅ふうがよな」


「ありがとうございます。その師匠が用意してくれたものなんですよ」


「ほぉ? あの《黎き士》がなぁ……人間は変わるものだな。なぁヴィヴィアン」


「初めてお逢いした時に受けた印象とは異なる、という意味でしたら、王の仰る通りかと」


「そうなんですか?」 


 兄妹とアークトゥルス組は寮を出る。

 外には箱馬車が待っていた。


「ん? あぁ。だが奴が話していないのなら、余が言うべきではあるまい。忘れろ」


 気にはなったが、尤もな言葉に追求は諦める。

 それに、ヤクモ達の知る師とアークトゥルス組の記憶の中の師が違うとして、何の問題があろう。


 兄妹に手を差し伸べ、道を示し、先を往く。

 そんな師が嘘になるわけではないのだから。


「それより、どうしてツキヒ達も《アヴァロン》につれていくんですか?」


 妹のこととなると心配性になるアサヒ。

 全員が乗り込むと、馬車はゆっくり進みだした。


「む? あぁそのことか。――ヴィヴィアン」


「通常、《偽紅鏡グリマー》の黒点化は死の危機に瀕した際に確認されるものです。全てを失う時になって初めて底意そこいを明かす人間の弱さが功を奏する事例と言えるでしょう」


 魂の同調シンクロ、欠点の自覚、絶望とそれに立ち向かう強靭な心。

 己を知り、相手を知り、世界を知ってなお進み続ける意志。


 言うは易いが、実行のなんと難しいことか。

 特級魔人との戦闘によって死を覚悟するという状況での開花が多いのは頷ける。


 これで最期になるかもしれないという状況になって初めて、口に出来る言葉というものがある。

 これを逃せば二度と機会は巡ってこないという焦燥があって初めて、移せる行動がある。

 それが互いに重なった時、重なり、諦観に押し潰されず勇気を奮い起こした時。


 《偽紅鏡グリマー》は《黒点群》となる。


「嫌味な言い方ですが、言わんとしていることは理解出来ますね。わたしの質問の答えにはなってないですけど……いや、ツキヒが《黒点群》だから誘ったということですか?」


「魔人戦を介さず開花するという例は極めて稀です。それが《カナン》では短期間に二組。王は大変興味を持たれたようです」


「興味本位で都市を連れ出さないでほしいんですけど……」


「アサヒの心配は分かるけど、きっとそうでなくてもついてきたんじゃないかな? ツキヒの方も、アサヒが彼女にするのと同じくらい、きみを心配な筈だから」


「それは……そうかもですけど」


「姉妹仲が良好なようでなによりだな。ツキヒも貴様と同じ反応をしていたぞ?」


「そのツキヒはどこなんですか?」


「先に向かっておるのだろうよ。安心するがいい、昇降機前で逢える」


 兄妹とグラヴェル組に誘いがきた理由は、ひとまず分かった。


「あの、ではラブラドライト組はどのような理由で?」


 尋ねると、アークトゥルスは何かを思い出すようにくつくつと笑いだした。


「いやな? 貴様らを訪ねる前にヴィヴィアンと《カナン》観光を楽しんでいた時のことなのだが、売られたのだ」


「売られた?」


「あぁ、三段重ねの氷菓アイスクリームを舐めている時で奴は命拾いしたな。そうでなければぼっこぼこにした後で湖の乙女への手土産にしていたところだ。生贄だ生贄」


 冗談っぽく語るアークトゥルスに、ヴィヴィアンが幾分冷めた声色で口を挟む。


「……の乙女は生贄など求めはしません」


「そうだったか?」


「えぇ、不要ですから」


「そうだったかなぁ」


「アークトゥルス様」


 ヴィヴィアンの視線が鋭くなったあたりで、アークトゥルスは肩を竦めた。


「分かった、分かった。そう、つまり喧嘩を売られたのだ」


 前半はヴィヴィアンに、後半からはヤクモ達に向けて言う。


「察するに、ラブラドライト組にということですか?」


「『あんた只者じゃないな。それにこの都市の人間じゃあない。あぁ《黎明騎士デイブレイカー》か。そのなりからすると《騎士王》だな。暇なら相手してくれないか』ともうそれは無礼でな」


「それは……」


 とてもではないが、初対面の人間にとっていい態度ではない。


「先刻貴様らにやったものより少しばかり強めに脅してやったら、これが面白くてなぁ」


 視線だけでその身が灼かれる錯覚を覚えた。

 そんなアークトゥルスの一瞥を、より強烈にしたものを受けて。


「なんと、笑いおったのだ。くそ生意気だがこれは見所があるぞと思うてな、海のように心が広い余は言ったのだ。『後ならいいよ?』と」


「いや軽いな反応が。たとえもわかりづらいですし」


 アサヒが思わず突っ込む。


 確かに海と言われても、ヤクモにはイメージし辛い。見渡す限りの水たまり、川とは比べ物にならない圧倒的な水。言葉では分かるが、頭の中に思い浮かべるのは難しかった。


 だが確かに、アークトゥルスの心は広いのだろう。

 怒りはするが、許す心を持ち合わせている。


「なるほど、アサヒがツッコミか」


 うむうむとアークトゥルスが納得したように頷いている。

 アサヒはその指摘を無視。


「それで、ラブラドライト組も来ると?」


「うむ」


「彼らも先に行ってるパターンですか? じゃあ急がないと! そんな超無礼者がツキヒと遭遇しているかもしれないじゃないですか!」


「心配性なのだな。遣い手にするように、妹を信頼してはどうだ?」


「信頼と心配は別です。百パーセント安全だと理解していても心配するのが人の情というものなのですよ、王に理解出来るかは分かりませんがっ」


「愛されていると理解していても、時にそれを確かめたくなるようなものか?」


「なんですその乙女チックなたとえ。……まぁ概ねそのような感じです」


「そうか。まぁ安心するがよい。もう着いたゆえ」


 馬車が停止する。

 アサヒが飛び降りるようにして馬車から駆け出した。


 ヤクモはそれを追いかける。

 昇降機前には既に二組が到着していた。


 他にも《アヴァロン》の者と思われる集団と物資が確認出来た。昇降機によって運搬を行っているようだ。


 彼らは二組から距離を置いていた。

 というのも、あまりに殺気立っていたから。


 特にラブラドライト組から放たれる殺気は尋常ではなかった。その場で生まれた怒りではこうはならない。

 もっと長く、醸成された憎悪でもなければ。


「ごちゃごちゃうるさいな。ツキヒはもうオブシディアンじゃないんだって」


「名前を変えようが、血は偽ることが出来ない。穢らわしいオブシディアンの血族が、僕らを見下すんじゃない」


「被害妄想強くない? 四十位を四十位って呼んで何が悪いんだよ。名前呼ぶほど仲良くないし、そもそもきみの名前なんて覚えてないんだけど?」


「……! 大会であたるかもしれない相手さえ把握していないのか。傲慢だな、オブシディアン」


「四十位ってことだけ覚えてれば充分でしょ。いや四十位はもう一組いるけどさ」


「ツキヒ!」


 険悪な二人の会話に、アサヒが駆け寄る。



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