第204話◇四十

 



「えぇと」


 ヤクモは迷う。

 相手側の事情が分からないからだ。


 《アヴァロン》に来いと軽く言うが、都市間の移動は時間も掛かれば危険も多い。

 交流があるくらいだから《エリュシオン》よりは近いのだろうが、それだけだ。

 その点を考慮しないにしても、肝心の理由が不明ときている。


 《エリュシオン》の場合は師の他に都市の奪還による住民の解放という目的があったからこそ向かったのだ。


 ヤクモとアサヒには、大会本戦で優勝するという目的がある。

 《ヴァルハラ》奪還が既に済んでいたということで、残り時間は訓練にあてるつもりでいたのだ。


「何を呆けておる? ここは『ありがたき幸せ!』と叫びながら滂沱ぼうだと涙を流すところだろうに」


「お誘いはあれです、嬉しいんですけど、わたしと兄さんは忙しいんですよね」


「なにぃ? 余の誘いより優先すべきことなどこの地上に存在するとは思えんが?」


 眉を顰めて機嫌の悪さを主張するアークトゥルスだったが、残念ながら幼女なので愛らしいだけだ。


「アークトゥルス様。彼らも、、、また本戦出場者です」


 ヴィヴィアンの言葉に、アークトゥルスは得心がいったとばかりに手を打つ。


「あぁ! そうかそうだったな。であればこそ、貴様らはついてくるべきだぞ? 優勝したいのであればな?」


 ぴく、と兄妹は同時に反応。

 このような冗談を言う程、彼女も暇ではないだろう。


 だから、優勝する為にもついてくるべきだと言うのなら。


「手合わせ願えるのですか?」


 ちりっ。


 ヤクモは一瞬、肌を火で炙られたのかと錯覚した。


 アークトゥルスから放たれた闘気にあてられたのだ。

 表情を消してこちらを見上げたアークトゥルスだったが、即座に好戦的に微笑んだ。


「ふむ。この程度では動じぬか、気に入ったぞ」


 《黎明騎士デイブレイカー》の末席に加えられるかどうかといった少年が、自分と手合わせを望む。それが成立すると考えている。軽々しく口にしたのであれば、許されない傲慢。

 だからアークトゥルスは試したのだろう。


 皮膚を焼く程の覇気を飛ばし、ヤクモがどうなるかを見た。

 結果。ヤクモだけではない、妹のアサヒも怯むことはなかった。

 彼女の反応を見るに、合格ということでいいらしい。


 ――とはいえ……。


 確信する。彼女はただの子供ではない。少なくとも肉体の器と、その身に宿す戦士の精神の成熟度は大きくズレている。


 果てしない時を戦いに費やした英雄の精神が、幼い子供の身体に宿っているような。

 それでいて、これまでの子供らしい口調や感情表現が嘘にも思えない。


 謎めいた人物だ。


「いいだろう、稽古の一つ二つつけるに吝かではない」


「ありがとうございます。ですが、今それを了承されたということは、目的は別にあるということですよね?」


「二つある。が、今説明するのはよそう」


「説明なしについてこいは、ちょっと成立しないのでは? 此処は《カナン》ですよ?」


 アサヒの皮肉に、アークトゥルスは頬を膨らませる。


「むっ。王の威光は都市間の距離も世界を閉ざす闇も容易く越えるのだ」


「わたしには届いてないですけど」


 童女が哀れみの視線を向ける。


「可哀想に……アサヒは目が悪いのだな」


「威光とやらの光量不足では?」


「有り得ぬし! ……いや、有り得ぬことだ」


 咳払いして言い直すアークトゥルス。

 やはり、先程一瞬見せた研ぎ澄まされた戦意と、少女の性格が重なってくれない。


「お二方に問います」


 ヴィヴィアンが口を開いた。


「予定されている訓練によって、強者との実戦に勝る成果が望めるとお考えですか?」


「いえ」


 ヤクモとアサヒは声を揃えて即答する。

 実戦に勝る訓練はない、とまでは言わない。

 実戦に耐えうる実力を身につける為にも、訓練というのは必要だからだ。


 だが訓練や鍛錬にも限界はある。

 兄妹は十年もの間、闇の中で戦い続けたのだ。


 鍛錬は肉体の維持の為、訓練は実戦を想定して行われる。

 それが無意味とは思わない。ヤクモの戦い方は築き上げてきた身体能力と技術を柱に、思考力をもってそれを応用するというもの。


 この応用の部分に、実戦が不可欠。

 想定には限界がある。考えはヤクモの中にしかない。


 だが対戦相手や敵は、ヤクモの外に在る。だから、ヤクモの中にはない攻撃を仕掛けてくることがよくあるのだ。

 より多くの敵を知ることで、ヤクモの『想定の限界』は広がり、それに対応する為の手段を講じることが出来るようになる。


 アークトゥルスの目的が何にせよ、実戦が臨めるなら断る理由が無い。

 魔人戦であろうが、騎士達との模擬戦だろうが。


「訓練と比べるべくもない戦いを保証いたしましょう。――アークトゥルス様」


「ん? ……ぁ! そうだな! 今一度問うぞ! 《アヴァロン》の地を踏む権利はくれてやった。行使するか否か!」


 説明不足で距離感の怪しいアークトゥルスを、ヴィヴィアンがフォローする。この組ではそれが常なのだな、と思わせる。


 兄妹は顔を見合わせた。


「まぁ、わたしは兄さんの行くところに行きますけれど。考えようによっては、他の女性陣に干渉されることもないわけですから悪い話でもないですし」


 後半は聞き流すことにして、ヤクモは頷く。


「『白』やタワーに話は通っているんですよね?」


 二人を見る。


「無論だ! 必要なことは全て済ませておる! ヴィヴィアンがな!」


 アノーソはわざと説明しなかったのか、それともヤクモ達がタワーを去った後で話がきたのか。


「本戦までにはお帰りになれます。ご安心を」


「準備します」


 アークトゥルスは満足そうに頷いた。


「うむ! では中で待たせてもらおう!」


 招き入れるより前に入ってくる。


「あ、一つだけ伺っても?」


「許す」


「先程ヴィヴィアンさんが仰りましたよね。『彼らもまた本戦出場者』と」


「そうだったか?」


 アークトゥルスが見上げると、ヴィヴィアンは小さく顎を引く。


「確かにそう口にしました」


「僕ら以外にも、《アヴァロン》に招かれた訓練生がいるんですね?」


 にぃ、とアークトゥルスが嬉しそうに笑う。


「鋭いな、ヤクモ。聞き逃し一つしないというわけか」


「買いかぶりです」


「謙遜するな。――ヴィヴィアン、答えてやれ」


「はい。《黒曜アンペルフェクティ》並びに《月暈ヘイロー》の二組を招待しております」


「ツキヒ達もっ?」


 アサヒが驚いたような声を上げる。


「《月暈ヘイロー》……」


 その登録名を与えられたのは、ヤクモ組と同じく学内ランク最下位にして大会予選を一位通過で突破したペアのものだった。


 《燈の燿》学舎第四十位ラブラドライト=スワロウテイル。


 ヤクモ組、グラヴェル組、そしてラブラドライト組。

 以上三組は、《騎士王》が守護せし《アヴァロン》に招かれた。




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