第200話◇小さな勇気が目覚める時
アサヒが機嫌を損ねている理由はラピスだけではなかった。
「隊長はトオミネ隊員やアウェイン隊員と個人的にとても親しくしているようですね」
「いいえ、兄さんが親しくしているのはわたしだけです。これは悪い虫です」
「酷いことを言うのね、アサヒ。とても悲しいわ」
「兄さんから離、れ、て、ください!」
ヤクモの右腕に絡んだラピスの肩を、反対側の腕を占拠したアサヒがぐいぐいと押す。ヤクモから離れないでいるので、ラピスをどかすには至らない。
「アサヒは妹で相棒です。ラピスは友人で仲間。妹や友人というのは、個人的なものですよね。親しくしている……と僕は思っているので、質問への答えは『はい』になるかなと」
腕が左右に揺さぶられ、たまに引っ張られる。
そんな中、ヤクモは諦めたような顔をしながらアルマースの質問に答えていた。
「ですが隊長、お二人の隊長へのスキンシップは家族や友人のそれからは逸脱しているように感じますが」
「当然です。あなた一回戦を見てないんですか? 兄さんは観戦者の前で公開告白をしたのです! このわたしに! 初めからアサヒちゃん大勝利は確定しているというのに、何故次から次へとわらわら敵が出てくるんですか! 遺憾の意を表する!」
トルマリン戦でのことだ。武器破壊されあわや敗北という状況に追い詰められた時、ヤクモとアサヒは互いに本音を口にした。
ヤクモは確かに、一目惚れしたと言った。
あれを公開告白と言うのであれば、その通りだ。
とはいえ、掘り返されて羞恥を感じないと言えば嘘になる。ヤクモも少年だ。
「敵なしと自負している割には、余裕のない態度ではないかしら」
「ぐっ……そういう問題ではありません」
「隊長、折り入ってご相談したいことがあるのですが」
アルマースは二人の口論未満の言い合いには関与しない方針らしい。
「なにかな」
ヤクモも応じる。
「ご存知の通り、わたしは隊長と妹君に『光』に来ていただきたく思っています」
「そうだね」
「待って。初耳なのだけれど?」
「兄さんは断りました。それより、その枯れ木みたいな腕と洗濯板みたいな胸を兄さんに押し付けるのはやめてください」
「それ、あなたが言うの?」
「わたしは成長期なので」
「奇遇ね。私もなの」
「そこでわたしは考えました」
まるで二人の声が聞こえていないかのように、アルマースは話を進める。
強いな……とヤクモは思った。
「機密事項をお伝えすることは出来ませんが、それ以外の方法で隊長のご興味を惹くことは出来ないかと。知らないから決められないとのことでしたので」
「うん」
「わたしのことであれば、お教え出来ます」
ぐいっと、躊躇いもなくアルマースが近づいてくる。
顔と顔の距離が縮まった。
目と鼻の先まで。
油断すると吸い込まれて、そのまま落ちていってしまいそうな瞳が、ヤクモを捉えて離さない。
「これからはなんでもお気軽にお訊きください。職務に関すること以外であればお答えしますので」
彼女も全力なのだ。
どうしても太陽を見たい理由があって。同じ熱量を共有できる仲間を求めている。
「今のところは、えぇと、ないかな」
「そう、ですか……」
落ち込むように目を伏せるアルマースだったが、すぐに顔を上げた。
「わたしの方からご質問することを許可願えますか?」
「答えられることなら」
「隊長は先程からお二人の身体的接触にされるがままですが……もしや喜んでおられるとか? であれば不肖アルマース、お手伝いさせていただきますが」
アルマースはすすす、とこちらに手を伸ばす。
「誤解だ」
「そうです。兄さんはわたし以外には興味が無いんです」
ぺちん、と彼女の手を叩き落としながらアサヒが言う。
「前に一緒に寝た時は、そうでもなかったようだけれど」
「そんなことありません。それにあれはあなたが忍び込んだだけでしょうっ!」
ラピスは以前寮室に忍び込んでヤクモの寝ているソファーに入ってきたことがあった。
「忍び込む……なるほどそういった手段が」
「感心しないでくれアルマース」
さすがに三人同時ではツッコミが追いつかない。
戦闘時よりも切り抜けるのが困難な状況に、ヤクモは頭を抱えたくなったが、両腕がふさがっていて出来なかった。
◇
「なぁ、ミヤビ。セリ達はさ……どうなんのかな」
魔人とセリの食料係だった少年・レヴィがこちらを見上げながら言った。
彼の手助けもあってミヤビはセリに出逢い、カエシウスと戦うことが出来たのだ。弟子がくるまで奴を引きつけることが出来たのも、もとを辿ればレヴィのおかげ。
もう一人の恩人と言える少年だ。
「そうさなぁ」
セリだけでなく、作戦終了後に多くの混血が保護された。
当然牢屋暮らしなどはさせていないが、扱いは難しい。
そもそも会話だけでなく日常生活を送るのも困難な者もいる。セリのように五体満足の者は稀だ。
「その、さ……魔人みたいに、その……しねぇよな」
「討伐? いんや、それだけは有り得ねぇよ。てめぇの意志でこっちを殺しに来んなら男も女も人も魔人も関係ねぇが、混血はカエシウスの野郎に操られてたわけだからな」
とはいえ、人と同じように、人に混ざって暮らせるかというと難しい。
ミヤビやレヴィのように、角の有無も魔人の血も気にしない、と考えられる者はきっと少ない。
この都市はセレナ・カエシウスと二体の魔人に支配されていたのだ。角というだけで恐怖や憎悪が蘇る者も多いだろう。
「取り敢えずは、落ち着いた頃に本人の意志を聞くかね」
「聞いたら?」
「あたしは天才だが、万能じゃねぇからな。できることをするさ。できるだけのことを」
「あ、あのさ! ミヤビ」
「あぁ?」
レヴイはもじもじしている。
「言いたいことがあんならハッキリ言え。笑いやしねぇよ。いや、笑えることを言うのか?」
「言わないよ」
「なら、笑わないさ」
ミヤビが乱暴に頭を撫でると、レヴイはくすぐったそうに微笑み、頷いた。
「あの兄ちゃん達いたろ? ミヤビを助けた」
「ヤクモとアサヒか? ……なんだお前、逃げずに盗み見てたのか? いや、まぁいい。それで?」
そもそもミヤビの逃し方も甘かった。想定よりも早くカエシウスに発見されたこともあるが、その所為でレヴイが逃げるだけの時間が稼げず、魔人に襲われてしまったのだという。
そんな彼を助けたのはヤクモ組だ。
今回は終始弟子に尻拭いを任せてしまった。なんとも情けない話だ。
「あの人達さ、魔力なかったよな?」
「だな、あたしと真逆でとんと才能が無い。それがどうした?」
「でも、強かった」
「あぁ、強くなるまで頑張ることをやめなかったんだろうさ」
「おれも」
レヴィの言葉は一度途切れたが、己を奮い立たせるように拳を握り、続きを言葉にする。
「おれも、セリと強くなりたい」
混血は健康体に近い程に性能が低く、逆は高くなる。
だからセリは人間として健康であるがゆえに、武器状態では錆びた大剣なのだ。
魔法のない点を抜き出せば、アサヒと似ていると言えるかもしれない。
確かにそんなセリを《
「セリと決めたんだ。領域守護者になりたい」
悩んだ末に決めたのだろう。
人々を守る存在になれば、混血でも認めてもらえるかもしれない。幼いながらにそう考えたのか。
「あぁ、いいぞ」
否定するのは簡単。諭すのも。
だが、そんなことはしない。
家族を守りたいという少年の意志が、特級魔人の首にまで届いたように。
大好きな女の子が安心して暮らせる世界を求める少年の意志が、世界を照らす一助となるかもしれない。
小さな勇気を、ミヤビは侮らない。
「ほ、ほんとっ?」
「あぁ、だがあたしは厳しい。弱音は吐くな。諦めるな。倒れたら立て。わかったな」
こくこくと何度も頷くレヴイ。
「よし」
と、ミヤビは笑った。
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