第199話◇帰路
帰りの道中。
三組の訓練生とセレナが抜けたことで、行きよりも時間が掛かる計算だった。
長距離の移動に魔法を使い続ける為、集中力が削れていく。交代要員が減れば必然残ったメンバーへの負担が増える。魔力はともかく、そういった問題で休息を挟む必要が出てきた。
セレナの『空間移動』による瞬間的な超長距離移動が無いというのも大きい。
現在はエメラルドが作り出した土塊に隊員が乗り、それをユレーアイトの『風』魔法によって移動していた。
「うぅ……」
嘆くように項垂れるのは、赤紫色の髪をツインテールに結った少女。
『青』の学舎十七位シベラ=インディゴライト。
「トルマリン様を置いて帰らねばならないなんて、辛すぎますわ……」
今にも悲涙を流しそうな落ち込みっぷりだ。
トルマリンの婚約者というのは、少なくとも彼女にとって家同士の約束以上の意味を持っているらしい。
そんな彼女の《
「トルなら大丈夫だよ。彼とマイカはとても強い。師匠やみんなもついているし」
ヤクモが言うと、シベラはぎろりとこちらを睨んだ。
「トル? トルですって? 随分と馴れ馴れしい呼び方でなくて?」
反応するのそこなんだ……と思いつつ、ヤクモは応じる。
「最初はトルマリン先輩って呼んでいたんだけどね」
戦闘中に一々呼ぶには長いこともあり、一度愛称で呼んだことをきっかけにそのままになっていた。
後で快く許可してくれたので、以降はそう呼ぶことにしている。
そのことを説明すると、シベラは悔しそうな顔をする。ぐぬぬとハンカチを噛んだ。
だがすぐに何か閃いたような顔になる。
「羨ま……い、いえ、合理的ですわね?」
「かな」
「わ、わたくしも、と、と……トル、とお呼びしようかしら。だってそうでしょう? 隊長殿がやっていることですもの。えぇ、隊員であるわたくしが倣ったところで何の問題がありましょう」
完全に恋する乙女といった具合のシベラ。
「待つのは修羅場ですね」
アサヒがヤクモにだけ聞こえる声量で呟いた。
「アサヒ……」
「どうしたんですか兄さん。他人事に思えませんか?」
アサヒの声は冷たい。
理由は明白だったが、ヤクモはしばし目を逸した。
「……ねぇ、次変わったげよっか。あたし、『風』も使えるし」
赤と白混じりの髪を指で弄びながら、橙色の瞳に緊張を滲ませながら言ったのは、『赤』の学舎第一位ネイル=サードニクス。
「問題ない」
応えたのはユレーアイト=ジェイド。
『青』の学舎第二位で、コスモクロアの弟。
ジェイドの家系に見られる美しい緑色の毛髪が風に揺れる。同色の瞳はネイルではなく進行方向に向いていた。
「そっか」
「あぁ。だが、心遣いはありがたく受け取っておこう」
「うん……」
なんとなくだが、ネイルのユレーアイトに対する態度は作戦前と後で変わっているように思えた。
ローブ姿達との戦いの最中、ネイルは不覚をとられ壁から滑落してしまった。そこを助けたのがユレーアイトだったと聞く。
そのことが何か関係あるのかもしれない。
「あ、えと、お姉ちゃん残してきて心配? ほら、あそこのうるさいのは婚約者であんなに騒いでるし」
「僕は姉様を知っている。心配が必要な程に弱い方ではない」
「そういうもの? 信用してても、心配はしちゃうものだと思うけど」
「…………」
ユレーアイトは答えない。
「うっ、怒った?」
ネイルが怯えるような声を出すと、ユレーアイトは首を横に振った。
「いや、君の言う通りだ。姉の無事を願ってばかりだし、不安もある」
「そう。そう、だよね」
「ちなみに、気分を害してもいない。むしろ逆だ」
「逆?」
「君のおかげで、自分の子供じみた強がりに気づけた。ありがとう」
ネイルはほっとしたような顔の後、控えめにはにかんだ。
「こっちのセリフ。言い忘れてたけど、ありがと。助けられたし」
「あぁ」
「あ、でも、本戦であたったら手は抜かないから」
「当然だ」
「うん」
微笑ましいような、もどかしいような。そんな気分にさせられる会話だ。
「失態よね。報告書にしっかり記載しておくから」
コース=オブシディアンが、嫌味ったらしくネイルに声を掛けた。
「……サードニクスは単騎で柱の守護にあたっていた」
「あらユレーアイト、庇ってあげるなんて優しいのね」
「事実だ」
「でも、単騎で充分と判断して配置されたのだから、役目を果たせなかった以上は失態だわ」
「隊長殿は最初から不測の事態に備えて僕や姉様を予備戦力として配置したのだ。それが正しく機能しただけだろう」
「私とクリス兄様は完璧に対応したわ。やはり五色大家で最も優秀なのはオブシディアンね。ジェイドはたかが予備戦力、サードニクスは無能で、インディゴライトは最後の最後に少し動いただけ。パパラチアに至っては作戦に不参加ときてる。程度が知れるというものだわ」
五色大家同士の仲は複雑だ。
コースとしては、ライバルというより敵という認識なのかもしれない。
「一応、わたしはパパラチアに縁を持つ者だけれど」
「……あぁ、ラピスラズリ。はっ、笑わせないで頂戴。家名を名乗ることさえ許されない婚外子は数の内に入らないわよ。まぁでも、あなたがロータスを負かしたおかげであいつの評価は下がったわけだから、その点は感謝してるわ。醜い内輪揉めをどうもありがとう」
絶妙なタイミングだった。
あと一瞬遅ければ、ヤクモが割って入っただろう。今の言葉を取り消せと。
「コース」
クリストバルの一声。それだけでコースは硬直する。
「っ」
「次に私が許可するまで、黙っていろ」
「――――」
こくこくと頷いたコースを一瞥して、クリストバルは再び沈黙に戻る。
彼の言葉がそこで終わりと見て、ユレーアイトが声を上げた。
「それだけか? 窘めるだけでなく、謝罪を促すくらいはしたらどうだ」
「オブシディアン家の者に相応しくない言葉選びではあったが、それだけだ」
「それだけ?」
「貴様に謝罪すべきことがあるようには思わんが」
「謝罪すべきは僕にではない」
「失態も婚外子も事実だ。オブシディアン家の品位を貶める妹の発言には恥じ入るばかりだが、内容に虚偽や誤りは含まれていないように思うが?」
「正気か?」
「友人に心無い言葉を投げかけられれば、誰でも憤りを覚えるものだよ」
責めるようなユレーアイトと、静かな怒りを滲ませるヤクモ。
「そうか」
クリストバルは、それだけしか言わなかった。
コースは何か言いたげな顔をしていたが、兄の言いつけ通り黙っている。
「あたしは別に、大丈夫だから」
「わたしも、ネイルに同意だわ。代わりに怒ってくれたのはもちろん、とても嬉しく思うけれどね」
ネイルとラピスがそう言うので、二人も引き下がる他無い。
「……ちょっとラピスさん。どさくさに紛れて兄さんに身を寄せないでください」
「この空気で指摘するとは、さすがアサヒね」
「どんな空気でも兄さんに近づく女は敵です」
「行きは魔人が大きな顔で横を陣取っていたでしょう? これでも我慢していたのよ。婚約者なのだからこれくらいはいいでしょう」
「……婚約してないよ」
「破棄するつもり?」
「約束してもないからね?」
不穏な空気が流れかけたが、結局うやむやになった。
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