第124話◇屈辱
あと一振り。
魔力防壁はユークレースが切り裂いてくれた。
魔法は仲間が防ぎ、セレナ自身はラピスが氷結で留めておいてくれた。
空間移動で逃げないことを見るに、出来ないのだろう。
腰だめからの一閃が、左から右に弧を描くようにして放たれる。
「――――」
魔力量や出力などは個人の資質に依るところが大きい。
だが一つ、才能で変えられないものがある。
魔力の展開速度だ。
例えば、トルマリン戦。
彼は魔力防壁を一度展開してから、それを広げるようにしていた。
セレナの雷撃も、黒い槍も、他の者達の魔法にしてもそうだ。
ロータスの視覚を利用した爆破魔法は遠隔魔法に分類されるが、あれは見た場所に魔力を向かわせ、爆発させている。
魔法を自分の周囲に展開させてから用いることが多いのは、その方が早いからなのだ。
魔力の速度は変えられないが、魔法によって『別の形』にすることで、その形に引きずられた性能を得ることが出来る。
雷撃を手元から送るのは、手元に魔法を作るのが最も早い手段だから。
遠隔魔法は、まず魔力をその地点に送り、そこから魔法という形にしなければならない。
魔力炉は自分の体内。
だからこそ、まず魔法として具現化し、そこから操るというのが基本形となる。
セレナにはもう、魔法を外部に出すだけの時間的余裕は無い。
魔法を形成するだけの思考速度はあるだろうが、それによって短縮できるのは発動速度だ。
発動までにかかる、魔力の展開速度はいかに魔人とて変えられない。
最早体外に魔力を展開する猶予は無い。
与えやしない。
白き刃が彼女の首へと奔り――。
『後退』
妹の言葉に驚くことはしない。その時間は無駄だ。
長い年月の中で、二人の信頼関係はそのレベルに達していた。
だからヤクモは斬撃に急制動を駆け、その反動を即座に伝達・変換することで後方へ跳ねる。
『白亜』
同時に赫焉の粒子を、長方形の盾として前方に展開。近くに立っているユークレースの眼前にも。
瞬間、
――自爆ッ!
確かに、その手があった。
これならば魔力の展開速度は関係ない。
魔力炉は体内にあり、魔力は体中を巡る。
体内に魔法を起こせば魔力の『移動』は必要ない。
魔力防壁が間に合わない状況でも魔力強化や再生魔法は叶う理由でもある。
思考速度と魔力さえあれば、確かに自爆という手段が残る。
妹はそれに思い至り、魔人らしからぬ行動も平気で行うセレナならばやると確信したのだろう。
あるいは疲弊しきったヤクモには感じ取れなかった何かを察知したのか。
どちらにしろ、妹の判断のおかげでヤクモは命を拾った。
爆風、熱、飛散するセレナの身体などを白亜が防いでくれた。
唖然とする仲間達。
一瞬だけではあるが、仲間達より先んじて爆発に気づいた兄妹は、思考も一瞬先に到達していた。
『兄さん』
「分かっているよ」
これは自爆ではあっても自殺ではない。
そう、同じく思考と魔力だけで組める魔法がまだある。
クリードとは違い、彼女は満足を得る戦いではなく、あくまで生き残ることを優先した。
であれば、魔力の使い途は――。
ある、肉の一片からそれは始まった。
ぐじゅぐじゅと、脈打つ肉片は次第に膨れ上がり、すぐにある姿になる。
魔人・セレナの姿に。
一糸まとわぬ魔人の少女は、最早ヤクモ達をペット候補や邪魔者としては見ていなかった。
明確に、敵として見ていた。
『違います、兄さん。それだけではなく、兄さんの身体が』
それも分かっている。
最早立っているのもやっとだった。
首を断つという行為があと一回という状態で、無理にそれを急停止し、活かしたとはいえ反動をその身に受けて強引に跳ねたのだ。
身体に力が入らない。膝から崩れそうなのを、気合い一つで堪えている状態。
とてもではないが、もう一合など望めない。
それでも。
ヤクモは刀を構える。
そうだ。何があと一振りだ。
決めていたではないか。
幾億の剣戟が必要なのだとしても、構うものかと。
自分達は、明けぬ夜を明かすのだから。
『………………白靭』
いかなる葛藤があったことだろう、妹は兄の想いを汲んでくれた。
白銀の筋繊維を展開、本来の用途は純粋な強化だが、理屈の上では補強にもなる。
身体の側が動かないなら、意志で動かせる赫焉に移動の補助を任せればいい。
なにより、自分には仲間達がいる。
「セレナ様!」
突如、新たな魔人がセレナの隣に出現した。
――空間移動遣い!?
主の戦いを見て、助けに来たのか。
セレナは今回、部下を複数連れてきていたようだった。壁の穴を開けた者の一人か、はたまた別の役目を担っていた者なのか。
とにかく、このままでは彼女を連れて逃げてしまう。
今の彼女は事前に組まれた魔法通りに再生しただけの存在。
肉体は元通りだが、肉体だけなのだ。魔力が無い。
ミヤビの炎によって、新たに魔力を作ることも出来ない。
この瞬間ならば討伐出来る。
この機を逃すわけにはいかない。
その場にいた人間全員が考えを同じくし、動き出そうとしたのとほぼ同時。
「いいところに来たね」
「はっ、主の危機と知――り、ぃ!?」
セレナの腕が、魔人の魔力炉を貫通していた。
「でもダメだよ。こんな恥ずかしいところ見られたら、生かしておけないじゃん」
そして首をもがれる。
配下の魔人は、死のその時まで主の真意を理解出来なかっただろう。
自分を心配してきた者にさえ、この仕打ち。
ヤクモも仲間たちも唖然としていた。
魔人は殺した相手の魔力炉分、成長する。
空間移動の遣い手を殺した分、彼女はその力を得たのだ。
魔力まで含めて。
それでも、共に逃げれば良かった。それで充分だった。
彼女にとっては、それがどうしようもなく耐え難いことだったのだろう。
部下の血で肌を彩った少女が、こちらを向く。
彼女の言う恥ずかしいところを見た人間達に向け、微笑む。
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