第123話◇戮力
トオミネ兄妹とグラヴェルペアが到着したのと、模擬太陽再点火と誤認する程の輝きが重なったのは偶然だった。
世界は稀にだが、こういった幸運をくれる。
驚くこともなく、二組の訓練生は魔人の首を断つ。
どちらも以前仲間と討伐した壮年の魔人に劣らぬ遣い手だと、佇まいから分かった。
だが、彼らは天上の輝きに相当の衝撃を受けているようだった。
真後ろに迫る戦士に気付かぬ程に。
とても単純で、だが見落としてしまいがちなこと。
どれだけ強くとも、時に一瞬の判断ミスで命を落とすのが戦い。
ましてや魔人からすれば此処は敵地。
驚愕によってだろうと、隙きを見せるべきではなかった。
ヤクモの身体が悲鳴を上げる。
此処に来るまでにかなりマシになったとはいえ、まだ半死人には変わりない。
その状態で平時のパフォーマンスを発揮しようとすれば、体中が拒否反応を示すのは当然。
『……今回ばかりは、師の存在に感謝すべきですね』
普段は毛嫌いしているミヤビのことを、アサヒは真面目な声で肯定した。
模擬太陽の再点火の正体はミヤビの魔法であると、兄妹は気づいていた。
師のおかげで家族を救えたとあっては、さしもの妹も悪態は出てこないのかもしれない。
今の場合、ヤクモの負担が減ったことも大いに影響しているのだろうが。
「あはは」
セレナが笑っている。
ピンク色の髪をした、可愛らしい容姿の魔人。
彼女はどこか別の場所に意識を向けるように視線を逸し、一瞬、怪訝そうな顔をした。
「ねぇ、クリードくんに逢ったのってヤクモくんだったりするのかな?」
ヤクモは魔力炉性能が低い。
特級指定魔人と言えど探知は困難を極める。
執着を見せた割には、彼女が直接ヤクモの前に飛んでこなかったのもそれが理由かもしれない。
場所が分からなかったから、来れなかったという理屈。
だからクリードの死を確認することは出来ても、それがヤクモかは確信が持てない。
しかし、莫大な魔力のぶつかり合い――ミヤビ組や高魔力の領域守護者との戦い――であれば気づけただろう。
そんな魔力の反応もなく、ただクリードが死んだ。
そしてボロボロのヤクモ。
今まさに部下の首が断ち切られた剣の冴え。
隣のグラヴェルは小奇麗な恰好のまま。
ヤクモ組との戦いの果てにクリードが死んだと考えるのも、そうおかしくはないのか。
ヤクモは浅く呼気を漏らす。
『……あと一振りが限界です。お気をつけて』
妹の静かで力強い忠告。
限界などとうに超えている。
だが。
「夜雲ちゃん……」「夜雲、朝陽」「こんなボロボロになって……」
家族が不安そうに、心配げにこちらを見ている。
逃げることなど、出来るわけが無かった。
どうせ、相手もそれを許しはしないだろう。
ぐっと柄を握る。
「あぁ、僕らが討伐した」
「――――ふ」
彼女はなんとか笑おうとして、失敗した。
唇がどの感情を象ればいいか困惑するかのごとく、不安定に揺れ動いている。
「単騎で? クリードくんを?」
「次はきみだ」
セレナから表情が消えた。
「大口を叩くものだねぇ、一皮剥けた男の子って感じで可愛いよ。でもそういうの、同じくらいに滑稽。一度の成功体験で、その後も全部上手く行くだなんて勘違いしてる感じが、さ」
ヤクモにも分かる。
模擬太陽の稼働に使われる筈の魔力は奪われたのだ。
そしてそれを今、セレナが所有している。
だがミヤビの太陽を模した炎によって、魔力炉の機能は停止に追い込まれた。
更には視界も白く灼かれている筈。
彼女は今、ヤクモ戦のクリードと同じ状態なのだ。
魔力石による強化はあれど、こちらはルナ達とヘリオドールペアがいる。
同時に、守るべき家族を数多く背中に抱えているわけだが……。
「あのさ、状況を理解しなよ。きみは今、まさしく絶体絶命の孤立無援なわけ。分かるかなぁ? ルナが教えてあげようか? 滑稽なのは――きみの方だ」
「ブスには話しかけてないんだけど?」
ルナは挑発的に笑う。
「どうでもいいけど、また逃げるなら今度は先に言ってよね」
セレナの怒りに、おそらく火が点いた。
「――――決めた」
黒い槍が無数に展開される。
幾本かはヘリオドールペアに向かう。
残りは兄妹とルナ達ではなく――家族に向かって放たれた。
ヘリオドールを狙うことで彼を自身の防御に徹しさせ、兄妹の家族を守れなくした。
更に、ルナには雷撃が迫る。
「格好つけた言葉を吐いた直後に家族を殺された時の、きみの顔が見たいな」
『この女……ッ』
セレナはクリードとは違った。
戦士としての矜持が無い。
前回の逃走という選択からして、魔人らしからぬ行為だった。
ミヤビが取り逃がしたのもその為だろう。想定外だったのだ。
魔人は殺し合いに身を投じる、殺し合いに応じる。
だから、なけなしの魔力で逃げるということをしない。普通は。
セレナは若い世代だからか、そのような魔人的な思考に染まっていないようだ。
それはつまり、彼がやらなかったことでも平気でやるということ。
確かに有効な手だった。
瞬間を駆け抜ける雷撃へ対応する為には、ルナとて自分で手一杯になる。
今この瞬間、家族を守る手段が無いのだ。
セレナの言っていた通り、ヤクモは家族を失う。
――この場にいる戦力が、セレナの勘定通りならば、だが。
「目の前の敵に集中してくれ」
声。
初めてネフレンと戦った時も、似たようなことを言ってくれたなと思い出す。
その時同様に、ヤクモは不安を捨てて駆け出す。
「な――」
黒い槍は全て、個々に対応して展開されたタイル状の魔力防壁を貫き、効力を発揮し終えた。
「ショット!」
砕ける。
セレナの持っていた魔力石が。
『必中』の弾丸に撃ち抜かれたのだ。
ヤクモはセレナとの距離を詰める。
セレナは後退しようとし――失敗。
「今回は仲間はずれにされずに済んだようね」
下半身から急速に、身体が氷結していた。
此処へくる途中、見かけた伝達員に伝言を頼んだのだ。
生存の報告と、タワーへ向かうというメッセージ。
極短い時間で、彼らは駆けつけてくれた。
各々やるべきこともあっただろうに。迷わず駆け出さなければ間に合わなかっただろう。
そうしてくれたのだ。
それでも。
セレナの行動は迅速。
即座に魔力防壁を展開し――それが一瞬で断ち切られる。
「迅雷はあなたの専売特許ではないようだ、魔人のお嬢さん」
雷槌のごとき疾走抜刀術が魔力防壁を切り裂いたのだ。
トルマリン、スペキュライト、ラピス、ユークレース。
会長とコスモクロアは来れなかったようだが、これだけの仲間が助けてくれた。
『兄さん』
あと一振り?
分かっている。
「充分だ」
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