第119話◇渋々
「じっとしてろ、だって?」
「聞こえてたなら聞き返さないでくれるかな?」
ルナはうんざりした様子で言う。
確かにヤクモは彼女に借りがある。
彼女のおかげでイルミナは治り、ラピスペアは試合に出ることが出来、その勝利によってヤクモはアサヒを失わずに済んだ。
今回ヤクモを止めるのもその為だろう。
認めないだろうが、彼女は姉を大事に思っている。
ヤクモが死ねばアサヒが一人になる。
ヤクモ以外の遣い手ではアサヒを《黒点群》として発動することが出来ない。
最初の方は組もうと考える者もいるかもしれないが、すぐにいなくなってしまうだろう。
アサヒは素晴らしい武器だ。赫焉の粒子など無くても。
だが、誰もがヤクモのように考えるわけではない。
ルナもおそらく、直接的に姉を引き取ろうとはしないだろう。
それが出来るなら、とうに取り戻している筈だからだ。
つまり、ヤクモが死ねばアサヒは壁の外へ逆戻り。
仲間かミヤビが扶けとなってくれるかもしれないが、とてもではないが最善とはいえない。
姉の為にも、ヤクモには生きていて貰わなければ困るのだろう。
その姉妹愛に、いつもなら微笑んでいるところ。
今はそうはいかない。
「悪いけど、承服出来ない」
「ヤマトの人間は自分の言葉に責任も持てないわけ?」
「好きに言えばいい」
通さねばならない義理はある。
ヤマトの人間はそれを重んじるが、ヤクモにはより重要なものがあった。
家族の命より優先すべきものはない。
「力づくで這いつくばらせて上げてもいいんだけど?」
「構わないけど、今雪色夜切の武器化が解けると、僕は死ぬらしい」
「…………」
ヤクモの身体を見て、それからアンバーの表情を見たルナは事実だと判断したのだろう、表情を歪めた。
ヤクモを止めたい。
しかし言葉では止まらない。
無理に止めようとし万が一にも意識を落としてしまえば結局ヤクモは死ぬ。
ヤクモを生かしたまま止める術は無い。
「自分の命を人質にするわけ」
「邪魔されたくないだけだよ」
「邪魔って、なんのかな?」
「家族がタワーに向かったんだ」
「安否確認? 他のやつに任せときなよ」
「その言葉、きみに返すよ」
彼女自身、他の者ではなく自分でアサヒの無事を確認しに来た。
ヤクモの気持ちが分からないとは言わせない。
「あのさ、タワーには前に殺し損ねた魔人がいるんだよ」
「だから?」
「……どうやったか知らないけど、特級を倒したのは認めてあげる。けど、その状態で二度目があるだなんて妄想する程、馬鹿じゃないよね」
「危険だからって家族を見捨てられる程、賢くない」
ぎり、とルナが歯を軋ませた。
「なにそれ、皮肉のつもりなの」
「そこまで暇じゃない」
「ルナだって暇なんかじゃない!」
彼女はキッとヤクモを睨みつけた。
唇を噛み、くしゃりと髪を掻き乱す。
「あーもうっ! きみほんとむかつく!」
そう言いながらも、彼女が一歩横にずれた。
ヤクモはそのまま歩みを進める。
「なっ、だ、だめですっ!」
黙って会話を聞いていたアンバーだったが、ルナがヤクモを通したことで慌てる。
「生きているだけで不思議な状態なのに、激しい運動なんてさせられません! ましてや特級指定との戦闘なんて自殺行為です!」
「あぁ、きみか。いいよ、ルナと交代しよ」
「こ、こうたい……?」
ルナがヤクモの隣を歩く。
「完全にして完璧なルナが、治癒魔法くらい使えないわけないじゃん」
ルナは治癒魔法まで使えるようだった。
「きみのことなんてどうでもいいけど、死なれたら大会で潰せないじゃん。ここまでむかつく相手なんだ、勝手に死なれて終わりなんてつまんないよ。だから、手伝ってあげる」
傷がじくじくと痛みだす。じゅくじゅく、だろうか。肉が再生している気配があった。
「……オブシディアンさん? 治癒力を加速させ過ぎです! それでは体力が保ちませんし、寿命を縮めてしまいますよ!?」
「今死なれるよりいいでしょ」
ルナはあっさりと言った。
絶句するアンバーを置いて、二人は駆け出す。
――後で謝らないと。
心配してくれたのに、蔑ろにしてしまった。
「あぁ、きみは安心していいよ、意識だけは繋いであげる。どれだけ疲れても、苦しくても、痛くても、気絶なんて出来ないから。体力も寿命も保証しない。ただ、起きたまま治してあげる」
彼女は嫌がらせのつもりで言ったのだろう。
『……っ』
妹は苦しげに声を詰まらせた。
「……ありがとう。また借りが出来てしまったね」
だが、ヤクモには感謝しかなかった。
「はぁ? きみどっかおかしいんじゃないの? ってゆーか、返さないなら借りも何もないし」
「違う形で必ず返すよ」
「嘘つき夜鴉なんて信じないよ」
一歩ごとに激痛が走る。
神経を灼かれるような痛み、全身に罅が入るような違和感。
それでも、ヤクモは徐々に加速した。
身体が治っても、体力が尽きてしまえば動けなくなる。
身体の状態と残りの体力を見極めて動かねば。
ルナもそのあたりは承知の上だろう。
「……群れと合流出来たら逃げていいから。今のきみ、どう見ても足手まといだし」
ぼそりと呟くルナ。
事情は分からない。アサヒさえ心当たりがないようだ。
この少女が姉に抱く複雑な感情の正体を、兄妹は知らない。
それでも分かる。
「きみは、とても嫌な人だけれど」
「は?」
「同じくらい、優しいんだね」
「はぁ!?」
傲慢で、平然と他者を見下す強者という側面と。
姉の安否を気にかけ、危険地にも迷わず飛び込む妹という側面。
両方を併せ持っている。
好ましい相手ではないのに、嫌いにもなれない。
不思議な少女だった。
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