第120話◇強化




 タワーを襲撃したセレナは最も厄介な敵である女サムライを追い払うことに成功。

 燃やされた身体が灰と消えるより前に再生し、ヘリオドールを見据えた。

 室内にうじゃうじゃいた他の人間を階下に逃がす手際は見事なものだ。


「安心していいよ。最優先がサムライくんになっただけで、きみたちも欲しいと思ってるからね」


「不快極まる」


「そう照れないでよ、可愛いなぁ」


 ヘリオドールは応えず動いた。


「どーしたの? 随分と熱烈なアプローチだね。可愛いけど、粗相はよくないよ」


 ヘリオドールは一足で距離を詰めると手にした剣を振るったのだ。

 前回は違った。


 己の土魔法に絶対の自信があるのか、距離をとって戦っていた。

 《|黎明騎士(デイブレイカー)》ともなれば、その戦い方でも魔人に通じるのだろう。


 ただ、セレナには『貫通確定』の魔法があった。

 それを付与した槍の投擲は、彼の優位性を一瞬で崩したのだ。

 事実、ヘリオドールは二度とも槍を避けられなかった。


 相性の問題か、彼と組んだサムライの少年は回避していたが。


 通じなかった戦法を捨てる。

 合理的だ。

 だが、人はそう簡単に出来ていない。


 セレナの体感では、プライドなのか己を変えられない者ばかり。

 柔軟性が決定的に欠如している者はうんざりするくらいに多い。


 しかしさすがは《|黎明騎士(デイブレイカー)》といったところか、彼は己をここまでの格に押し上げた自慢の戦い方を捨てられるらしい。


「なんていうんだっけ、付け焼き刃?」


 ヘリオドールの太刀筋は速いが、それだけだ。

 実戦に堪える剣の腕ではあるが、そこまでだ。

 自分は特級。


 そして、自分はサムライの刀捌きを知っている。

 この程度なら、対応出来る。

 軌道上に盾状の魔力防壁を展開。

 身体が吹き飛んだ。


「――っ」


 部屋のガラス窓を突き破り、空中に投げ出される。

 剣は確かに防いだ。

 だが本命は別にあったのだ。


 彼の足元から土の柱が突き出たのだ。


「その慢心は、治っていないようだな」


 衝撃を殺すように身体を回転、空中に足を下ろす。

 空中を足場とする魔法も、セレナは持っていた。


「……それ、驕り高ぶるって意味だよね? セレナのこれは、余裕って言うんだよ」


「それが慢心だと言っている」


「なら、魔人は慢心すべきだ。だってそうでもしないと、きみたちと戦いを演じることが出来ないからさ」


 何の枷も課さずに戦えば、人間に負ける魔人の数はぐっと減るだろう。

 大抵はくだらない制限を設けたことがきっかけで命を落とす。

 だがそれも仕方のないことなのだ。


 それくらい手を抜かなければ戦いは成立せず、魔人はそうでもして戦いを演出しないと退屈で死んでしまいそうになる。


「ならば先日の逃走も演技か?」


「ふふふ」


 ヘリオドールは一瞬で逆鱗に触れた。

 あれは自分が生を受けてから最大の汚点。

 あってはならない出来事。


「貴様がミヤビを遠ざけた行為は、慢心などではないだろう。あれは――恐怖だ」


「お仕置き、必要みたいだねぇ」


 漆黒の槍を出現させる。

 手に握り、彼に放った。


「死なないけど、死んだほうがマシなくらい痛いよ。知ってるだろうけど、さ」


「生憎だが、わたしは人間だ」


「知ってるよ」


「分かっていないな」


 槍はヘリオドールには反応できない速度の筈だ。

 だが、黒槍は彼の身体ではなく、その前方に展開された土壁に刺さっていた。


「人間は学習する。何故ならば、そうでもしなければ世界に適応出来ないからだ」


「…………」


「この場合は、貴様にな」


「かっこういいねぇ。成長して偉いねぇ。でも、どうやって戦うの?」


 彼は宙を歩けない。


「こうしてだ」


 至極簡単な話。

 彼はタワーを再構成し、道を作った。

 本来ならばすぐに崩れ落ちるだろう、世界の理に反した橋が掛かる。

 その上を駆ける。


「あぁ……似たことを前にしてたね」


 地面を塔のように高くし、サムライの少年を空へ運んでいた。

 それと同じ要領でタワーを解体し、道へと変えているのだ。


 器用さは認めるが、これでは自分の進路を伝えているようなもの。

 セレナは少し考え、ある反応に気づく。


 空間移動で地面に下りる。ヘリオドールを無視する形だ。


 二体の魔人がいた。

 どちらもセレナの部下だ。

 どちらも男で、整った容姿をしている。


 片方は高純度の魔力石を抱え、片方がヤマトの老婆の首根っこを掴んでいる。少し後ろには他にもヤマトがいた。どれも老人ばかりで、セレナの趣味には合わない。


 ヘリオドールが下りてくる前に魔力石を受け取る。模擬太陽の稼働に使われる筈だった膨大な魔力が収まっている石だ。


 これによって、セレナは更に強化される。

 それこそ、次はミヤビにも遅れをとらない。


「ありがと。で、そっちは?」


「はっ、セレナ様が『青』なる人間どもより聞き出した、ヤマトのサムライの件ですが」


「あぁ、確か――ヤクモくん、だよね」


 壁の縁にいた青の連中は全員空間移動で空に投げ出したが、その前に幾人から話を聞いたのだ。

 ヤマトの少年サムライの話を。


「老いた夜鴉の共同体を救う為に戦っていると、そう聞きました」


「みたいだね。仲間思いのヤマトらしいよ。死にかけの人間の世話をするなんて、ちょっと理解出来ないけど」


「人類領域において壁内で活動する夜鴉は珍しい存在です。事実、この老人共は例のサムライの名を口にしました」


「あぁ、じゃあヤクモくんのカゾクなわけか。いいね」


 使えるかもしれない。



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