第115話◇責任
首が飛ぶ。
クリードには先んじて再生の魔法を組むだけの余裕は無かった。
その分まで防壁に注いだのだ。
篝火を解く。正確にはアサヒの魂の魔力炉接続を。
『……にい、さん。兄さん!』
妹の声が。
聞こえて。
でも、遠い。
途端。
怒濤の如く迫った。
割れるような頭痛、吐き気、全身の激痛に、呼吸が詰まるような苦しみ、滂沱と流れる涙と洟。
堰き止めていた全てが、決壊してヤクモを襲ったのだ。
『発動を解かないでください! 白縫が解けたら死んでしまいます!』
見れば、全身が白い糸だらけだった。これが抜ければ、ただちに出血で死んでしまうだろう。
首を刎ねるまでの攻防はとても短く感じられたが、ヤクモの認識以上の戦いが起こっていたらしい。あるいは記憶が混濁しているのか。
立っていられない。
戦闘中に在ったどこまでも見通せるような感覚は、既に消失していた。
今は、視界さえ歪んでいる。
どこを見ても真っ暗闇の筈なのに、その闇が歪んでいる感覚があった。
いや、ぽつぽつと光が上がっている。都市中の光魔法持ちが懸命に灯りを掲げている。
だから、真の暗闇では無かった。
ヤクモはボロボロの身体を引きずるようにして、這いずる。
『兄さん、何をやっているんですか! ダメです! 動かないで!』
悲痛な叫び。
自分だってまだ苦しいだろうに、妹はヤクモを心配してくれている。
でも、行かないと。
これ以上泥に塗れさせるわけにはいかないのだ。
どこだ。どこだった。どこにある。どこに落ちた。
必死に探す。
やがて。
胴体を見つける。
ならば近い筈だ。
飛ばされた方向は覚えている。
見つけた。
近いのに、遠い。
生きているのが不思議な状態で、それでもヤクモは止まらない。
止まれない。
少しずつ、身体を引きずって近づく。
丸い、人の頭部。
父の顔。
どこか満足げにも見える。
改めて突きつけられる父の死。
『…………兄さん』
ヤクモはそれを抱え、泥を拭い、報告した。
声を出すのに随分苦労したが、構わなかった。
「……勝ったよ」
返事は無い。
「父さんのおかげだ」
返事は無い。
「僕が、言ったからかな。父親の責任を、果たせなかったとか、言ったから、あんなことを?」
返事は無い。
「だとしたら、僕の所為だね」
直前の会話が無ければ、父は死なずに済んだかもしれない。
『それは違いますよ、兄さん』
「違わないよ、アサヒ」
『兄さんが言ったのではないですか。この結果は兄さんの『所為』ではなく、コウマさんの『おかげ』です。そう捉えるべきなんです』
「だけど、あの時僕が余計なことを言わなければ、父は死ななかった」
その可能性が、頭から離れない。
『兄さんらしくありませんね』
珍しく、妹は静かに怒った。
「……僕らしくない?」
『あなたの父親は、言葉の一つ二つで重要な行動を変えるんですか? 何か別の形で会話を終えていれば、気持ちよく逃げていたとでも? 本気でそう思うんですか?』
「――――」
『だとしたら、夜雲くん。それは侮辱になってしまうよ』
妹の言う通りだった。
分かっている。分かっていた。本当はずっと。
でも、悲しすぎるではないか。
「アサヒが正しいよ。だけど、それじゃあ、僕らはなんなんだ」
ヤマトの村落には、若い男女もいた。
でも若い男達は女子供と老人を守る為に死んだ。
若い女たちは子供と老人を守る為に死んだ。
子供はヤクモとアサヒだけとなり、その二人は戦う術を得た。
でも、それからの日々でも被害がゼロだったわけではない。
魔物に食われ、病に侵され、天命を全うし、家族の数はどんどん減っていった。
そしてある日、壁の中へ行く手段を示された。
仲間を得て、魔人との戦いを経験した。この時の勝利は、事前に投入された領域守護者らの死があったことで心構えが出来たからというのが大きい。その光景から既存の戦略は通じないと判断出来たのだ。
そして、今回。
もう、ヤクモ自身理解していた。
自分の成長の裏には、喪失が付き纏っている。
色んな人が死んで、ヤクモ達は強くなって。
それで? それでどうなるというのだ。
『わたしは、刀だよ。夜雲くん、わたしはきみだけの刀だ』
「アサヒ、僕が言いたいのは」
『ううん、こういうことだよ。失われた命は帰らないんだ。わたし達を此処に留める為に消えていった人達は、もう戻らない』
「…………」
『でも、その価値は変えられるよ』
「価値? 命の価値が、変わる?」
『無価値な
無価値な夜鴉を生かそうとした、無価値な死の連なりか。
世界に太陽を取り戻した剣士を生かそうとした、英雄達の偉業か。
変わるのだ。失われた命の価値は、生きている者達の行動で変えられるのだ。
瞬間、ヤクモは決意した。
いや、揺らいでいたそれを確固たるものとした。
今生きている家族を幸福にしたいのは変わらない。
だが同時に、かつて生きていた家族に報いたいという思いも変わらないのだ。
そしてヤクモ達なら、それが出来る。
『ねぇ、ヤクモくん。わたし達は何かな?』
身体の一部を削り取られるような喪失は、二度と味わいたくない。
その為にも強くなる。
それだけではなく、既に失われた一部達の為にも勝つのだ。
思い出す。
ある条件と、今自分達が勝った相手を。
「僕らは――《|黎明騎士(デイブレイカー)》だ」
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