第109話◇絶望

 



 穴が空いたのは東方面。

 そして、西方面もだった。


 違う。少し遅れてではあるが、四方に一つずつ、魔獣が充分に通れるだけの穴が開けられていた。

 魔力から察するに、東がクリード、それ以外がセレナによるものだろう。


 空間移動を用いたのだ。

 前回の遊びとは違う。

 これは攻城戦、あるいは殲滅戦だ。


 タワーにいたミヤビは即座に判断を迫られた。


 ――夕刻とはいえ、日中の襲撃だと? 理由はあるのか、ないのか。

 ――東にゃあ、ヤクモの家族がいる。んでもって、あいつらも寄るって話だった。

 ――まずいな。特級相手に、家族を守りながら敵うわけがねぇ。


「姉さん」


 急かすようなチヨの声。


「わぁってる。ふちの『青』共は何してやがんだ!」


 ミヤビ達はまだ会議室にいた。

 伝達員が駆け込んできて、会議室にいた者に耳打ちする。

 報告を受けた者が、わけがわからないといった顔で、それでも叫んだ。


「今報告が入りました! タワー頂上から望遠したところ……《蒼の翼》正規隊員は――一名も確認、、、、、出来なかった、、、、、、とのことです」


 タワー頂上には壁の縁を見渡せる望遠エリアがあった。

 誰も立っていなかったという。

 誰一人。


「……あぁ、クソ」


 弟子がいたら、言葉が汚いですよと窘めただろうか。

 その言葉も、判断を誤ればもう聞けなくなる。


「ミヤビ、どういうことだ。貴様は蒼の消失に見当がつくというのか」 


 ヘリオドールの声に、ミヤビは応える。



「お前さんも想像がつく筈だ。ただ殺したんじゃねぇ、あの女――」



「翼を名乗るくらいだから飛べるのかなぁって思ってぇ、みぃんな落としてみたの」


 会議室の中に。

 ピンク色の髪をした、少女の魔人・セレナがいた。


 蒼の職員を一人残らず、壁の外へと落としたと言い放った。

 いきなり現れ、セレナは笑いながらそう言った。


 生きている者もいるだろうが、昇降機は上がった状態だ。戻って来るには空を飛ぶか魔人の開けた穴をくぐるしかないが、そもそも外には魔獣の群れがいるだろう。


「やっほー、セレナだよぅ」


 会議室の空気が凍る中、動けたのは二組。


 ミヤビ組が魔人の首を刎ねようと動き、ヘリオドール組は床材を操作し室内の者達を階下へと落として逃がす。


 魔人の首へと振るわれた千夜斬獲・日輪は空振った。

 セレナの姿が掻き消えたのだ。


「ミヤビ――」


「わぁってらッ!」


 ヘリオドールの言葉よりも速く、ミヤビは行動していた。


 背後の空間を紅焔で焼き尽くしながら、振り向きざまに一閃。

 次の瞬間――ミヤビは空中にいた。


「あ!?」


『……あの魔人、燃やされながらも姉さんの腰に触れていました』


 セレナはミヤビの背後に回り、それを読んだミヤビに燃やされた。

 だがそれを見越した彼女は再生しながらミヤビに手を伸ばしたのだ。

 蒼の連中も突き落としたというより、空へ飛ばしたのか。


「――自分以外も飛ばせるってわけかい」


 壁の外へ飛ばされたようだ。

 模擬太陽の光が遠く小さい。


 ――あたしらを恐れたってところか。


 だからなるべく遠ざけた。

 ミヤビ達がこの後どうするかも、分かっているのだろう。


 その間に、自分の目的を果たすつもりだ。

 炎を揺らめかせ、ミヤビ達は空を飛ぶ。


『どうしますか、姉さん。この都市は滅びるかもしれませんよ』


 滅びは特別なことではない。

 カウントダウンは無いし、仰々しい予兆は無い。

 日常の一コマとして起きて、途端に非日常を始める。


「そう何度も仮宿をぶっ壊されるわけにゃあいくまいよ」


『では、方針を』


 セレナはこれを望んでいる。

 分かっているのだ。だが……。


「――――おぅ」


 セレナのところにはヘリオドールがいる。


 東には弟子とクリード。


 任務中の『蒼』は全滅。


 巡回中の『赤』は市民の誘導で精一杯になるだろう。


 『光』の出動が叶ったとして、それまでにどれだけの魔獣が都市へ入り込むことか。


 自分が為すべきことは。


「――都市の周囲にいる魔獣を一匹残らず消し炭にする」


 その後で、土魔法持ちが壁の穴を塞げばいい。


『……正しい判断です』


 チヨは苦しげな声で肯定した。

 分かっている。


 これは非情な選択だ。

 ヘリオドールがセレナに負けるかもしれない。弟子達がクリードに殺されるかもしれない。


 それでも今この場で、どちらか一方の加勢に向かうことは得策ではない。

 周辺に七つしか残っていない都市を、これ以上廃棄するわけにはいかないのだ。


「気張れよてめぇら」


 仲間達へ宛てて、呟く。


『逆に、ここでクリードを討てば《ヴァルハラ》は取り戻したようなものです。セレナを討てば、彼女の保有する都市も。この逆境は好機でもありますよ、姉さん』


 思わず笑みが溢れる。


 こんな状況で、励ましの言葉を思いつくとは。

 しかもそれが間違いでないから凄い。


「ったく、あたしゃいい妹を持ったもんだ」


『そうですね』


「お前さんの姉はどうだ? 最高か?」


『どうだったでしょう。確認させてもらってもいいですか?』


 発破の掛け方まで上等。

 にぃ、と唇を吊り上げる。


「おうとも、見せてやろうじゃあねぇか。《|黎明騎士(デイブレイカー)》の意地ってもんをよ」



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