第107話◇灯火
タワーの中に入った兄妹は、本来ならば壁の内外を行き来する為にしか使われない昇降機が中にあることに驚く。
「観光じゃあねぇんだぞ。さっさと乗れ」
師に急かされて搭乗する。
「それにしても《
「言葉の意味か?」
「それは知ってます」
「じゃあなんだよ」
「そりゃあ、アサヒは《黒点群》ですし、ヤマト民族という部分も師匠という前例があるので、僕らを《
「花丸な理解じゃねぇか。ただ《
「条件……?」
ヤクモの疑問に応えたのはアサヒだった。
「一組での特級指定討伐です」
「――そ、れは」
たとえば壮年の魔人ですら、兄妹だけでは危うかった。その彼も、楽しむ為に実力を抑えていた節がある。
セレナに至っては、仲間や師がいてなお取り逃がしたのだ。
彼女のような魔人を、一組で撃破する。
それほどの実績が無ければ、世界に黎明を齎す者には数えられない。
ある意味、納得できる話だった。
逆に、それだけの実力者が世界に七組もいるという現実は頼もしい。
「つっても、ヘリオドールんとこみてぇに、《
「……師匠でも勝てなかった魔人がいるんですか?」
「なんだよ、お師匠様は最強無敵とでも?」
いつもの、試すような視線。
ヤクモは咄嗟に頷きそうだったところを堪える。
「まさか、遠いとは思いますが、届かないとは思わない。最強は否定しませんが、無敵だと諦めることはしませんよ」
嬉しそうに。
師匠は笑って、ヤクモの背中を叩いた。
「生意気な弟子だよ。だがまぁそうさな、あたしらも無敵じゃねぇ。正直に言うぜ? 次に攻めてくるだろう魔人は、あたしらを
絶句した。
想像が出来ない。
千の夜さえ斬り獲り、日の輪を灯す者。
そんな《黎き士》をして、死を覚悟する強敵なんてものが存在するのか。
「今、上層部は冷や冷やさ。都市の廃棄計画を立ててる奴らもいる。万が一のためにな」
ヤクモが真っ先に考えたのは、家族のことだった。
老人だらけで、しかもヤマト民族。
避難計画でも、優先順位は決して高くならないだろう。
そこをミヤビの権力で無理にねじ込んだとしても、その分取りこぼされる人が出てきてしまう。
そこを無視しても、決して安堵は出来ないのだ。
他都市までの距離は遠い。
真っ暗闇の中、年老いた家族達は辿り着けるだろうか。
魔獣がひしめき、魔人に襲われる恐慌の中で。
ぎり、と歯が軋む。
ぎゅっ、と拳を握る。
守る他無い。
命は勝手に続くものではない。
戦い、常に勝ち獲り続けねば維持出来ないものだ。
少なくとも、ヤクモ達にとっては、ずっとそうだった。
師が、じっとヤクモを見ていた。
「どうしたんですか?」
「いや、あたしとしたことが、お前さんらを計りきれてなかったと反省してたところよ」
「はぁ、どういう意味です?」
「他の奴らはな、震えたぜ? あたしらが勝てねぇかもしれねぇと聞いて言葉を失い、恐怖した。前を向く奴らもいるにゃいたが、どう生き残るかについて思考を巡らせるばかりだった」
それは、仕方のないことだろう。
絶大な力を持つミヤビ組が負けるかもしれない魔人が、少なくとも一体混じっている。
そして、敵はそれだけではないのだ。
絶望に屈しないだけで尊敬に値する。上層部の人間の精神力は立派だ。
「だが、お前らは違ったな。勝とうと考えた。勝たなきゃならねぇと、兄妹同時に面構えが完了した。戦士の面をしやがって」
「…………」
ヤクモとアサヒは顔を見合わせる。
「恐怖を感じねぇ程に狂ってるわけじゃねぇ。強がってる風にも見えねぇ。お前らは、正しく恐怖し、正しく震え、だが決して立ち止まらない。分かってんだよな、止まることで失うもんがあると」
ヤクモとアサヒの強さを否定する者もいるだろう。
他者の為にしか動けないのは依存に他ならず、自らの為に動く者が真の強者である、とか。
だがその指摘は的外れだ。
だって、ヤクモは自分の為に動いている。ずっと、自分の為だけに動いている。
自分が大好きだから、家族を守りたいのだ。
なによりも自分の気持ちに正直に生きていると、胸を張って言えた。
「お前らに燈を点けんのは簡単なんだ。それを自覚させりゃいい。後は勝手に火を噴いて、気づけば周りの奴らにまで熱が伝播してる。面白ぇ奴らだよ」
師の言葉に、兄妹は笑う。
「それはそうというものですよ。ね、兄さん」
「そうだね、なにせ僕らは」
妹と声が重なる。
学舎に付けられた名を唱える。
「
魔人だろうと大会だろうと、勝てばいい話だ。
勝利を積み上げた先にしか、求めるものが無いのなら。
勝ち続けるだけ。
世界に朝を取り戻すことさえ、兄妹からしてみればその一環に過ぎない。
ミヤビはひときわ大きく笑うと、真剣な目で兄妹を見る。
「その名に恥じぬ《
昇降機が止まり、扉が開く。
「とまぁその前に、だ。くそくだらねぇ会議に参加しねぇとなんねぇけどな」
「言葉が汚いですよ」
「非常に退屈で不毛な会議と言い直すべきですね」
えっへんと、妹が胸を張る。
「そういう問題じゃ……」
ヤクモが呆れ気味に言い、ミヤビはまた笑った。
ヤマトの戦士たちが歩いて行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます