ミッドナイト・レイヴン/エラー
第106話◇警戒
ヤクモはもういい加減慣れたのだが、師匠はとにかく唐突だ。
いきなりやってきたり、いきなり呼び出したり。
ともかくいきなりで、例えば一週間後のこの日は空いてるか? みたいな話はされた試しが無い。今すぐ来いか、おぉ来たぞか。そういう人間で、妹はミヤビのそういった点を疎ましく思っているが、ヤクモはそうでもない。
好ましいというわけでもないのだが、やはり慣れたという表現が適切だろう。
今日は応用編?で、おぉ来たぞからのついてこいという連撃だった。
どこかへ呼び出したいなら伝達員を使えばいい。
そうしないということの理由を考え、ヤクモはその場所を伝達員に伝えたくなかった、伝えられなかったのではないかと考えた。書簡にしたところで漏洩の危険はある。一番安全なのは、自ら赴くこと。
そういうことなのではないか。
「お前、頭は悪いのに勘はいいよなぁ」
師の言葉に悪意は無く、実際ヤクモも自分が賢くないことは分かっているから、気分を害することもない。
だが妹は違った。
唸り声さえ上げる勢いで、怒りを露わにする。
「兄さんを悪く言わないでください。斬りますよ」
「こっちは賢いのにアホだしよお。まったく面白い兄妹だ」
からからと笑う師に連れられて、タワーの方へ向かう。都市の中心部だ。
ちなみに、壁内での許可無き《
これは考えるまでもなく危険だからで、武器化された《
学舎の敷地や一部の私有地では、その土地自体が特別な許可を与えられている。
例外は《
ミヤビの所為でできた例外なのか、他に理由があるのか。
とにかくそれによって、ミヤビの飛行による移動はお咎めなしとなっている。
タワー付近までひとっ飛びした
「魔人との戦いを覚えてるか?」
「忘れませんよ」
「あなたが特級指定を取り逃がした日ですよね」
「わぁってるよ。お前らが倒せなかった魔人を、あたしが取り逃がした日だ」
四方から魔獣、三方から魔人の襲来した日だ。
一体をヤクモ達が撃破、一体がヘリオドール組を倒してこちらに現れ、一体はミヤビ組が捕縛した。
その後でヤクモ達の救援に現れたが、特級指定魔人・セレナは空間移動によって逃走。
魔人に連れられてきた人間数名の救出も叶ったが、楽観視出来る状況では無かった。
ヤクモ達の打倒した壮年の魔人がセレナをボスと呼称していたことから、魔人が徒党を組むことが分かる。
また、ミヤビ組が捉えた魔人にも主がいるらしい。
情報を統合するに、前回この都市は二つの魔人勢力から襲撃を受けた。
片側のボスは逃走を果たし、もう片側は部下が帰還しないことを訝しむだろう。
前回以上の密度で、もし襲撃されたら。
この都市は――。
「また襲ってくんのは明白だわな。報告書を読む限りでも、あの女はヤクモを手に入れようと戻ってくるに決まってる。いやぁ、モテるじゃねぇかヤクモ。そういや学舎でも片っ端から新しい女に手ぇ出してんだって?」
話が大いに脱線したように思えたが、師匠のことだ、付き合う他無い。
「そんな根も葉もない噂が立ってるんですか?」
妹がヤクモの腕をつねるように触る。
「根はあるんじゃないですか? 兄さんってばほら、困っている女性を見るや助けずにはいられないみたいですし。助けられた女性は、不愉快なことに軒並み好意的な態度になりますし」
「そりゃあ、感謝をするだけの常識というか、善良さがあるというだけのことじゃないかな」
ラピスは明確に好意を示したが、他の人には特別そういったものは無かったように思う。
「感謝と好意は別なんですよ、兄さん。まったく異なる感情なんです。それが併発しているのが問題で、わたしのすとれすの原因なのですっ! 妹が寝不足でぷにぷに肌を荒れさせてもいいというんですか! え!? どうなんです!?」
「取り敢えず、気を落ち着けてほしいかな」
荒ぶる妹の背中を撫でる。
「兄さんはわたしが複数の男性に言い寄られても平気なんですか!?」
想像して、嫌な気持ちになるのを確認した。
でもそれは、少し器が小さいのでは、とも考えてしまう。
魅力的だと思われるのは良いことだろうし、そのことに悪感情を抱くのは嫉妬に過ぎず、嫉妬は醜い感情だ。
とはいえ、ここで気にしないと見栄を張ったところで意味は無い。
「平気ではないだろうね」
妹が嬉しそうに総合を崩す。
「やっぱりそうですよね。相手を八つ裂きにする程に怒り狂うというものですよね」
「そこまではいかないかな」
「失礼しました。一刀の内に命を断つ、兄さんのように情け深い殿方ならばそうされるというもの」
「妹に好意を寄せただけで殺害する程、僕は短気でも狂的でもないという部分に理解を示してほしかったかな」
「いやいやまさか、生かしておくんですか? アサヒちゃんに手を出すような下郎を?」
妹が有り得ないという目で見てくるので、ヤクモは自信がなくなってくる。
「想像の中のアサヒはどんな目に遭っているのかな。僕はてっきり、声を掛けられたとか、告白されたとかそういうものを想像していたのだけど」
例えばもっと酷い扱いを受けているとしたら、ヤクモも黙ってはいない。
しかしアサヒはあっさりと頷いた。
「ですね」
「殺しはしないね。さすがにそれくらいのことでは。アサヒだって、そんなことはしないだろう?」
「計画中です。兄さんに触れた者、甘い声を吐いた者、視線を向けた者をピックアップし、罪の度合いによって相応しい刑を考えているところです」
「中止を要請するよ」
「条件があります。兄さんが今宵わたしと夫婦の契りを――」
「師匠、話を戻しましょう」
「無視っ!?」
兄妹のやりとりを微笑ましげに眺めていたミヤビが、「そうだな」と頷く。
「廃棄領域奪還はひとまず保留だ。こりゃどうしようもねぇよな。このタイミングで《
彼女の言うとおりだ。
領域守護者を、最も必要な時期に遠ざけるのが愚行で無くてなんなのだというくらいに、馬鹿げている。
「大会の延期って話もさすがに出たが、今回もまた市民への配慮で続行だ。つっても、これまた今回も訓練生から戦力を募る。前回お前らがめざましい活躍をしたことも後押しして、人数も増えるそうだ。敗退者もいい加減増えてきたしな」
「襲撃に備えるわけですね」
「おう」
「それは分かりますが、わたし達に何をしろと?」
タワーの入り口前についたところで、師匠は言った。
とても軽々しく、あっけらかんと。
「お前らには《
「え」
二人の声が重なった。
師匠は子供のように笑う。
「最低でもヘリオドールんとこくらいには遣えるようになってもらわねぇとな。安心しろ、稽古はつけてやる」
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