第103話◇爆破




「イグナイト――ローシェンナ・グレイプニル」


 ロータスの武器は、足枷だった。右足に嵌められた枷から鎖が伸び、それは棘の生えた鉄球に繋がっている。


 ラピスは魔力防壁を展開し、魔法を用意。


「しゃらくせえッ!」


 彼が右足を蹴り上げた。

 それに伴って鉄球が動く。


 形態変化によって鎖部分が瞬時に延長され、鉄球はラピスの魔力防壁を砕いてこちらに迫った。


 尊大かつ野卑な態度は、何も家格のみによって形成されたものではない。

 四十位以内に入っている者は、一部の例外を除いて天才ばかり。


 それは彼も同じ。特に魔力量と出力は父譲りだった。

 ラピスの魔力防壁を、魔力で覆った鉄球で砕ける程に。


 ラピスは即座に対応。

 氷壁を展開し、盾とする。 


「爆ぜろッ!」


 それもまたすぐに破壊される。鉄球が接触した瞬間、爆発が生じたのだ。

 だが予想していた。


 壁は防ぎ切る為ではなく、一瞬の時間稼ぎが為に立てたもの。

 魔力強化、全開。


 限界まで引き上げられた脚力で、鉄球を回避。


「どうしたよ、なぁおいッ! ご自慢の大規模魔法は出さねぇのか!」


 そう。フィールドの半分を一瞬で氷結させるあの魔力出力と、それを成立させる魔力量は父からの遺伝。自分にもパパラチア家の力は受け継がれている。

 その才能は、ロータスよりも上。


『……申し訳ありません、お嬢様』


「いいのよ、謝らないで」


 歩けなくなったネアの『必中』に弾数制限が生じたように、人の身が万全から遠のく程に武器としての性能も下がってしまうのが《偽紅鏡グリマー》だ。


 イルミナはまだ全快ではない。


 『凍結』の性能自体が著しく低下している。魔力効率なるものがあったとして、それが下がってしまえば魔力量や出力が高くても成果は上げられない。


 普段なら十が十として発現するところを、百が一として発動されるようなもの。

 ロータスはそれを理解した上で煽っているのだ。


「デケェ口叩いて、やることは逃げ回るだけか!」


 考える。

 これまでのラピスの戦い方は精彩に欠けていた。


 魔力操作能力ではトルマリンに遠く及ばず、身体操法ではヤクモに遠く及ばず、魔法の応用ではコスモクロアやユークレースに遠く及ばず、魔法適性や精神力ではスファレに遠く及ばない。


 魔力量と魔力出力だけが自慢の、言ってしまえば才能だけで戦っていた状態。


 驕っていたのではない、諦めていたのだ。上昇志向なんてものは無かった。ただ訓練生として生活していた。それだけで、九位になっていた。


 ロータスが言っていたように、イルミナの魔法が優秀だったのだろう。

 それが封じられた今、彼にとってラピスは取るに足りない相手といったところか。


 その判断が間違っているとも思わない。

 観客席の者達の中にも同じように考えている者は多いことだろう。


 今日、今此処で、自分は変わらねばならない。

 変わるのだ。

 考えて戦える者に。


 氷壁を展開しながら走り続ける。


 彼の『爆破』は鉄球の接触を必ずしも必要とはしないが、見えている範囲のみに限定されて起こっているように思える。


 これまでの戦いからそうあたりをつけたラピスは、自身の肉体が彼の視界に映らぬようにと壁を展開し続けた。


「小賢しいんだよ!」


 続々と壁が破壊される。

 爆発がすぐ側の壁まで追いつき、ついに展開と同時に破壊される。


 瞬間。

 ラピスは真上へと跳ねた。


 魔力強化は容易く人の限界を超える。

 これはもはや跳躍の域を逸脱していた。


 観客席を見下ろせるくらいの高さまで跳んだラピス。

 ロータスはそれを目で終えず、彼女が掻き消えたように錯覚したようだった。


「氷柱の雨を、降らせましょう」


『畏まりました』


 先端の尖った氷柱がロータスに向かって降り注ぐ。


「あ!?」


 彼は咄嗟にドーム状の魔力防壁を展開。


 だが氷柱は当然、魔力で構成されているから、魔力総量が防壁に注いだ量に達した時、防壁は破壊されるだろう。


 そしてそれは時間の問題。

 ラピスの身体が落下を始める。


「そこかッ!」


 ロータスがラピスを見つけたようだ。

 爆破しようと視覚で照準し。


「氷塊を」


『はい』


 外す。

 ラピスは自身の足元に氷塊を出現させた。

 そしてそれを蹴ることで軌道を変えたのだ。


 普段と比べれば小規模の魔法、その連続。

 それでも、ロータスの攻撃は一度も食らっていない。


 彼の顔に焦燥と苛立ちが滲む。


「ちょこまかと……うざってぇ奴だな!」


 精神は能力に影響する。

 苛立てば苛立つ程、彼は実力を発揮出来なくなるだろう。


 それでいい。それこそが狙い。

 幾度か氷塊を蹴っては跳びを繰り返し、やがて彼の頭上へ。


「死ね!」


 再度氷塊を展開。真下に向かって加速するように、蹴る。

 すぐ後ろで、氷塊が爆ぜた。


「クソがッ!」


 ふと、思いついた言葉があった。

 好きな男の子の、多分、口癖。


「言葉が汚いわよ」


「うるせぇッ!」


 加速するラピスを、彼は上手く狙えないようだった。


「次は外さねぇぞ!」


「次があると思っているのね」


 仕込みは済んだ。

 ラピスは彼に向かって落ちていく。


 勝つために。



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