第72話◇帰投
「そういえば、師匠」
壮年の魔人に破壊された昇降機だが、ヘリオドールが土魔法の応用で修理した。
まずは傷を負った仲間達を優先し、そこにアンバーを加えた四人が先に戻っていく。
遺体に関しても、ヘリオドールが土魔法を駆使して近くに並べ終えている。
昇降機が下りてくるのを待つ間、ヤクモは師に話しかけた。
「あぁ?」
スファレの光魔法は既に解かれていたが、入れ替わりにミヤビが火の玉を出現させてくれたおかげで周囲は照らされている。
「他の戦場はどうなったんですか?」
大剣の峰を肩にあてた姿勢で、ミヤビは「あぁ」と頷く。
「そらもう、あたしの担当した東は完璧よ。囚われた奴らも救い出し、魔人は捕獲成功。後でどっから来たか吐かせるつもりだぜ。さすがお師匠様って言え」
「さすが師匠ですね」
「そうだろうそうだろう」
気をよくするミヤビ。
『……セレナとかいう魔人を逃しましたけどね』
ヘリオドールも魔獣は掃討したものの、セレナに敗北したということらしい。
また、ヤクモ達とは逆方向では魔人の出現は無く、負傷者は出たものの死者は無し。
「でも師匠。魔人をどうやって捕らえておくんですか?」
ミヤビは左手を顎にあて、微妙な顔をした。
「グロいぞ。聞きたいか?」
「えぇと、殺さず無力化する方法ってことですよね? 知っておきたいです」
「まぁ、愛弟子がそこまで言うなら隠すことでもねぇわな。耳かっぽじってよぉく聞け」
「はい」
「まずぶっ倒すだろ?」
「……あ、はい。ですね」
「んで、腹をかっさばく」
『これ以上聞きたくないです』
「んでもって魔力炉を引っこ抜くんだ。魚の
魔力炉の摘出。破壊でこそ無いが、討伐方法と概ね同じだ。
「……でも、それだと体内を流れる残存魔力で再生しませんか?」
「おぅ。だから体内魔力を空にさせる為に、全身を焼く。魔力炉の再生に気を回す余裕なんて無い程のダメージを与えるわけだな。んで、残存魔力は死なない為に使われんだろ? 後は腹の中に魔力炉の入ってねぇ魔人の出来上がりだ」
確かにそれならば、最早闇の中に在っても魔力は生み出せない。生み出す器官が無いから。
魔人は素の身体能力の時点で並の人間を圧倒しているが、ただ力が強いだけならば拘束方法など幾らでもある。ましてや拘束はミヤビが務めたのだ。
『……当分、焼いたお肉は食べられそうにないです』
妹が辛そうな声を出した。
「救出するんですね、廃棄領域に残された人々を」
「あたしをそこまで善人だと思ってるお前さんは大変可愛らしいが、誤りだぜ」
「助けないんですか?」
「お前ら以外にも、壁の外で暮らしても奴らはいる。だがあたしは、そいつらに手を差し伸べちゃいない。お前さんが思ってる程、あたしゃ善良じゃあねぇのさ」
「それは師匠の善性をなんら否定しません。僕だって、闇の中を駆けて家族以外を救おうだなんて考えなかった。人の手に抱えられるものには限度があります」
ミヤビがいくら強くても関係ない。
魔力炉に問題のある人間を救えるのは財力だ。
そして彼女の持つ全てを使っても、なんとかヤクモの家族達を一年養うのが限度。
彼女が他の者を救えないからといって、その優しさが否定されることはない。
「お前のその物事の考え方、嫌いじゃねぇよ。ちぃっとばかし、熱いがね」
ミヤビが楽しそうに笑い、ヤクモの頭を乱暴に撫でた。
「……茶化さないでください」
『ま、また兄さんの頭を撫でた! きぃ! アサヒの顔も一度までだというに二度までも! 兄さん今すぐ武器化解除してくださいこの雌狐はなんとしてもここで打倒さねばならない相手なのです人には譲れないものがあるんですそうわたしにとっては今この時こそが――』
「でも、壁の外の村落を救うのとは違う。だってお金じゃない、これは戦う力の領分でしょう」
『さっきから無視してます!? らぶりーきゅーとな妹を何故無視するんですか!?』
とても真剣な話をしているからである。
ミヤビは壁の方を向き、見上げた。
「人がな、残ってるってのが重要なんだ。廃墟を取り戻しても仕方ねぇ」
「……師匠? えぇと、つまり、残された人々の救出ではなく、廃棄領域の奪還作戦を実行するということですか?」
それは、人類史上類を見ない作戦だ。
魔人に奪われた都市は最早人類の領域ではない。故に廃棄領域。
取り戻すなど、聞いたことがない。
だが、ミヤビは軽々と頷く。
「おぅ。このままじゃジリ貧だかんな。どっかで復興を始めにゃならんと常々考えてたんだ」
たとえば、人類の残っていない廃棄領域を奪還する。
都市機能を復活させ、模擬太陽が動く場合は稼働させる。でも、それだけでは意味が無い。
《カナン》から人を移すというのも現実的では無かった。
都市間に広がる絶え間無い闇の中で、人の移動は難しい。魔獣の危険、道中の食料、護衛を担当する領域守護者の疲労など、懸念点が多過ぎる。
だが、廃棄領域に十分な人類が残っているなら?
占拠している魔族さえ倒してしまえば、人を運ぶ手間は省ける。
空っぽの都市だけあっても仕方がない。そこに囚われた人類がいることで初めて、廃棄領域には取り戻す価値が生まれる。
「魔人を見つける前に人類が滅びたんじゃ堪らねぇからな。それだけのことさ」
「そう、ですか」
思わず笑みが溢れる。
「あん? なに笑ってやがる」
「いや、師匠も素直じゃないなって」
「……いい度胸だヤクモ。丁度いい、昇降機が下りてくるまでに稽古をつけてやる」
ミヤビが大太刀を構える。
「え、あの、師匠」
「やめろミヤビ。少年もそのカタナも疲弊している。弟子を壊す気か」
ヘリオドールから制止の声がかかった。
「うるせぇなぁ、師弟の心温まる触れ合いに入ってくるんじゃねぇよ、ヘリクダール」
「明らかに不穏な空気だったろうが。そしてわたしはヘリオドールだ!」
「むしろ
「くっ……!」
二人はそれなりに仲がいいようだ。
「あ、そういえば師匠」
「なんだ?」
「倒した魔人に聞いたんですが――魔王はいるそうですよ」
《
「はっ。いや、あたしゃ知ってたがね。似たようなことを抜かす魔人は前にもいた。だがヘリオドールぅ。お前さんはどうだ? 魔王はいるってよ」
「……虚言である可能性は否定出来まい」
「カッ、つまんねぇ男だねぇまったく」
「――だが、だ。世界を闇で覆うシステムは確実に存在する。それが魔王という生命体によるものなのか、模擬太陽のような
「つまりなんだよ」
「お前が思うような魔族の王がいるかは分からない。だが魔人達の共通認識として魔王なるものが実在するなら、今後の調査でその正体を暴き、しかるべき手段で――破壊する」
彼の瞳には決意が宿っている。
世界に太陽を取り戻そうと考える人は少ない。
ヘリオドールは貴重なその一人なのだ。
ミヤビが嬉しそうに唇を歪める。
「見つけてぶっ殺すって言えよ」
「貴様には品性が足りない」
「品性で魔人に勝てたか?」
「くっ……! それとこれとは別だろう!」
昇降機が下りてくる音がした。
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