第57話◇編成




「あ、あの、……アカザ様」


 スファレが言いにくそうに、だが誰かが言わねばと手を挙げる。


「おぉ、またお前さんか。いいぞスフレ」


「スファレですわ」


「そうか。折角美味そうな名前だと思ったんだがな……」


 こほん、とわざとらしく咳払い。


「魔人襲撃が予想されるのだとして、それはプロの領分ではないでしょうか?」


 魔人は脅威順に特級、一級、二級と続き、五級まで分けられている。


 かつてのヤクモが命懸けでなんとか討伐したのは、師に話したところによると五級指定らしい。


 それさえも本来はプロが複数の《班》で討伐に臨むものだというから、魔人というワードが訓練生に与える不安は大きいだろう。


「まぁ、魔人単体ならな。だが今回は魔獣の支配数から二級指定以上の魔人が関わってると見られてる。そうなるとこの《カナン》でも、ぐるっと魔獣に囲まれちまうわけだ。あたしらとヘリオドールんとこで二方向を担当するつもりだが、プロっつっても『白』だけじゃ総動員しても足りるか分からん。なにせ、このパターンはあれだ。都市が滅びる時の動きだかんなぁ」


 都市が滅びる。

 現実としては、知っている。座学でも触れられる歴史だ。


 人類領域は数を減らし続けている。

 普通に考えれば分かる筈なのだ。


 この《カナン》も例外ではないと。

 だがミヤビは以前言っていた。分かっているのに、誰も直視はしていないのだと。


 実際、動揺している者も多かった。

 いずれくるものだと知識として理解しても、いざ現実として迫ってきた時に実感が湧かない。


 慌てていないのは、極一部の人間だけ。


「緊張するこたぁねぇよ。お前らの主な役目はプロのサポートだ。魔人はあたしらが責任を持って担当するさ。普段より数の多い魔獣狩りってとこだな」


 普段は風紀委や執行委、プロに目を掛けられた一部の訓練生のみが参加する『任務』だが、今回はミヤビの権限でこの場にいる者に任務への参加を許可するとのこと。


「士気を上げる為に何か言うことも出来る。だがしねぇよ。だって必要ねぇだろ? お前らは『白』を選んだ! 壁の縁に座ってるだけの『青』でも、壁内の見回り係『赤』でも、秘密主義で何やってるか分からん『光』でもなく、壁の外へ出てクソ共を狩り尽くす『白』をな! その時点でお前らは英雄だ。英雄に今更何かを説く程、あたしゃ馬鹿じゃねぇ」


 実にミヤビらしい発破の掛け方だ。

 何も言わないと言いながら、その言葉こそがなによりも士気を引き上げると知っている。


 事実、揺らいでいた者達の瞳に決意が灯っていた。

 そう、『白』を選んだ者達は戦うことを自らの手で選んだ者。


 戦意自体は胸の内に既にある。

 ひとたび状況を受け入れれば、後は心に火を入れるだけ。


「んでだ、まずは今回の為の擬似的な《班》を作ってもらう。四、五組で一班ってのが理想だな。まだ出来てねぇとこが多すぎる。おら、さっさと動け!」


 ヤクモ組、トルマリン組、スファレ組で三組。


「ね、ねぇ。アタシを入れてよ」


 緊張した面持ちでやってきたのはネフレンだ。


「あぁ、性格悪すぎるし夜鴉に負けたしで、他に組んでくれる人なんていないですもんね?」


 妹は人を弄るときにとても生き生きとする。


「うっ……。そ、んなんじゃないし。役に立つ自信なら、ちゃんとあるし!」


「そうだね、ネフレンなら頼りになるよ。と、僕は思うんですけど」


 先輩方を見る。


「私は構わないよ。ヤクモとアサヒに負けたのは、私たちも同じだ」


「トルがいいなら、うん、ぼくもオーケーだよ」


 トルマリンとマイカが頷く。


「……あの二人、確実に上ってますね」


 妹が小声で呟く。


「のぼってる?」


 初めて見た時は大人しそうな印象を受けたマイカだが、実によく笑うようになった。心なしか二人の距離感も縮まっているように見える。

 妹は悔しそうに爪を噛む。


「大人の階段的なものですよ。くっ、負けたことで関係が進展するとは羨ましい……!」


 続けたい話題ではなかったので、ヤクモは妹をそっとしておいた。


「わたくしも構いませんわ。元より、優秀であることは存じていましたもの」


 そういえば、ヤクモとネフレンの内、決闘で勝った方を風紀委に迎え入れると言ったのは彼女だ。


 ネフレンが勝つことも有り得たわけだから、そもそも入れるだけの価値はあると思っていたのか。


 チョコがこくりと頷き、モカも「もちろんです!」と嬉しそうに笑う。


「あ、ありがと……」


 ネフレンが頬を掻きながら、照れたように言う。

 これで四組。


 他の者達も続々と集まっていく。


「……ねぇスペくん」


「なんだ姉貴」


「私達、スペくんが不良さんな所為で避けられてるみたいなんだけど」


 ネアが目を虚ろにして呟く。


「オレの所為か」


 彼らの周囲にだけ人がいなかった。


「だってスペくん、お姉ちゃんに近づく人を殴るじゃない」


「姉貴を笑うからだ」


「手伝おうとしてくれた人達もいたよ」


「『体が不自由なやつに優しくする自分』に酔ってるクソ共だろ。姉貴は手軽に自尊心を満たす道具じゃねぇんだよ」


「スペくんの愛が深くて重いなぁ」


 やれやれと、ネアは満更でもない様子で肩を竦める。


「チッ……。あぁ、だがそういや、不愉快じゃねぇ奴らもいたか」


 スペキュライトがこちらを向く。


「あぁ、そうだよ! アサヒちゃんとヤクモくんがいたね! ……でも入れてくれるかな。スペくん態度悪いし、三十九位だしなぁ」


「うるせぇ。それを言うなら見ろ、四十位と三十八位もいんだろ」


 スペキュライトは姉の車椅子を押してこちらまで近づいてくる。

 頭を下げる。


「頼む。お前らの《班》に入れろ」


「あ、入れてください。スペくんは頼み事が苦手で……これでも精一杯頑張ってるんですよ~」


 アサヒが即答した。


「もちろんですよ!」


 実力的には申し分無い。


「六発って制限も、トルがいるなら大丈夫だよね? 再展開で生まれる隙を《無謬公》ならフォロー出来るもんね?」


 マイカが試すように言い、トルマリンが「あぁ」と頷く。


「アタシも入れてもらった立場だし、文句は無いわ」


「えぇ、わたくしも歓迎いたしますわ」


 賛意を得られたので、ヤクモはスペキュライトに微笑みかける。


「もちろん僕も歓迎するよ。よろしくスペキュライトくん、ネアさん」


「……よろしく頼む」


「よろしくお願いします~。スペくんは誤解されやすいだけで本当は良い子なんですよ~」


「姉貴、黙れ」


「だって、これを機にスペくんのこと理解してくれる人が増えたらいいなって」


「恥をかかせるな」


「酷い! 弟想いのお姉ちゃんを恥だなんて!」


 ともあれ、これで五組揃った。



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