第56話◇召集




 学舎にも休みの日というものがある。


 週に一日の休息日。

 普段なら家族のところに顔を出すのだが、今日は呼び出された。


 伝達員づてに、学舎のグラウンド集合とのこと。


 モカはモカで、スファレの《偽紅鏡グリマー》として召集を掛けられていた。


 向かうと、そこには大人数の訓練生。

 大半がランク保持者で、かつ予選脱落者だ。


「おぉー! きみも来てたんだなー! ヤクモくん!」


 ぶんぶんと手を振りながら近づいてきた少女に、ヤクモは見覚えがあった。


 先日スペキュライトとネアのコンビに敗北した学内ランク第十六位獣牙のパイロープだ。

 ニカッと口を広げた笑みによって、八重歯が覗く。


「こんにちわ、キャンドルさん。怪我はもういいみたいですね、よかったです」


 パイロープは試合で腹部を弾丸で貫かれていた。その傷はもう癒えているようだ。

 彼女の《偽紅鏡グリマー》は、パートナの影に隠れるようにして立っている。


「うん! そのことで、きみにどうしても感謝しておきたかったんだ!」


「感謝、ですか?」


「うん! きみはスペキュライトくんの攻撃が見えていて、その上であたしを心配してくれたんだろう? あたしはそれが聞こえてたんだ! でも無視した! その所為で馬鹿みたいに血を流して倒れちゃってさ、恥ずかしいったらないよ!」


 スペキュライトとネアの魔弾は凄まじかった。

 ほとんどの者には撃ったことも当たったことも気づかせないほどの神速。


 撃たれたパイロープさえ、そのことに気づくまでに時間が掛かった程。

 人の知覚を超える弾丸。


「そんなことはないですよ。あれは速過ぎます」


「あはは。次やる機会があったら絶対切り裂くって決めてるんだー! まぁそれはともかくとして、きみの優しさに感謝だよ、ヤクモくん!」


 彼女がヤクモの手をとって、ぶんぶんと握手する。


 彼女の豊満な胸が大きく揺れた。

 妹が舌打ちする。行儀が悪い。


「いえ、気にしないでください。よく考えれば、マナー違反どころではないですし」


「あー、助言は禁止だもんね! でもきみは、それよりもあたしが死んじゃわないか心配して声を掛けてくれたわけだっ。ヤマトの人って、みんなきみみたいに良い人なのかい?」


「僕の家族の方が、余程良い人達ですよ」


 パイロープは目を瞬かせ、それからからからと笑う。


「あたし、きみのことが気に入っちゃったなぁ」


「ヤマト民族ですよ」


「だから?」


 全体で見れば少数派だが、ヤマト民族に差別を持たない者もいる。


 いや、周囲に流されない強者がいるという方が正確か。

 彼女はその一人らしい。


「申し訳ないんですけど! 兄さんはとっくに売約済みなので! わたしが予約してるので、そのあたりご了承くださいね、おっパイロープさん」


「おっぱいロープじゃなくて、パイロープだぞー! 名前を間違えないでくれよなー!」


「すみません、ついカッとなって」


 カッとなっても普通人の名前は間違えない。


「おい、そこの馬鹿共! 《黎明騎士デイブレイカー》様が来てやってるってのに私語とはいい度胸だな!」


 いつの間にか、ミヤビの姿があった。

 隣にはチヨもいる。


「うぉー! 本物の《黎明騎士デイブレイカー》だー!」


 パイロープは大興奮。


「言った側から無駄口叩くな! えぇと……お前は……おっぱいロープ? けったいな名前だな」


 チヨに差し出された紙の資料に目を通したミヤビが言う。


「パイロープだぞ! です!」


 短時間に二度も名前を間違われたパイロープが、悲しげに訂正する。

 師匠はヤマト以外の名前を覚えるのが苦手だ。


「まぁ、いい。とにかく休日の朝からよく集まってくれたぞお前ら。暇なのか? 若い内にしか出来んことも多い、ちゃんと遊んだ方がいいぞ?」


「…………」


 困惑する一同。


「師匠が呼んだんでしょう」


「おぉ! よくぞツッコんでくれたな愛弟子よ! いやぁ、一瞬スベったかと思ったぜ」


「えぇ、盛大に」


「というわけで、だ!」


 師匠は無視した。


「今日お前らを呼んだのは他でも無い。ちょっとした事情があって訓練生から戦力を募ることになったんだが、お前らはその候補だ。壁の外で魔族をぶっ殺しまくりたいって奴は残ってくれ。そうじゃない奴は休日を満喫してもらって構わん」


 帰る者は、いない。


「質問をしても、よろしいでしょうか?」


 スファレが手を挙げる。


「構わねぇぞ。にしてもこの学舎の奴らは発育がいいのばっかだな。アサヒが哀れになるぜ」


 ヤクモの隣で妹が殺意を迸らせる。


「…………あの雌狐、殺す」


「抑えて、アサヒ。師匠はあぁいう生き物なんだ」


 こほんと咳払いして、スファレが質問する。


「大会予選で勝ち抜いている者は、ヤクモとアサヒ以外に見られないようですが」


「おう、勝ってる奴らは次の試合への調整が必要だろう。でも負けたお前らに遠慮はいらねぇ。つまりそう! 強くて暇そうなやつに声を掛けたってわけだ。あたしってば気遣い上手だなぁ」


 全員が微妙な顔をする。


「じゃあわたし達は何故呼び出されたんですか? 勝ち抜いてるんですけど」


「え、弟子なんだから師匠を手伝えよ」


「…………」


「これぞ美しい師弟愛だわな」


 あっはっはと笑うミヤビ。


「多分これも修行の一環なんだよ、アサヒ。そう思うことにしよう」


 ヤクモは妹の背中をさすって励ます。


「とりあえず《班》がある奴らはそれで固まれ。元より連携がとれるなら、それに越したことはねぇからな」


 ヤクモとアサヒ、トルマリンとマイカ、スファレとモカとチョコが集まる。

 パイロープが手を振って離れていく。


「オレらも参加するぜ」


 現れたのは、スペキュライトとネアだ。彼女の車椅子を、スペキュライトが押している。


「あん? お前さんは確か勝ち進んでるだろ。呼んでねぇが?」


「寮が騒がしくてな、なんだと来てみりゃ面白ぇことが起きてる」


「何が面白いって?」


「《黎明騎士デイブレイカー》の許で戦える。そんな機会を逃せるかよ。トオミネも出るなら尚更だ。これなら、公平だろう? 師としちゃ、そっちの方がいいんじゃねぇか?」


 彼らが参加すれば、ヤクモ達だけが疲弊した状態で二回戦に参加することは無い。


 その時はスペキュライト組も同等に疲れた上で試合に臨むことになるだろう。


「好きにしな」


 スペキュライト組を中心に《班》を組めていないものや、充分な数が揃っていないものもいるが、師はひとまず周囲を見回した。


「これからあたしが言うことは他言無用だ。正式に緘口令を敷く。破ったら退学どころじゃねぇぞ、肝に銘じろ。でだ、もうすぐ魔人が来るんだわ」


「――――」


 絶句する一同に、師匠はあっけらかんと言い放つ。


「頑張ってぶっ殺そうぜ、な?」



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