第26話◇適性




 ヤクモが気になっていたのは、モカのことだ。


 彼女はネフレンの《偽紅鏡グリマー》だったが、兄妹との勝負の末に関係を解除されてしまったのだ。


 一緒に買物に出かけるなど、とてもではないが出来ないだろう。


「あの、私は大丈夫ですから。行ってらっしゃいませ。お夕飯用意して、待っていますね」 


 無理に浮かべたのがバレバレな笑顔に、胸が痛みを訴えかける。

 それが聞こえたのか、ネフレンが煩わしそうに振り返った。


「何言ってんのよアンタ。一応ヤ……クモの《偽紅鏡グリマー》なんでしょう。ついでだからまとめて礼をするわ」


「えっ……いえ、ですがわたしは、ネフレンさまのお役には立っていませんし」


 ネフレンは少し考えるように口許に指をあて、それから頭をくしゃっと掻いて舌打ちした。


 迷いを断ち切るように口にする。


「アタシがあんたを捨て……登録解除したのは、このままじゃこの先勝てないって思ったから」


 モカの体が縮こまる。


「はい……私が、使えないから、ですよね」


 しかし、ネフレンの口から出たのはモカが思っていたのとは違う答え。


「はぁ? なんか勘違いしてるわね。アンタが使えないんじゃない。アタシがアンタを使いこなせなかっただけ。アンタと組むことで成果を出せないなら、組むべきじゃないってだけのことよ」


 ぽかんとするモカ。


 そういえばヤクモもアサヒも、モカとは組めないと伝えただけで能力については聞いていなかった。


 モカは大剣でも大盾でも鎧でも無かった。では、彼女はどんな《偽紅鏡グリマー》なのだろう。


「あの……よく、意味が」


「だから……。アンタの魔法は発動中魔力を消費し続けるでしょう」


「は、はい……」


「魔力防壁の精度と『拡張』の操作性を維持するには、集中力が必要だって悟ったのよ。今までよりも、ずっと集中出来る状態がね。でもアンタの魔法は常に魔力を持っていく。だからってオフにするなら持ってる意味無い。分かる? 使えないから、手放したの」


 使えないというのは、『無能だ』という意味ではなく。

 『自分では充分に能力を発揮することが出来ない』という意味なのか。


「てっきり他の奴のところに行くと思ったのに、なんでよりにもよってソイツなわけ? 魔力強化も出来ないようなヤツがアンタを使えるわけないでしょう。宝の持ち腐れってやつね」


「……たから、ですか? 私が?」


「……比喩よ比喩。うざいから泣かないでよね」


 ずびび、と洟を吸う声。


「なぎまぜん」


「泣いてるし……。言っとくけど、他の奴らと違って珍しいって意味での宝よ。その所為で変な執着があって、そう! それがなければアンタらにだって負けなかったんだから!」


 特殊な能力を持っているがゆえに手放すのを躊躇って組み続けたが、その執着が敗北の要因になったと考えて登録解除したということか。


 それが事実なら、双方にとって登録解除の選択は間違っていないということになる。


 パートナーがいなければ都市から追い出されてしまう、というモカの状況さえ除けば、だが。


「寝言は就寝中に言ってください」


「……アンタね、覚えてなさいよ。次アタシが勝ったら、口の利き方を教えてやるから」


「負けないので、今後もこのままでいこうと思います――ところで。そのおっぱい、どんな魔法を積んでるんですか? 非実在型の《偽紅鏡グリマー》だというのは分かりますけど」


 展開時、武具に変化しない《偽紅鏡グリマー》ということだ。

 そういった《偽紅鏡グリマー》は特殊な魔法を使えることが多い。


 治癒であったり、肉体の強化であったりだ。


「こいつは魔力を消費し続けることと引き換えに、思考速度を平時の一・五倍に出来るのよ」


「そ、れは……」


 驚きに、アサヒの声が掠れる。


 ――すごいな……。


 視線の集中を自身に対する呆れだと思ったのか、モカは申し訳なさそうに萎縮する。


「大したこと、無いですよね……。ネフレンさまの仰る通り珍しくはあるのですが、今までの《導燈者イグナイター》さん方にも『魔力を無駄に消費するだけのガラクタ』などと言われていて……。ネフレン様の宝というお気遣いの言葉に、ついはしゃいでしまいました。お恥ずかしいです……えへへ」


「アタシは――」


 ネフレンが何か言うより先に、ヤクモは口を開いた。


「そんなことないよ」


「いいんです。ヤクモさまがお優しいのは分かっていますが……」


「はぁ?」


 妹だ。

 機嫌が悪くなっている。


「あなたはなんですか? うちの兄さんが泣いてるおっぱいを慰める為に思ってもいないことを口にするとでも?」


「い、いえっ。決してそんなことは――」


「兄さんがそんなことないと言うなら、そうなのだと受け止めなさい。それともあなたは、兄さんよりも前に組んでた《導燈者イグナイター》の馬鹿共を信じるんですか?」


 モカはハッとしたように目を見開く。


「そこの元四十位ちゃんも言ってましたよね、壊れるのは武器が無能だからとかなんとか。でも兄さんは言いました。遣い手の無能を武器に押し付けるのはやめろと。何故気づかないんです? 今までの《導燈者イグナイター》が、自分の無能をあなたに押し付けていただけのことでしょう」


 モカは言われるがままに立ち尽くしている。ゆっくりと、言葉を染み込ませていくように。


「……でも、私の魔法を使っても効果が無いって」


「それこそが、きみが無能でない証なんだよ、モカさん」


「ヤクモさま……? それは一体、どういう……」


「きみの能力は、あくまで《導燈者イグナイター》の思考速度を一・五倍にするものだ。もし思考速度が数値化出来るとして、十なら十五に、百なら百五十に、千なら千五百という風にね」


「あなたの以前の《導燈者イグナイター》達は、元の思考速度が遅すぎたんですよ。その程度の馬鹿じゃあ、多少速くなってもその差を認識さえ出来ないでしょう。だって、馬鹿だから」


「言葉が汚いよ。だけど、そうだね。アサヒの言う通りなんだ。きみは悪くない。武器の素晴らしさは、遣い手次第で決まる。モカさんはまだ、そんな相手に出逢えていないだけ。きみは素晴らしい《偽紅鏡グリマー》だよ」


 モカがヤクモを見る。


「わたしの素晴らしさが、兄さんにしか発揮出来ないように、ですね!」


 アサヒを見て、


「アタシは実感出来てたわ。自分のスタイルに合っていなかっただけ」


 ネフレンを見て、

 再びヤクモへと視線が戻る。


 その瞳は、うるんでいた。


「わたしは……ガラクタじゃ、ない……?」


「そんなことを言う人がいたら、僕らが正すよ。人としても《偽紅鏡グリマー》としても、モカさんは素晴らしいんだって」


「ま、まぁわたしには及びませんけどね? ……ね? 兄さん?」


 不安そうな顔をした妹が寄ってくる。


「後は、自分で必死にパートナーを探す気があるかどうかよね。アタシ、受け身のヤツって嫌い。ランク保持者あたりに声掛けて、しっかり自分をアピール出来れば、誰かしら拾ってくれるでしょ」


 らしくない言動だと分かっているのか、ネフレンは顔を逸しながら言っていた。


「うぅ……ぐす……みなさん、本当にありがとうございます……! 私、頑張ります!」


 ぐっと両拳を握る彼女の目尻から、涙の雫が散った。


「話はまとまった? じゃあ行くわよ。さっきからもう羞恥心で死にそうだし」


 ここは男子寮の入り口なのだった。


 入校初日に四十位から陥落し任務で下手を打ち謹慎を食らったネフレンが、そもそもの始まりであるヤクモと共にいるというのは、それはもう耳目を引いていた。


 むしろ、プライドの高い彼女がよく今まで耐えてくれていたものである。


「はわわっ。す、すみませんネフレンさま……!」


「分かったら行くわよノロマ」


 モカは駆け足でネフレンの隣に追いつき、えへへと笑う。


「これでノロマじゃない、ですよね?」


「よく笑えるわね。アタシはアンタを捨てたんだけど?」


「でもネフレンさまだけが、私を使っても『効果がない』と言わないでくださいました」


「さっきその兄妹が言ってたでしょ。アタシ以外の遣い手が馬鹿だったというだけ」


「わたしを、宝だと」


「単語だけ抜き出さないで、文脈ごと読んでくれる?」


「えへへ、宝だって……」


「気持ち悪いわねコイツ……」


 そんな二人を、兄妹は追いかける。


「ねぇ兄さん、もちろんわたしが一番ですよね? ね?」


 ぐいぐいと腕を引っ張ってくる妹に、「そうだね」と返す。

 そうして四人は街へ出た。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る