第27話◇家族





 翌日の放課後、兄妹は家族の許を訪れていた。


 人類領域は中心部に向かうほど綺羅びやかな景観が並び、逆に外周に向かうほど寂れていく。


 魔力税を納められない者は壁の外に放り捨てられる。

 では最低限の魔力税を納められるだけ、、の人間は?


 特殊な技能があれば別だが、基本的には貧しい暮らしを送ることになる。

 家族は兄妹を除いて三十二人。全て老人だ。


 若い者達は兄妹が出逢う頃には魔物に喰われて亡くなっていた。


 いくらミヤビとはいえ、ヤマト民族三十二人一年分の生活に掛かる諸費用を賄うのは大変だろう。


 大変どころか、普通は不可能だ。師の存在は、ヤクモにとって奇跡にも等しい。


 石造りや木造の家が立ち並ぶ外周付近の住宅地だ。

 仕事に出ている者以外は少しでも魔力を生成しようと、庭や縁側に出ている。

 遠慮のない視線が突き刺さる。


「はわわ……ち、治安が悪そうです」


 大きな紙袋を抱えたモカが唇を震わせ怯えていた。


「魔物に襲われない分、壁の外よりはマシだと思うべきなのでしょうが、みんなが大丈夫かどうか猛烈に不安です」


 アサヒの意見には同意だった。来るのは初めてではないが、やはり心配になる。


 先天的疾患を抱える者、生まれつき魔力炉性能が低い者、負傷や病気によって後天的に魔力生成能力に問題を抱えてしまった者。


 あるいは、前述の存在を家族に抱える者。

 ミヤビがやってくれているように、他者の魔力税を代理負担することは可能だ。


 だが、それは単純に負担が倍になるということ。いい暮らしは難しい。

 だからそういった身内を見捨てないのであれば、こうして生活レベルを落とすしかない。


 そして貧しさは余裕を奪い、大抵の人間は余裕と共に慈しみも失っていく。


 ヤクモとアサヒは初給料で家族に食料と衣服、幾つかの土産を購入した。

 ネフレンのおかげで色々と回ることが出来たし、買い物の手順もちゃんと理解出来たように思う。


 食料があっても料理が出来なければ意味が無いので、モカにもついてきてもらったのだ。


「あそこだ……けど」


 ヤマトの建築物が立ち並ぶ一角がある。古い木造建築。

 魔力税は年々上がり続けているが、それ以前のまだヤマト民族でも支払いが可能だった時代に建てられたものだろう。


「え……」


 モカが戸惑いの声を上げる。

 ヤクモとアサヒは走り出した。


 幾つかの家屋は破壊され、そうでないものも泥を被せられていたりする。

 そして、何人かが集まって家族を囲んでいた。


「なんでヤマトの人間がこんなうじゃうじゃいる!」「消えろと何度も言っただろうが!」「うちの夫は壁外へ追い出されたっていうのに、夜鴉を置いておく余裕はあるって言うの!?」「俺は妻を失った! なのに夜鴉の老いぼれ共は救われるのかよ!」「魔力税も払えねぇくせに!」「出ていけ!」「出て行け!」「出て行け!」


 好き勝手に罵詈雑言を放つ。


 人垣の隙間から見えた老婆、編み物が得意でヤクモとアサヒの服をいつも繕ってくれていた優しい女性・ミツが頭から血を流しているのを見て、ヤクモの怒りは沸点を超えた。


 荷物を投げ捨て、加速。


お前ら、、、、何をしてるんだ……ッ!」


 邪魔者を突き飛ばしながら老婆に駆け寄る。


「ミツ婆!」


「夜雲ちゃん……っ」


 老人たちが心から安堵したような声を漏らす。


 即座に数を確認。誰も欠けていない。だが同時に、怪我をしている者がミツ以外にもいることに気づく。

 彼女の足元には石が転がっている。


 ――投げつけたのか? 何も悪いことしていないミツ婆に?


「酷すぎる……」


 急いでハンカチを取り出し、ミツの傷口に当てようとすると、止められた。


「あぁ、夜雲ちゃん。大丈夫だよ、大丈夫。こんな上等な布、あたしなんかの血で汚しちゃあもったいない。それより、訓練生さんの服、似合っているねぇ。恰好良いねぇ」


「何言ってるんだよミツ婆、こんなのよりミツ婆の怪我の方が大事に決まってるだろ……!」


 ヤクモは有無を言わせず傷口を結んだ。老婆は一瞬苦しげな顔をするも、すぐに笑顔を浮かべる。


 ヤクモを心配させない為だ。


「朝陽ちゃんはどうしたんだい? 来ているんだろう?」


「あぁ、来てるよ。けどそれより、これは一体何があったんだ」


 みんなを見回しても、何も言わない。

 まるで仕方ないと諦めているようだ。


 違う。そんなんじゃない。

 ヤクモとアサヒにこれ以上の負担を掛けたくないから、我慢しようとしている。


 ――なんだ、それ。


 辛い思いを我慢させる為に、領域守護者になることを決めたわけじゃない。

 自分はただ、大好きなみんなを夜の闇から抜け出させたくて……。


「っ」


 歯噛みする。考えが足りなかった。

 この地域なのはまだ、仕方がないのだ。生活水準を上げようとすれば、いくらミヤビでも早晩無理がくる。


 一年という期間と三十二人という人数を考慮した場合、此処以外には無い。


 そして、此処にいる人間達の境遇も感情も理解出来るつもりだ。完全でなくとも、その苦痛と痛みは分かる。だってヤクモ達は、壁の外で生きていたのだから。


 やり場の無い怒りがあるのだろう。遣る瀬無い想いがあるのだろう。世界に対する不満があるのだろう。


 ――あぁ、よく分かるよ、、、、、、


 でも、それは免罪符にはなりはしない。


「領域守護者ッ!?」「いやまだガキだ……それにこれは、訓練生の制服だろう」「明らかにヤマト民族じゃないの」「そうかっ、この老いぼれ共はこのガキの身内か」「壁の外にあるとかいう共同体のメンバーってこと?」「よくもまぁ生きてたもんだな」「夜鴉ってしぶといのね」「そのまま壁の外でくたばってりゃいいもんを」


 ヤクモは立ち上がる。


「何か、したんですか。ミツ婆が、みんなが、懸命に生きる以外の何かをしたんですか」


 誰も何も言わない。こちらに少しでも否があるなら、それを声高に叫ぶだろう。

 言わないということは、無いのだ。


 ミツがヤクモを止めるように縋り付いた。


「夜雲ちゃん……! あたし達は大丈夫だから。こんなの壁の外に比べれば平気も平気。もう一度おひさん拝めただけであたし達ゃ果報者だよ。ぜぇんぶ、二人のおかげ。だからほら、こんなことで怒ったりしないでおくれ」


「僕が大丈夫じゃないし、これは『こんなこと』じゃ済まされない」


「同感です」


 アサヒが追いついてくる。


「このクソ野郎どもを斬ります。言葉が汚いとは、言いませんよね」


「自分達が辛いからという理由で力なきものに悪意ある言葉を浴びせ、暴力を振るう。ダメだよアサヒ。彼らを形容するにはクソ野郎なんて言葉じゃあ到底足りない」


 ヤクモが現れた途端、彼らの勢いは明らかに萎んだ。

 それがまた、ヤクモの神経を逆なでする。


「みんななら、虐げてもいいと思ったのか? 魔力炉性能が低くて、夜鴉で、老人だから? いいですか、よく聞いてください。あなた達の過去なんて知らない。知ったことじゃあない。この行いだけで分かります。あなた達全員――魔物にも劣る」




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