第5話◇決闘

 



 《導燈者イグナイター》には自負がある――らしい。


 少し考えれば当たり前で、彼らは特別なのだ。


 《偽紅鏡グリマー》の特異性は言うまでもないが、それを扱う者に求められるものとは何か。


 《偽紅鏡グリマー》が接続者と呼ばれていた過去と現在では状況が異なる。


 模擬太陽のおかげで彼らが命を燃やす必要はなくなった。だが残念なことに、彼らは魔力炉の退化によって単体での運用は不可能。よって、やはり使用者は必要。


 その使用者、遣い手は誰でもいいのかというと無論そんなことはない。


 魔力炉規格、魔法適性、魔力耐性、その他様々な要素で高い値を示す者程適格者であるといえる。


 人類の未来、その担い手には才能が求められるというわけだ。


 多くそれは遺伝するものらしく、第三人類領域《カナン》では高名な血筋が幾つか存在する。


 才在る者は遺伝型と偶発型に分かれるわけだ。

 遺伝型は血を誇りに思い、偶発型は幸運に感謝し上昇志向に溢れている。


 だがヤクモはそのどちらでもない。


 魔力炉規格は最低のEにすら届かず、魔法適性も同様で『ものによっては辛うじて可能』というだけ、魔力耐性が低いので仮に魔力強化など行おうものなら血管が破裂し肌が爛れてしまうだろう。


 基本である魔力強化もロクに出来ない体質。どうにか初級の魔法なら発動出来る可能性があるものの、肝心の魔法を妹は持っていない。


 かつて人間単体で発動出来たという魔法の技術は人類激減の最中失われてしまった。


 現在、魔法は《偽紅鏡グリマー》の血に刻まれたそれの利用でしか叶わない。


 簡単に言えば、ヤクモは魔法が使えない。

 先程の分類に含まれないのは当然。


 つまり少年は、才無き者なのだ。


 この世界の常識で言えば、論外の存在。


「決闘……決闘ですって?」


 なんとかといった具合にネフレンがそう絞り出す。


「あぁ、なるほど」


 と頷いたのは第七位のトルマリン青年。  


「ヤマト民族の新入生くんは、大会の参加資格が欲しい、とそんなところなのではないかな?」


 少し驚く。今の会話だけでそこまで推測出来るだろうか。そんなヤクモの様子に気付いたトルマリンが柔和な笑みを湛えてこちらを見た。


「きみたち兄妹は先程から、数字持ちナンバーズにだけ他と違う反応をしていたからね」


 ……見られていたらしい。


「ふざけないで! 誰が汚らわしい夜鴉となんかっ」


「あら、断られるのですか?」


 意外そうに首を傾げたのは第三位のスファレ。


 戦う職業、とくに《皓き牙》は率先して魔族を討伐せんとする組織だ。

 そういった人間が重視するのは実績や道義、そして矜持の類。


 何かを為した者を、正しい者を、誇り高き者を尊ぶ。

 もちろん、彼らの基準で、だが。


「当たり前でしょう! 卑しい鴉と戯れようものならアタシの格が下がるわ! ましてや大会の参加資格? 何を考えているか知らないけどね、己のぶんというものを弁えなさいよ!」


 変わらず微笑んだままのトルマリンが、僅かに首を横に振る。


「我らは《皓き牙》、立ちはだかる敵がいれば噛み砕いて己が進む道を切り開く。それこそが、自身の誇りを示し、格を定める方法かと」


「トルの言う通りです。貴方が自身の誇りを損なわれたと思うのであれば、その相手から挑まれた決闘、受けずしてどうするのですか」


 会長副会長は決闘に賛成らしい。

 元々は諍いを収めようと出てきたのだろうが、誇りが関わるとあれば話は別ということか。


「で、ですが」


「勝てばいいことでしょう。貴方は力を示し、夜鴉は翼をもがれ地を這う。全てが貴方の望む通りになると言うのに、どこに断る理由がお有りなのかしら?」


 表面上は他の者同様ヤマト民族を見下すような口調だが、彼女の言葉には悪意が無かった。

 まるで、ネフレンを決闘にのせる為に歩み寄った発言をしているような……。


「……兄さんは巨乳に甘いんです。あれは単に嫌な女です。絶対。だって巨乳なんですから」


 スファレに意識を向けていたことに気付いたアサヒが、むくれ顔になっている。


「僕はそんなんじゃ」


「いいえ、あの雌狐、、、、といいこの金髪巨乳といい、乳のデカイ女のやることを好意的に受け取る節がありますよ。兄さん、女の価値は乳では決まりません」


 アサヒはアサヒで、胸部の膨らみに富んだ女性のやることなすことに否定的過ぎる節があるのでは……と思ったがヤクモは口にしない。


「では何が決めるのか? ふふ、それはもちろん、妹力です!」


「その話あとじゃダメかな……」


 兄妹がくだらない話をしている最中も、ネフレンと風紀委の話は続く。


「ではこういたしましょう。この決闘の勝者を――風紀委に迎え入れます」


 スファレの発言で、場に衝撃が走る。


 領域守護者は《班》と呼ばれる少人数部隊で動くことが多い。

 学舎という下部組織は個人の育成と共に、訓練の段階で将来の仲間を見つけ出す場でもある。


 そして風紀委のメンバーは資格取得後になることが多い。

 風紀委は通常学内ランク上位者のみで構成されるので、スファレの言った条件は破格だ。


 ネフレンからすれば、羽虫一匹潰すだけで将来が開ける。


 ヤクモならば疑うところだが、ネフレンは自分を見込んだスファレが通過儀礼として用意した余興と判断したらしく、先程までの怒りを霧散させ、笑顔で頷く。


「クライオフェン様がそこまで仰られるのであれば。ネフレン=クリソプレーズ、害鳥駆除承りましょう」


 スファレはにっこりと優美に微笑み、それからヤクモを見た。


「よかったですわね。ちなみに、彼女に断られたらどうするおつもりでしたの?」


 試すような視線。


 大会参加資格は欲しかったが、こうも都合よくランク上位者と因縁が出来たのは単に運だ。


 それがなかったらどうしていた、と訊いているのだろう。


「参加者は四十人なんでしょう。なら、クリソプレーズさんに断られても他に三十九人いるじゃあないですか」


「それでこそ兄さんです……!」


 スファレとトルマリンの微笑みの種類が変わった。

 他者に安心感を与えるような柔和なそれから、強者が挑戦者に向ける余裕に満ちたものへ。


 それでいて、好ましくて堪らないといった高揚を滲ませて。


「あら、もったいないことをしましたわ。貴方と戦うのは、わたくしだったかもしれないのね」


運が良ければ、、、、、予選で当たりますよ、先輩」


「ふふ、口だけではないことを祈っていますね」


 話はまとまり、決闘は入学式のあとで行われることになった。

 そして、その時間はすぐに訪れる。


 場所はそのまま、対峙する両者とその《偽紅鏡グリマー》。

 審判は風紀委の二人が務め、観客はそのまま新入生達。


「アタシは慈悲深く寛容よ。だからアンタら夜鴉の習性にも理解を示すわ。アンタが勝利した時の要求は好きなだけどうぞ。叶わぬ夢に思いを馳せる現実逃避の自慰行為を、せずにはいられないんでしょう?」 


 会場がドッと沸く。


 誰もヤクモとアサヒの勝利など考えてもいない。

 一方的な私刑が始まると信じて疑っていない。


「もちろん、大会予選の参加資格はあげるわ。ほら、他に何か無いの? お金? 食べ物? 服? 屋根付きの部屋? あ、新しい妹でもあげようか?」


 嘲弄するような笑みを無視し、告げる。


「では、遠慮なく。僕が勝ったら、妹を駄犬と罵ったことを謝罪してもらいます」


「アハッ、いいわよ。アンタの家族ごっこに付き合って、妹さんに謝罪させていただこうじゃない」


「次に、あなたの《偽紅鏡グリマー》に嵌められた首輪を外し、以後人間扱いすること」


「……いかれてるのね、アンタ。道具の扱いに口出しされたくはないんだけど、いいわ。アタシは約束を違えない。誇り高き領域守護者になるんだから」


「あと、最後に」


「まだあるの?、欲張りな夜がら――」


「二度と、ヤマト民族を夜鴉なんて呼ぶな」


 ピシッと、ネフレンの顔に青筋が立つ。


「囀らないで、夜鴉。とても――不愉快だから」


「そちらこそキャンキャン喚かないでくれ、耳障りだよ」


「……駆除してやる」


「やってみるといい」


 そして、決闘が始まる。


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