第3話◇首輪
《カナン》には領域守護者の所属組織が四つ存在する。
一つ、壁の守護を目的とする《蒼の翼》。
領域守護者と言えば、この者達を連想する市民が大半を占めるらしい。
ヤクモやアサヒにとっても同じだ。
壁だけを守り、外側に確かに存在する人々から目を逸らす壁内人類の守護者。
一つ、模擬太陽及び治安の維持を目的とする《紅の瞳》。
警察組織の側面が強く、壁外へ出ることは少ない。
一つ、太陽を取り戻すことを目的とする《
具体的な活動は秘匿されており、不明。長らく成果が表に出ていないが、存続を許されている。
そして、魔族の殲滅を至上目的とする《
魔族と一口に言っても、実態は様々だ。
基本的には、魔王、魔人、半魔人、魔獣、魔物に分かれ、上から脅威の高さ順となる。
太陽を隠したのが魔王で、魔法は遣い手が滅びれば解除されるものなので、今もどこか生きていると思われる。
魔人は自身より位の低い魔族を操り、人類を滅ぼそうと動いている。
滅ぼされた人類領域の大半は、魔人率いる魔族の群れによって蹂躙されたという。
他の三組織が主に壁内で活動しているのに対し、《皓き牙》は違う。
率先して壁の外へ踏み出し、人類の脅威を未然に狩る。
ヤクモとアサヒを見出してくれた人物も、《皓き牙》の領域守護者だ。
そして、四組織にはそれぞれ下部組織が存在する。
その一つが養成機関だ。
大会は個々の養成機関で予選が行われ、各校の上位二名を集結し本戦が執り行われる。
二人が選んだのは、もちろん《皓き牙》だ。
純白の制服に身を包み、並び歩く。
陽光によって魔力が生成されるという性質上、人類領域の建造物はそのほとんどが採光に力を入れた設計となっている。
窓が多く設置されている他、天上が開く機構が組み込まれているドームなどいかに太陽光を浴びるかを重要視。
そんな具合だから、日中の活動も可能な限り野外で行うことが推奨される。
暗い室内より窓だらけの室内、窓だらけの室内より明るい外、というわけだ。
というわけで、グラウンド。
頭上には煌々と光り輝く模擬太陽。
開発に携わった者は、技術を継承させる間もなく命を落とした。
失われた技術と人々の魔力で動く、偽りの
現代の人類は、その全容を理解出来ないまま運用している。
憎いとは思わない。
ただ、照らす者を選ぶ光だ。
視線を切って、地上へ向ける。
そこには数百人の新入生が集められていた。
教官陣と、運営を手伝っているのは上級生だろうか。
新入生の視線を集める男女がいた。
ヤクモとアサヒだった。
「おい、アレ……」「なにあの黒い髪と目、気味悪い」「女の方も目は黒いな」「うわ、混血かよ……趣味わる~」「なんで夜鴉なんかが此処に」「呪われたらどうするんだよ」「ってか夜鴉って魔族の血が入ってるから黒いんじゃなかった?」「そりゃ単なる噂。頷ける不吉さだけどな」
奇異と侮蔑の視線。
「……今兄さんを侮辱する声が聞こえたのですが、許せないので斬って捨てましょう」
視線だけで人を殺しかねないアサヒを、なんとか窘める。
「耳に入れるだけ無駄だよ」
「……兄さんはわたしが馬鹿にされても平気なんですねっ」
拗ねたように唇を尖らせるアサヒは普段通りの調子だ。
「まさか、不愉快だよ」
「なら」
「でも、彼らと同じ土俵に立つ気はない。僕らが目指すのは最強なんだろ? 同じでどうするんだい。陰で囁く連中を相手にしてはいけないよ」
「……兄さん!」
「それにね」
「……それに?」
「僕のことはアサヒや家族のみんなが分かってくれているし、アサヒのことは僕や家族が分かってる。汚い言葉に揺らされるなんて馬鹿らしいよ」
アサヒは一瞬目を丸くしたあと、嬉しそうに微笑んだ。
「ですね。地を這う虫に気を取られるなんて時間の無駄ですもんね! さすが兄さんです!」
納得しているようでいて、アサヒはわざとらしく大声で言った。
周囲の視線が更に冷たく、また強くなる。
「……まぁ、アサヒらしいか」
敵意も害意も軽視も蔑視も想定内だ。
その全てを捩じ伏せて、頂点の座に到達する。
「残飯係がなんか吠えてっぞ」「ちょっと、真実だからと言って、ふふっ、言っていいことと悪いことがあるでしょう」「……でも《
首輪、という言葉に二人は反応する。
そう、生徒の半分以上が首輪を着用していた。
それは、隷属の証。それは、道具の証。
この世界では、《
遣い手がいなければ機能せず、またほとんどが命を燃やさねば魔力を産み出せない。
魂と魔力炉を繋いだ弊害か、魔力炉に元々備わっていた機能が退化しているらしいのだ。
かつて生み出された《
魔力税を納めることが出来ない《
そんなことになれば、早晩死ぬのは目に見えていた。
だから《
そうすれば少なくとも、壁内での生活が許されるから。
死よりは幾分上等と考えて。
「……やっぱり言われましたね」
アサヒがどこか陰りの差した表情で呟く。
自嘲するようにこちらを見上げた。
「嵌めます? 兄さんなら、いいですよ」
彼女は生まれた時ではなく、四歳の時に壁外送りとなった。
それはつまり、彼女を庇護していた何者かに見捨てられたということ。
彼女はかつて一度、首輪を嵌めていた。
その時のことを思い出してしまったのだろう。
自棄的で媚びるような作り笑いを、ヤクモは叱りつける。
「馬鹿を言うな」
その言葉で充分だったようだった。
アサヒは申し訳なさそうな顔をして、それからしおらしく落ち――込むことはなく、だらしなく頬を弛緩させた。
「……うへへ、叱られちゃいました」
「えー……喜んでる……」
育て方……接し方をどこかで間違えてしまったのだろうかと真剣に悩みかけたところで。
思惟を遮るように声を掛けてくる者がいた。
「まぁまぁ、みんな、そんなに気になるなら本人達に尋ねてみればいいじゃない。いいかしら、ヤマト民族のお二人さん?」
長く伸びた深緑の髪を、二つに結って後ろに垂らしている。瞳も同色。
顔の造形は優れている上、好意的な笑みを向けているにもかかわらず、どうにも不信感が拭えない。
浮かぶ笑みがどうにも胡散臭いからか、それとも――。
彼女は首輪をつけた女子生徒を四人、背後に連れている。
「わたしはネフレン。ネフレン=クリソプレーズ。よろしくね」
周囲が沸く。
「それで、どちらが飼い主なのかしら?」
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