第25話 竈の火(前)
結局、クィスの体調が回復するまで、イェスイとイェスゲンが用意してくれた来客用の
「この辺りで狩りを?」
「この辺りは獲物が多い」
ユングヴィの質問に対して、馬上からイェスゲンは淡々と答える。この無表情な少年は弓矢を持つと少し色めき立つ。少しうきうきしているように見えるのだ。
「何を狩るのですか?」
「季節にもよるが、キツネやイタチは毛皮になる。あとはレイヨウの類が多い。これは群れで生活しているので、はぐれたものを狩って肉を食用にする。雄の角は時折、街で商人に売る。薬になるのだそうだ。このあたりのレイヨウには二種類いて……」
狩りの話になるとこの少年は少し饒舌になる。聞いていないことまで話してくれるようになるのだ。
動物が好きなのだろうか。それとも狩りが好きなのだろうか。狩りの話をしている時、いつも疲れたように表情に乏しいこの少年の草色の瞳も、まるで目の前に動物の群れがいるかのようによく動く。
「あと、我々にとって一番意義深いと言ってもいいオオカミの狩りがある」
「なぜオオカミを? 肉を食らうのか?」
「違う」
心なしか少年の口元が少し笑ったように見えた。
「オオカミは家畜を襲う。だから時折狩る。仲間が人間に狩られるとオオカミは賢いから、人間と戦うのは不利だと理解する」
この広大な土地において、そんな時々オオカミに理解させるようなやり方でやっていけるのだろうか。そう思い、つい
「時折狩る? この辺りのオオカミを部族総出で狩り切ってしまえばよいのでは? そうすればこの広大な土地を家畜のために活用できる」
少年が笑った。わかっていないなぁという、そんな笑みだ。
「そう簡単ではない。オオカミを狩り過ぎれば家畜やこの辺りの野生動物が減らない。すると草原が食いつくされる。オオカミの害は防ぐべきものだが、オオカミは草原の守り神でもある。我らは神に武威を示し、その領域を占めるに値するものでなければならない」
饒舌になっていた少年はそこでしばらく無言になる。無言で草原の一点を凝視していた。
「客人、話も良いがライチョウがいる。あれを夕食に供そう」
言うが早いか少年は馬を走らせた。草原を黒い部族の衣装に身を包んだ黒髪の少年が黒い馬に乗って疾駆する。その姿は幻想的ですらあった。
「見事な手綱さばきだな。あれほど馬を自由に乗りこなしてしかも安定して……お、矢を射たぞ」
ユングヴィが愉快そうに少年の動きを追う。だがその言葉に対して
まだ若く未熟とは言え、書物や経験でそこらの常人よりも世の中を知っていた。少なくともそのつもりであった。だが、俺には見えない世界がまだまだある。広大な世界がある。そう思って来たが、まさか知見と言う意味ではなく、実際に見えない世界があるとは。
「見事だ! 当たったぞ!」
ユングヴィがイェスゲンの射撃に感嘆の声をあげる。それは
◇
草原の夜は
「おや……やあ」
ユングヴィが
「……XXX……やあってね……」
クィスだった。今もその言葉は聞きとれない部分が多いが、その音でクィスの言葉だと分かるようになった。いつもの灰色の
「クィス、もう良くなったのか?」
「お帰りクィス、私が君の体調管理をちゃんとできていなかったね。すまない。さぁ、そんなところに立っていないでこっちで火にあたろう。今、お茶を入れるよ」
クィスはまるで夜の静けさの邪魔をしないようしているかのように、静かに
「これはなんだい?」
思わず聞いてしまった。
「ご覧の通り焼いた石だよ、これをこの水に入れて湯を沸かす。見たことあるだろう?」
出来上がった湯の中に、例の碁石のような茶の塊を削り落とす。豪快なお茶だ。ぱっと新緑の香りが包の中に広がる。
「蜂蜜、入れてくれるの?」
クィスが落ち着いた声で希望する。以前、同じ要望をしたときは、蜂蜜を入れて甘くしろともっと騒いだはずだった。
「すまないが蜂蜜はない。このまま素の味わいを楽しもう」
ユングヴィはてきぱきと容器にお茶を分け、私とクィスに差し出した。クィスはすすーっとその匂いをかぐ。
「いい香り……初夏の香りみたい」
「お茶は高いんだ……ずいぶん豪快に使うね」
「うん、前も言ったけど交換で手に入れたんだ。そんなに高くなかったよ。産地とか交易する道の違いもあるんじゃないかな」
都で一緒に学び、遊んだ友の中にお茶がすきなやつがいた。あいつなら、このユングヴィの茶の産地も知っているだろうか。
「ねぇ、ユングヴィ……XXX?」
美味しそうにお茶をすすりながら、クィスが話し出す。その顔にはいつものような、生き生きとした表情はなかった。落ち着いてはいたが、どこか落ち込んでいた。
「イェスイさん、私にXXX優しくしてくれた。熱がXXX、ずっとXXX。まるでお母さんみたいに……」
相変わらず途切れ途切れにしか理解できいが、イェスイは、あの遊牧民の夫人はクィスのことを親身になって世話してくれたらしい。遊牧民は客人を大事にすると聞く。交易に従事する民には困った時にはお互いさまと、初めて会うような旅人にも親切にしてくれると、そう
「ユングヴィ、覚えている? 私が故郷XXX、最初の街でXXX。XXXの時もおじさんが優しく助けてくれた! でも私の……!!」
クィスが突如
「なんで! なんで! なんでなの!? なんで私にとってXXX近いはずXXX実の親が!やっぱり私は親にとっていらなかったの! そこまでなの!? XXX!」
ユングヴィはそんなクィスの
その後もクィスの
「クィス、まだXXX。今日はもう寝なさい」
クィスの視線がユングヴィの顔を泳ぐ。そして、クィスは黙って
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