生きて帰りたい物語
テナガエビ
第1話 砂塵
この大陸の東部が豊かで広大な平野部がある。その土の色から現地では黄土と呼ばれるその土地に、強大な統一国家「
◇
乾いた大地に砂塵が舞う。東方の帝国「
「もうだめだ! 逃げろ!」
誰かの声が悲痛な声が周囲の音にかき消される。悲鳴と怒号と金属がぶつかる音、戦場の音だ。
「隊列を乱すな! 狙われるぞ!」
「おい、逃げるなっ!」
「あああっ! 来るな、来るなぁっ!」
「畜生! 腕がっ! 畜生!」
遠くの山脈に沈みゆく真っ赤な太陽が、敗走する者と追撃する者の巻き上げる塵で鈍色に陰る。そんな戦場の片隅に、拓の小部隊指揮官たる
佐成は後退中に攻撃を受けて離れてしまった隊の仲間を必死に探していた。途中で何度か敵兵と味方兵とが入り乱れる状況となった。皮肉にも、今は敵からも味方からも孤立したことでほっと一息周囲を見渡すことができていた。だが、いつまでも安穏としていられる状況ではなかった。
「
混乱している若い兵が必死に叫ぶ。だが、それにかまっている余裕はない。
「
こんなはずじゃなかった
今をさかのぼること四年前、
寄らば大樹の陰
それが父から、そして異国より来朝した祖父からの教えだった。この国において拠るべき地盤も血縁もない者が生き延びるために必要なものだった。
だが、うまくいったのはそこまでだった。その後行われた二回目の科挙、
こんなはずじゃなかった
寄るべき大樹に近づくことができなかった。だから、たまたま話が来た時、別の方法で大樹に寄ろうとしたのだ。軍務で業績を挙げて地位を得るのだ。書物に登場する英雄たちのように。
こんなはずじゃなかった!
都を出撃したときは、あんなにぴかぴかで、堂々としていて、まさに帝王の軍隊といった雰囲気が感じられた。街中を行進し、人々が物珍しさに寄せる歓声が誇らしかった。母は健康に気を付け、天子様に奉公できるようにと見送ってくれた。負けるはずなんかなかったのに。
敵の歓声が聞こえる。真っ白な服に皮の鎧を着た敵兵が死を呼ぶ怒涛となり突っ込んでくる。
「
若い兵の泣きそうな叫びが、
「……仕方ない、逃げるぞ」
血にまみれた
「み、みんなあっちへ逃げています! 我々も急ぎましょう」
我が軍は来た道を逆走しようと川沿いの街道に殺到していた。
「ダメだ、見ろ、敵の騎兵が来る。あんな崩れた状態では逃げきれんし、乱戦に巻き込まれる。本隊の後方を……」
言いかけたあたりで
「ぐっ! おい、何をする!?」
だが、
「
俺の隊はもう誰もいなくなってしまった。
ああ、こんなはずじゃなかった
来るっ! 敵がここに来るっ!
「どうどう、すまん! はぁっ!」
馬を疾駆させる。途中、脇から飛び出してきた敵兵が
「!」
必死で刀を振るい、敵の槍の穂先を横刀で切り落とす。間一髪だった。何度か、本当に自分の腹が無事か確認する。
「
武人の守護神の名を唱え、体の震えを鎮める。
街道沿いは崩壊した我が軍右翼部隊が右往左往し、敵兵と乱戦になっている。一部の部隊はこの辺りを流れる最大の川である
「助けてくれぇ!」
時に逃げ惑う友軍兵士に出くわす。
「街道の方に逃げろ! 本隊と合流を!」
こんなところで……こんなところで死ねない! なんとか拠るべき「大樹」を探さなければ!
死への恐怖や逃げることへの不安が手汗となって手綱にべったりと貼りつく。佐成は予想と期待とを混ぜ合わせながら暗くなりつつある戦場を疾駆した。
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